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街を見たい

とりあえず一つ階層が増えた我がダンジョンに乾杯をしたいのだが、エリエゼルが茫然自失としたまま帰ってこない。


俺はどうしたものかと辺りを見回し、そういえば地上の風景を目にしていなかったことを思い出した。


緊急避難先も出来たことだし…少しくらい異国情緒を味わっても良いのではないだろうか。


俺はそんなことを思いながら、そっと出入り口の方へ向かった。


金属の棒を嵌め込むような形状の鍵を外し、俺は木製のスライドドアを動かした。


すると、外界の空気が食堂に流れ込む。


何処か乾いた、石の匂いと不思議な香辛料の香り。


そして、僅かに木の香りが漂ってくる。


俺はその空気に頬を緩め、外に続く階段に一歩足を踏み出した。


だが、階段に足を乗せた瞬間、俺は胸を締め付けられるような感覚を受けた。


え? これって恋?


そんな胸の高鳴りに、俺は初めての海外旅行だからだろうと理由をつけた。


まあ、異世界だから海外旅行とも違うか。


階段の上には、外の光が見える。路地裏のせいか、人影などは見当たらない。


もう少し階段を登れば、外の景色を自分の目で見ることが出来る。


心なしか、心臓が更に大きく鼓動した。


「ご主人様っ!」


もう一歩足を、そう思った時、エリエゼルに腰を引っ張られて階段を転げ落ちた。


「痛…」


低い段だったから高低差が無くて良かったが、それでも強かに背中を打ち付けて呼吸が止まりかけた。


俺が呻いていると、俺の上に跨るようにしてエリエゼルが乗ってきた。


エリエゼルは俺の肩に手を置くと、俺の顔を見下ろして眉間に皺を寄せた。


「…よかった。申し訳ありません、ご主人様」


エリエゼルは胸を撫で下ろしてそう呟くと、倒れた俺の胸に額を乗せた。


どうやら、俺に頭を下げているらしい。


「ご主人様は、もう今日から完全にダンジョンの一部となってしまいました…つまり、ご主人様はダンジョンの外に出たら、身体が砂のように崩れて死んでしまいます」


「………え?」


俺はエリエゼルの言葉に、首を傾げてそんな声をあげた。


ダンジョンから出られない?


出れば、死ぬ?


エリエゼルの言った言葉は聞こえているのに、どうしても俺の頭の中には入ってこなかった。


俺が呆然としていると、エリエゼルは泣きそうな顔で俺を見て、口を開いた。


「申し訳ありません…昨日言おうと思っていたのですが、中々言い出せず…」


エリエゼルはそう言って、目に涙を浮かべた。


それを見て、俺は何故か理解した。


本当に、俺は此処を出たら死ぬのだ。


「…死ぬ」


なんと無く口に出してみたが、特に変化は無かった。当たり前だが、それで身体がまた変化するわけでもない。


社畜からの転職と聞いたが、どうやら職場から出られないという最上位の社畜になってしまったらしい。


何故だろう。


悲しむべき時なのに、笑えてきた。


「は、はは、はははは…」


俺が笑うと、エリエゼルは憐憫の籠った目で俺を見て、片手を俺の胸の辺りに置いた。


「…ご主人様。本当は、もう少しダンジョンが大きくなり、ご主人様の安全が確保出来たら言おうと思っていたのですが…」


エリエゼルはそう言って一度言葉を切ると、顔を上げた。


「ご主人様の身体は外に出ることは出来ませんが、意識は出ることが出来ます」


「…どゆこと?」


エリエゼルの台詞に、俺は思わず首を傾げてそう言った。


「幽体離脱ですか?」


俺がそう口にすると、エリエゼルは僅かに眉根を寄せた。


「…どうでしょう? 魂ではなく意識なので…」


エリエゼルは生真面目にそんな返答をして悩み出した。俺はそんなエリエゼルに肩を竦めて口を開く。


「とりあえず、どういうことか教えてくれ」


俺がそう言うと、エリエゼルは俺を見て頷いた。


「はい。簡単に言うと、外でも活動出来る身体を魔素で創り出し、そこに意識を入れて操ります。ただ、恐ろしいほどの魔素を使ってしまうので、ダンジョンが出来ていない間は使わないものなのです。この地ならば問題無く使えるでしょうが、ダンジョンを作るための魔素が半分になってしまうかもしれません」


