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社畜ダンジョンマスターの食堂経営 〜断じて史上最悪の魔王などでは無い!!〜  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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客の質

な、長くなりました…!

 ウスルから報告を受けて、俺はアクメコーポレーション上層部の面々と会議を行なっていた。


 場所は地底湖前である。俺たちはガラス製の長いテーブルを囲むような形で置かれたソファーに座り、顔を向き合わせていた。


「調査官……面倒だな」


 俺がそう言うと、フルベルドが口の端を上げた。


「さて、捕まえて洗脳するか、もしくは私の眷属にしてしまいますか。そうすれば調査など難なく……」


「失敗したら確実にダンジョンとバレるじゃないか」


 フルベルドの何処かで聞いたことのある案を却下すると、今度はエリエゼルが手をあげる。


「通常通りの営業を見せれば良いのでは? ダンジョンとは誰も思いませんよ?」


「いや、もしエリエゼルのピアノを聴いたり料理に感涙したりしてみろ。次は王様がノリノリで来るぞ」


「まぁ、私のピアノでですか? そこまで気に入っていただけるなら私のマラカスも……」


「マラカスのソロ演奏か? それなら良い気もするが……」


 上機嫌で変な発言をするエリエゼルに適当な返事をして、俺はウスルやハーピー三姉妹を見る。まぁ、マラカスならそこまで気に止められないだろうからな。


 ウスルとハーピー三姉妹を眺め、俺は軽く頷く。


「……今なら、国と戦っても互角に戦えるような気もするな」


 俺がなんとなくそんな発言をすると、ウスルが口の端を上げて顎を引いた。


「……勝てる。なんなら、俺が今すぐか明日の夜にでも城を攻めよう」


「まてまてまて。もし戦うならこっちが誰も死なないくらい余裕で勝てる状況で戦うぞ。五分五分とかちょっと有利とか程度じゃ絶対に戦わない」


 今度はウスルがノリノリになってしまい、俺は慌ててウスルの案を却下した。大体、防衛ならなんとかなるかと思って言ったのに、何故単身で攻める話になるのか。


 そんなことを思っていると、ウスルが眉根を寄せて唸った。本気で言ってたのか、こいつは。


 俺がウスルの難しそうな顔に苦笑していると、ハーピー三姉妹が口を開く。


「では、こちらに集中できないようにダンジョンへ意識を向けさせては?」


「私達がダンジョンから出て暴れます!」


「レストランへ調査官を送る暇が無くなります」


 ハーピー三姉妹はそんなことを言って俺を見た。


「いやいや、それをするとダンジョンに軍が派遣されるかもしれんだろ。却下だ、却下」


 俺がそう言うと三姉妹が項垂れる。こいつらは力尽くで物事を解決しようとする節があるな。


 俺がそんなことを考えながらウスルと三姉妹を評していると、今まで目立たないように静かにしていたレミーアが手を挙げた。


「あ、あの……調査官が来る日に、冒険者を集めてはどうでしょう?」


 レミーアがそう口にすると、皆の目がレミーアに向いた。


「何故だ?」


 俺がそう尋ねると、レミーアは身を小さく縮こまらせて口を開く。


「あ、その……王国は基本的に冒険者ギルドとの関係をかなり繊細に調整しています。なので、冒険者達で溢れる飲食店なら調査が少し甘くなるかと」


「王国が冒険者ギルドに気を使ってる? どうして?」


 俺が尋ねると、レミーアは顎を上げて口を開く。


「あ、はい。冒険者ギルドという組織は各国にあり、魔物退治に特化しています。過去にあった魔物の氾濫やダンジョン探索で冒険者は実績を残してますから、どの国も有事に備えて冒険者ギルドとは敵対しないようにしてるんです」


「つまり、冒険者のご機嫌を損ねないようにしてるということか? 流石に優遇し過ぎじゃないか?」


 俺がそう言うと、レミーアは頷いて困ったように眉をハの字にした。


「冒険者ギルドというのは大きな組織です。ですので、そこに所属する冒険者も大勢いて、その戦力は馬鹿にできないものがあります」


「……そんなのが王都の中に事務所を構えているわけか。敵対しても流石に王国が勝つだろうが、冒険者ギルドと敵対しても良いことは無い、と」


 俺が確認するようにそう口にすると、レミーアは頷いた。


「冒険者ギルドはその国から運営費の一部を貰って運営してますから、大きな冒険者ギルドを持つ国は他国より自国が優れているとアピールできるわけです」


「ふぅん。それは知らなかった」


 レミーアの台詞に俺が何度か頷き、そんな知識を持つレミーアを不思議に思いながら、その隣に座るサミジナを見た。


「じゃあ、Sランクのサミジナは国からしたら重要人物か? 死んだ扱いになってるけど」


 俺がそう言うと、サミジナは鷹揚に頷く。


「人類の至宝と呼んでくれ」


 俺がサミジナのそんな誇大妄想に呆れていると、レミーアが苦笑いをしながら首を左右に振る。


「王国は世界で一、二を争うほど冒険者ギルドに貢献しています。冒険者ギルドはそれに応える形で高ランク冒険者を派遣していますので、依頼中に死んだ冒険者は自己責任といいますか……まぁ、どちらかというと冒険者ギルド側が力が足りずにと謝る形になるでしょうね」


「ほう。なるほどな……ん?」


 それってもしかして、冒険者ギルドが力を持ち過ぎないように、王国側は程よく冒険者を死なせたいって話になるんじゃないか?


