動き出した王国
【ダンジョン攻略軍結成】
木々の隙間から建物が見えるなんともアンバランスな風景の中、武器を持った物々しい鎧姿の者達が所狭しと身を寄せ合って並んでいた。
鉄の防具に身を固めた兵士達が居並ぶ中、マントを付けた丸い鼻ひげの男が胸を張って口を開いた。
「私がコルソン男爵である! 今回、王都内に誕生した忌まわしきダンジョンの攻略を指揮する! 陛下の信頼厚い私に付いてくれば、このダンジョン攻略は街道を歩くのと変わらない! 大船に乗った気でいたまえ!」
コルソンがそう発破をかけると、兵士達は背筋を伸ばして野太い声を発して返事をする。その様子を満足そうに眺めるコルソンを後方から冷めた視線を向ける目があった。
健康的に日焼けした小麦色の肌を面積の少ない暗い茶色の革の鎧で覆った灰色の短髪の女、アイニである。
「……なんであんなに大量に連れてきてんだろうね、あのオッさん。案内するこっちの身にもなってほしいよ」
アイニが嫌そうな顔でそう言うと、一緒に付いてきたヴィネアが鼻を鳴らした。
「安易な考えだが、効果的ではある。ダンジョン内で探索するのはかなり長い時間が掛かる。それこそ、深いダンジョンなら数週間から一ヶ月もの時間をダンジョンの中で過ごすこともあるからな。人数を増やして魔物との戦闘による個人個人の負担を減らし、尚且つ物資も大量に持ち込むことができる」
ヴィネアがそう答えると、アイニが乾いた笑い声を上げながら肩を竦める。
「それにしても、この人数はないんじゃない? 虎の子の宮廷魔術師五人も大盤振る舞いだけど、騎士団から連れてきた兵士千人をあの馬鹿男爵に預けるってのも凄い決断だよ」
アイニはそう呟いて溜め息を吐いた。
「これまでも有名な深いダンジョンで国が軍を派遣した例は数多くある。ただ、そういった例の殆どが大量の魔物によってダンジョンの攻略が進まなくなった時ばかりだが」
ヴィネアがそんな補足説明を口にしていると、長々と演説をしていたコルソンがアイニ達を振り返る。
自身の演説に高揚した様子のコルソンは、力強い目でアイニを見た。
「さぁ、案内したまえ! この私が率いる王都騎士団のダンジョン攻略軍に同行できるのだ! こんな光栄なことはないぞ? はっはっは!」
大きな声でそう言うコルソンを半眼で見据え、アイニは背を向けてダンジョンの入り口の方を向いた。
ダンジョンに向かって歩き出そうとするアイニを見て、コルソンは片方の眉を上げて首を傾げる。
「そういえば、陛下からは探索の得意な冒険者二名が同行するとのことだったが、そのエルフも探索が得意なのかね?」
コルソンの質問に、アイニはヴィネアを横目で見た。
「得意……といえば、得意?」
「これでも十五年は一人で冒険者をしていたんだ。それなりに探索はできるぞ」
ヴィネアの台詞に口の端を上げ、アイニは振り返ることも無くコルソンに対して返答した。
「みたいだよ。ほら、黙って付いてきてくださいな、貴族様」
アイニがそう言ってさっさとダンジョンの中へと入っていくと、それに続いていったヴィネアの背中を眺め、コルソンは顔を顰めた。
「き、貴様……なんだ今の態度……! ぬ……もう行ってしまったか……! くそ、冒険者という輩は本当に屑ばかりだ! ダンジョン攻略が終わった後であの女を奴隷に落として地下で調教してやろうか……」
コルソンは憎々しげにそう呟くと、後方に控える兵達に声を掛けてダンジョンへと足を向けた。
【アクメ視点】
監視カメラの映像を眺めながら、エリエゼルが眉根を寄せて口を開く。
「まさか千人も連れてくるなんて……」
エリエゼルのその呟きに、俺は鼻から息を吐いて背凭れに寄り掛かった。
「きちんと全員が入ってしまわないと計画通りにはいかないからな。千人も列を作って入るなら最低でも迷路までは進んでもらわないと駄目か」
ダンジョンの中へとゾロゾロ入ってくる兵士達を眺め、俺は溜め息を吐く。
と、俺の座るソファーの前にある低いテーブルの上に湯気の立つ白いマグカップが置かれた。
ふわりと香ばしい香りが漂い、鼻腔をくすぐる。
「ご主人様、こちらをどうぞ。エリエゼル様にも」
