新しくなったダンジョンの馬鹿野郎。
ダンジョンの中に入ったアイニはそっと頭を抱えていた。手に持った紙を眺めたまま動かずに固まっている。
それを見て、すぐ後ろにいるヴィネアが首を傾げた。
「どうした?」
ヴィネアがそう尋ねると、アイニは虚ろな目でヴィネアを振り返り、口を開いた。
「……ダンジョンの罠が更新されてる」
「は?」
ヴィネアが間の抜けた声を返すと、アイニは紙に目を移す。
「……私達が地底湖までの道程を攻略したから、罠を一新したのは知ってるよね?」
「ああ、聞いてるぞ。というか、アイニが助言もして一緒に考えたんじゃなかったか?」
ヴィネアがそう聞くと、アイニは苦々しく頷いた。
「そう、なんだけど……階段を下った後に落ちてくる岩は爆発するみたいだし、石橋を渡る時には何故か左右から岩やワームのモンスターが飛んでくるって……え? 攻略させる気あるの?」
アイニが眉根を寄せてそう呟くと、ヴィネアが顔を引攣らせて紙を覗き込んだ。
「ちょ、ちょっと待て……私達が案内役でそこを突破するんだろう? 分かってたらなんとかなるんじゃないのか?」
「どうやって? この爆発する岩はまだしも、石橋は一人ずつでしか渡れないよ」
アイニのその台詞に、ヴィネアは血の気の引いた顔で階段の先を見下ろす。
「……帰ろう。これは無理だ。準備が足りない。大きな鉄板か何かで壁を作りながら橋を渡るしかない」
「ちょ、ちょっと、現実に帰ってきてよ。ヴィネアの魔術が頼りなんだから」
二人がそんな会話をしていると、階段の途中で待たされている兵士達が焦れ始めた。
「おい、早く行けよ」
「何してるんだ?」
「冒険者ってのは本当に使えない奴らだな」
そんな声が後方から聞こえ始め、アイニとヴィネアは顔を見合わせる。
「岩が落ちてくるのは?」
「一番後ろの奴が階段を降り切ったらだね」
「よし、なら良いな」
「ああ。急がせた彼奴らが悪いね」
二人はそんな短いやり取りをすると先程とは打って変わってズンズンと進み始めた。
階段を降りて、アイニは無言で床から突き破って出てくる罠を解除する。
「なんだ、解除できるのか」
ヴィネアがそう言うと、アイニは呆れた顔でヴィネアを見た。
「私も関わってる罠ばかりだからね。当たり前だよ。あんまり兵士達を死なせたらダンジョンから逃げられちゃうから気をつけろって言われてたけど、後ろから岩が来るなら逃げられないよね?」
「まぁ、岩が爆発するならパニックになってダンジョンの奥へ雪崩れ込んでくる可能性が高いな。罠を見極めることができるアイニから離れたくないだろうさ」
「まぁ、どうせ逃げられないさ。あ、解除できたよ」
二人はそう言うと、奥へ進んだ。綺麗な通路を眺め、アイニが嘆息交じりに首を左右に振る。
「ここに関してはもう全力で走るしかないね。壁の対処法としては、巨大な岩か何かを置いて隙間を作ったりとかすれば良いんだろうけど」
アイニがそう口にすると、ヴィネアが顎に手を当てて首を捻った。
「……そうだな。一つ試してみるか」
ヴィネアはそう言うと、土の魔術を使って左右の壁の前に岩の柱を五本ずつ作り出した。一つ一つが直径一メートルはある太い柱だ。その柱を見て、アイニが感嘆の声を上げる。
「ひゃー、凄いね! 流石はヴィネア!」
アイニが褒めると、ヴィネアはマジックポーションを飲みながら頷いた。
「今回はスポンサーが金持ちだからな。マジックポーション飲み放題だ」
「食堂のオーナーなのにね」
ヴィネアの軽口にアイニが笑いながら同意する。
「それじゃ、試しに……」
アイニはそう言って走り出し、すぐに反転して戻ってきた。直後、地鳴りが響き、ヴィネアが作った柱が軋む音を立てる。
数秒その様子を確認したアイニは、低い声で唸りながらヴィネアを振り向いた。