「え? 魔素だったらダンジョンの外に出られないんじゃない?」


エリエゼルの説明に何となくそう尋ねると、エリエゼルは首を左右に振った。


「いいえ、ダンジョンはダンジョンで、魔素は魔素…別物です。ダンジョンの一部と認識されるのは、壁や床、天井、扉、照明などの壁に直接取り付けられているものなどです。つまり、そこのテーブルや椅子はダンジョンの一部ではなく、創られた別の存在となります」


エリエゼルはそう言って俺の反応を見てきたが、こちらはちんぷんかんぷんである。


何を言ってるんだ、いったい。


俺がそう思っていると、エリエゼルが難しい顔で唸った。


「…ダンジョンの根本的な意思として、人やモンスターなどの魔力を持つ存在を、ダンジョンは内部に引き込みたいのです。その際に、より多くの獲物を迎え入れるために、ダンジョンはダンジョンとは別の、外に出しても大丈夫な宝箱というシステムを作り出しました。そのシステムを利用して、ご主人様は家具や料理などを創られているのです」


エリエゼルは何とか分かりやすく説明しようとしているのだろうが、俺の頭にはやはり入らなかった。


とりあえず、ダンジョン内部の部屋や廊下、階段などはダンジョンで、家具類や食事などはオプションみたいな感じだろうか。


ふふ。


俺が下らない駄洒落を思いついてニヤけていると、エリエゼルが冷めた目で俺を見た。


「…とりあえず、ご主人様が街を見学するには、人間の身体を創らなくてはなりません。今後、ダンジョン内を守護するモンスターなどを創る際にも、かなりの魔素が必要となってきます」


エリエゼルはそう言って、口を閉じた。


なるほど。それで魔素を節約したいのか。ダンジョンが完成するにはかなりの時間がかかり、その間は俺の生存率が下がるということになる。


だが、待てよ?


「…体は、俺の元の身体を思い浮かべるのか? それとも別のものか?」


俺がそう聞くと、エリエゼルは首を傾げて俺を見つめた。


「元の…? あ、そうですね。ご主人様の場合、今の身体が前の身体とは違う別の身体でした。そういう場合は…どうするのでしょう? 普通ならば、急に別の身体を作っても上手く操ることが出来ないので慣れている自らの複製を創るという手段をとるのですが…」


エリエゼルはそう言って頭を捻った。そう、俺の体はすでに別物なのだ。


しかし、身長も体重も違うのに、この体になって感じるような違和感は殆どない。


視線の高さすら違和感無く馴染んでいる。


これは、あの悪魔らしき存在が作った特別製だからなのか。それとも別の理由によるものなのか。


俺はそんなことを考え、エリエゼルに対して口を開いた。


「意識を創った身体にいれるのは、どうしたら良い?」


俺がそう尋ねると、エリエゼルは諦観の籠った目で俺を見つめ、短く息を吐いた。


「身体を創った際に、その身体から自分を見るような、その身体こそが自分であるようなイメージを浮かべて念じてください。感覚の問題なので上手く言葉に出来ませんが、成功すればそれで…」


俺はエリエゼルの言葉を聞いてすぐにイメージを固めた。


いや、既に外見だけならばイメージは出来ている。後は、そのイメージしたモノの中から自分を見るような…え? 簡単じゃない?


うん。出来た。


「おお! イケメンとエリエゼルがいる!」


目の前にハリウッドスター顔負けのイケメンと麗しのエリエゼルが立っており、思わず俺はそんなことを口走った。


そして、俺の口から妙に高い声が出た。


「ひょえっ!?」


エリエゼルが素っ頓狂な声を出して俺を、いや、出来たばかりの俺を見下ろす。


口をパクパクと、餌をねだる鯉のように動かすエリエゼルを見て、俺は鼻を鳴らす。


「ふふん、欲しがりさんめ!」


また俺の口から高い声が出た。


真・俺と旧・俺を交互に見るエリエゼルを横目に、俺は鏡を創り出した。


縦長のスタンドミラーに映るのは、10歳ほどに見える美少年だった。


金髪碧眼の目鼻立ちがはっきりとした、それでいて確かに可愛らしい少年の姿だ。


「よっしゃ! 異世界観光だ!」



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