そう言って、ケイティは俺の隣に座るエリエゼルの前にもマグカップを置き、柔らかく微笑んだ。
「お、ありがとう。コーヒー淹れるの上手くなったな。香りが良いぞ」
俺がそう言いながらマグカップを手に取り、ブラックのコーヒーを口にした。
香ばしい香りと深みのある味わい。酸味は少なめだ。
「うん。味も良いな」
一口飲んだ俺がそう感想を口にすると、ケイティは胸の前で拳を作って照れたように笑った。
「えへへ。沢山練習しました」
笑ってそう言うケイティを見つつ、俺は苦笑する。
「別に一緒に見なくて良いんだぞ? はっきり言って、あまり気持ちの良い見世物じゃないからな」
俺がそう口にすると、ケイティは首を左右に振る。
「私はご主人様に全てを捧げると決めています。だから、ダンジョンに攻めてくる者達は私にとっても敵です。もし必要なら私が囮になって兵士の皆さんを罠に掛けてみせます」
「いや、絶対にそんなことはさせないからな?」
「これが私の覚悟ですから。たとえご主人様に怒られても聞きませんよ?」
ケイティは照れ笑いを浮かべつつ決意を込めてそう言うと、表情を引き締めて監視カメラの映像に目を向ける。
「……これがダンジョンの景色なんですね。初めてダンジョンを見たのですが、思ったより綺麗なので驚きました」
照れから話題を逸らしたのか、ケイティがそんな平和なコメントをして監視カメラの映像を眺めた。ケイティのその様子に、一人掛けのソファーに座るウスルの後ろに立つナナが頷いた。
「確かに。もっと真っ暗な洞窟とかの方が入り辛いのでは?」
ナナが疑問を呈すると、エリエゼルがコーヒーを一口飲んで頷く。
「心理的にはそうでしょう。ですが、あのように石畳を敷くと、罠の判別が難しくなるという利点もあります。それに、ダンジョンマスターにとってダンジョンとは自分の城です。どうせなら格好良い方が良いでしょう?」
エリエゼルがそう告げると、ケイティとナナが曖昧な顔で肯定の意を込めて首肯していた。
それを眺めてから、俺は足を組んでゆったりとコーヒーを飲む。
「……さて、今回は最低でも二日は掛かるだろうからな。ゆっくり観戦するとしよう」
俺がそう言うと、エリエゼルが不思議そうに首を傾げた。
「丸一日、ですか? アイニさん達が先導するなら数時間で迷路まで到達するでしょう。そしてあの人数なら迷路もくまなく探索されてしまうと思いますが……」
エリエゼルのそんな台詞に、俺は口の端を上げて頷く。
「確かに今までのダンジョンならそうだろうな。地底湖に当日着いて次の日には帰れる一泊二日コースだ。だが、今回は違うぞ」
俺がそう言うと、エリエゼルが何かを期待するように目を輝かせて俺を見た。
「まさか、ご主人様……新たなモンスターを……!?」
「いや、モンスター召喚はエリエゼルがいないとできないからな?」
俺はエリエゼルの天然のボケに軽く突っ込みながら黒いリモコンを手にし、ボタンを押す。
すると、監視カメラの映像が切り替わった。
「こ、これは……!?」
その映像にエリエゼルが驚愕の声を上げ、俺は声を出して笑った。
「そう! 新たな階層を増やしたのだ! 和風迷路で地底湖から距離が置けるようになったからな。迷路の端まで行って地底湖の上部に戻る形に作り直した。罠も今回は趣向を凝らしたぞ!」
俺はそう言ってケイティの淹れてくれたコーヒーを飲み、オヤツにバニラアイスの乗ったハニートーストをテーブルの上に出した。
「さぁ、皆で甘い物を食べながら馬鹿男爵の奮闘ぶりを見てやろう! はっはっは!」
俺がそう言って声高に笑うと、何故か皆が苦笑しながらこちらを見ていた。
もしや、シンプルにホールのケーキとかの方が良かっただろうか。いや、甘い物というのが悪かったか。
俺は皆の反応に頭を捻り、テーブルの上に他の料理も並べた。
「ピザとフライドポテトも出したぞ。今日は昼間からパーティーだ!」
あれ? これも違う?
皆さまから頂戴した罠の案を幾つか使わせて頂きたいと思います!
もし、続きが気になる!と思って下さる方がいましたら画面下部にて評価をお願いします!
そうすると作者が発酵します!(笑)