「……多分、大丈夫。良かったら後何本か追加お願いできる?」
「仕方ないな」
ヴィネアはアイニに頷きながら魔術を行使し、またマジックポーションをがぶ飲みする。
「うっぷ……マジックポーション飲み放題はお得な気分にはなるが、不味いのがな」
「ははは……なんなら宮廷魔術師を働かせるかい?」
「考えておこう」
二人はそんな会話をしながら奥へと進み、天井を見上げながら立ち止まった。
「ここだね」
「ここ? 普通の天井にしか見えないが……」
「これを見破るのはかなり難易度が高いよ。私が監修したんだからね」
アイニはそう言うと、持っていたナイフを斜め上に向けて投げた。
【とある兵士の驚愕】
「おい、まだか?」
「罠の解除は終わったみたいだぞ」
「グズグズしやがって……」
そんな声が聞こえる中、ローブを着たエルフが突然魔術を行使した。ゴゴン、というような音を立てて、次々に岩の柱が床からせり上がっていく。
「お、おい。今のは魔術か?」
「馬鹿を言うな。あんなの、宮廷魔術師様クラスだぞ? 罠の一種じゃないのか?」
「そ、そういうことか。そうだよな、冒険者如きがあんな魔術を……」
ざわざわと騒がしくなり、そんな言葉が方々から聞こえてくる。
皆、エルフの女が魔術を行使する瞬間を見たはずだというのに、冒険者だというだけでその実力を認めたくないというのか。
「馬鹿ばかりだ」
私はそう呟き、溜め息を吐いた。後列にいるなら分かるが、前列にいる我々が目の前で起きたことから目を逸らしてどうするというのか。
自分の目すら信じられなくなれば終わりだ。
私はそう考え、周りに目を向ける。上品そうな顔立ちが多く目に付くのを見て、鼻を鳴らす。
私も他人のことは言えないが、騎士団は育ちが良い者が多い。一般市民以上の者なら騎士団に入団できると謳っているが、はっきり言って殆どが貴族に関係する家柄の者だ。
なにせ、入団試験では剣の他に多少の学も必要だからだ。剣だけならば、子供の頃から必死にやっていれば独学でも強い者は山ほど居る。しかし、学問は別だ。
一般市民に、学問を教えることができる親などまずいない。読み書きと簡単な数字の足し引き程度だろう。
それ故に、騎士団に入団した者は自尊心が高い傾向がある。そして、騎士団に入団できなかった落ちこぼれが冒険者になる、といった意識も蔓延している。
もちろん、三割くらいの者達は冒険者や傭兵の中にいる実力者の存在をそのまま受け止めているし、冒険者と積極的に協力しようという者も稀にいる。
だが、少数派は少数派だ。多数派が冒険者を馬鹿にし、騎士団の団員をエリートと褒め合い、馬鹿どもは増長する。
私はそんな騎士団を変えてやろうと内心思いながら、されど簡単には上に上がれない自分の無力さに再度溜め息を吐く。
と、先を行く冒険者の女が天井に向けて何かをした。何があるのかと目を細めて天井を見るが、何も無いし何も起きない。
と、今度はエルフの女が天井に向けて炎の球を放った。
次の瞬間、冒険者二人の前に滝が突如として出現する。
「な、なんだ!?」
「崩落か!? 上は湖じゃあるまいな!?」
情けなく、騎士団の団員達が動揺を隠しもせずにわめき散らし出した。
冒険者二人も急いでこちらへ戻ってきて、大量に落ちてきた水を睨んでいる。
いや、水じゃない。
「スライムだ!」
「馬鹿な! あんな大量に!?」
急に出現したスライムの大群に、私達は慌てて武器を構えた。スライムは弱いが、絡みつかれてしまうと対処が難しい。
あれだけ大量にいると、最前列の者は何人か命を落とすだろう。冒険者を後方に避難させねば、案内役がいなくなる。
私は急いでそう伝えようと口を開いたが、目の前で起きた光景に声を出すことができなくなった。
エルフの女が巨大な炎を帯状に放出したのだ。その炎を受けて、スライム達は次々に蒸発するように消えていく。
明らかに、宮廷魔術師級の魔術だ。それも、宮廷魔術師の上位の者達に匹敵する魔術に違いない。
思わず、隊列の真ん中ほどにいる宮廷魔術師達を振り返ると、厳しい表情で炎を睨む姿が目に入った。
やはり、実力者には分かるのだ。
私がそう納得していると、あの大量のスライム達を一掃した二人の冒険者達がまた先へと進み始めた。
またも魔術で岩を作り出しているが、今度は薄い壁のような岩だ。よく、魔術士達が使っているサンドウォールとかいう魔術だろうか。
私達も二人に続いて安全になったダンジョンの道を進む。かなり構えていたのだが、驚くほど順調だ。やはり、あの二人は相当な実力者なのだろう。
周りの者達も文句を口にしなくなったな。
私がそんなことを思ったその時、遥か後方から大勢の団員の絶叫が響き渡った。
「な、な、なんだ!? 何が起きた!?」
「後ろだ! モンスターか!?」
地鳴りと喧騒の中でそんな声が響き渡る。私は背後を振り返るが、あまりにも騎士団員の数が多過ぎて最後尾の様子を確認することができない。
「ダンジョンってのは侵入されないために罠を仕掛けてるんだろ!? なんで後ろから……!」
「おい、モンスターなら何処から来たんだよ!? 今まで一本道だったのに!」
団員達は顔色を変えて口々に文句のようなセリフを吐く。そんなことをしていても仕方が無いのだ。
態勢を整えるために一度退却するならダンジョンの奥へ進むしか無い。だが、どう考えても前を案内している冒険者二人よりも前へ行くしかなくなる。それでは、恐らく全滅であろう。
ならば、後ろから迫る脅威に立ち向かうしかあるまい。
私がそう思って後方に向き直り、盾を構えた瞬間、轟音が響き渡った。ダンジョン全体を揺らすような恐ろしい衝撃と鼓膜を破壊するような破壊音だ。
黒い煙と粉塵が舞い起こり、爆風が私の方にまで届く。
悲鳴と絶叫が虚しく木霊し、我々は身動きが取れずに固まった。
「う、うわぁああ!」
未知の脅威に対する恐怖か、その緊張感故か、パニックになってしまった団員の何人かがダンジョンの奥へと走り出してしまった。
「馬鹿な! 前に進んでどうする!?」
私がそう叫んでも、完全に混乱してしまった団員達は止まらない。それどころか、逃げる団員に釣られて更に前方へ走り出す団員達が増えてしまった。
「う、うわぁああ!」
金切り声で悲鳴を上げながら走る団員の背を目で追い、その団員が冒険者達を馬鹿にしていた者であることに気がつく。
無様な! 冒険者を馬鹿にするくらいなら騎士としての意地を見せろ!
私はそう思い、奥歯を噛み締めた。
その団員はあろうことか冒険者二人の横を走り抜け、ダンジョンの奥へ一人で突っ込む暴挙に出る。
「おい……!?」
その姿に後をついて走っていた他の団員も思わず怒鳴るように呼び掛けた。
だが、パニックになった団員は止まらず、ダンジョンの奥に見える狭い橋のような場所に走り込む。
「う、うわっ!?」
橋の上にまで行き、自分の置かれている状況にようやく気付いたらしい。狭い橋の上で立ち止まってバランスを崩しそうになっている。
慌てて他の団員がその馬鹿の下へ向かうと、橋の上にいた団員の身体が何かに弾き飛ばされて消えた。
まさか、橋から転落したのか。
あの橋の下はどうなっているんだ。
私は恐怖心と共に案内役の冒険者達に目を向けた。冒険者二人は、まるで当たり前のことのように自然な態度でダンジョンの奥を眺め、会話らしきやり取りをしているようだった。
私はその二人を見て、何故か背筋が冷たくなるのを感じた。
今回は騎士団員の困惑!
次回はさらにダンジョンの奥へ!
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