 もしそうなら、ダンジョン防衛を前より楽にできるかもな。


 俺はそんなことを考えて、そっと口の端を上げた。





【調査官視点】


「……ここか?」


 私がそう尋ねると、案内役の兵士の男が頷いた。


「はい。我々もよく利用しているのですが……」


 兵士の男、ゼパルが髭面を顰めてそう口にし、私を意味ありげに眺める。


「言っておくが、手心は加えないからな。もう一軒の方は金に転ぶ馬鹿が行ったが、こっちは私が調査しているのだから不正は許さん」


 私がそう言うと、ゼパルは溜め息を吐いて路地裏へと入っていった。恐らく、不正をしていてもおかしくないような店なのだろう。


 私はどんなものも見逃さないように集中し、事に当たることにした。


 ゼパルの後に続いて路地裏に入り、狭い道を進む。


「……しかし、思いの外綺麗であるとはいえ、こんな路地裏に飲食店があるなど、私からしたら考えられないな」


 私はそう呟きながら、大人二人が並んで歩ける程度の狭い路地裏を歩いた。


 そして、先を歩いていたゼパルが立ち止まる。


「ここですね」


 ゼパルがそう言って指差す先には、地下へと続く階段があった。その階段はどう見ても左手の建物の下へと続いており、誰が見ても不正の香りが漂ってくるような怪しさである。


 階段には手すりが付けられており、足元を照らすなんらかの光もある。


 私が階段を見下ろしていると、ゼパルはこっちを眺めて動かずにいた。先に行けということか。


「……良いだろう。しっかりと見極めてやろう」


 普段から調査官は怪しい店によく立ち入り調査をしている。そして、調査中に証拠を隠滅されないように、私服の調査官と私服の護衛二、三人で店に入るのだ。


 だから、この程度の小綺麗な店ならば何の恐怖心も湧かない。


 私は鼻息も荒く、妙に綺麗な階段を降りて店の入り口の前に立った。


 そして、扉を開ける。


「いらっしゃいませー!」


 開けると直ぐに美しい鈴の音が鳴り、奥から来店を歓迎する若い女の声がした。


 中はランプか何かの橙黄色っぽい灯りで満たされており、野卑ともとれる野太い笑い声が響いている。


 想像以上に盛況のようだが、それ以上に冒険者らしき風貌の者達ばかりなのに驚いた。


「……普段からこんなに冒険者達がいる店なのか?」


 私が尋ねると、ゼパルは浅く頷く。


「いつもは衛兵仲間も多くいますが、今日は冒険者ばかりですな」


 ゼパルの返答を聞いて私が唸っていると、給仕服を着用した可愛らしい少女がこちらへ来た。


 少女は私達を見て微笑むと、片手を店の奥へと向けて口を開く。


「それでは、どうぞこちらへ!」


 少女がそう言って先に進んでいき、私達は後に続いた。


「な、なんと……」


 店内を進んでいく中で、私は思わずそんな言葉を漏らしていた。


 一本木の削り出しのような見事なテーブルや、不思議な形をした椅子。それに考え尽くされた灯りや席の配置。


 どれも驚くほど洗練されている。


「……この国や近隣の国には無い類の店だが、間違いなく歴史の古い大国から来た者だな。それも、上級貴族相当の教育を受け、深い知識を持っている」


 私がそう呟きながら案内された席に座ると、ゼパルは不思議そうに首を傾げた。


「へぇ? そんなのが分かるもんなんですか?」


「当たり前だ。悔しいが、あの天井で廻る風車の意味も分からないんだからな。それに、灯りが直接目に入らないような工夫もされている。装飾や形状も単調に見えてかなり凝っているし、あの……ん? なんだ、あの黒いのは」


 私はそう言って、壁側にある黒くて大きな物に目を止めた。


 不思議な形状だが、高さがあるのでテーブルではなさそうだ。いや、あの一角だけ段差があるのか。艶がある黒い表面は、見事な輝きを放っている。


「あれですか。まぁ、食事をしていればいつか見れますよ」


「いつか見る? 何をだ? 知ってるのか、あれを」


 私が疑問をぶつけると、ゼパルは含みのある笑みを浮かべて、あの少女が持ってきた書物を開いた。


「ん? なんだ、それは」


「料理のメニューですよ」


「な、何? そんなに沢山あるのか? なんの料理の店なんだ?」


「さて……私には分かりませんが、今はこのチューカという種類を食べ終えたところでして……私が勝手に頼んでも?」


 ゼパルにそう言われてメニューを眺めると、確かに何の料理か全く分からないものばかりだった。


 ヤキトリなる品名の下には、鶏肉を甘辛いタレにつけて焼いたモノとあるが、実際にそれが想像したモノと同じかは不明だ。


 自慢ではないが、私はかなり良い食生活を送ってきたため、このような飲食店の調査は大嫌いである。何故なら、殆どが食えたものではないからだ。


「……実際に食べて美味しかった物を頼む」


 私はそう言ってゼパルにメニューを返した。すると、ゼパルは苦笑しながら頷き、メニューを開く。


「全て美味しかったんですがね。まぁ、強いて言うなら、俺はこの豚の角煮って料理が好きですかね。後は、唐揚げとチャーハン、ラーメンで良いですか?」


「好きに頼んでくれ」


 料理を言われても分からないのだから仕方が無いが、ゼパルの発言に急に不安になってきた。


 このゼパルも兵長という役職にはついているが、平民からの叩き上げだ。大した食生活は送ってないことだろう。


 また以前食べた、泥を濾したようなスープみたいな料理が出るのか。


 私はそんなことを思いながら、料理を待った。


「はーい! お先に唐揚げとチャーハンをお持ちしましたー! 後、お飲み物です!」


「早いな!?」


 注文をしてすぐに料理と飲み物がきた。それも湯気が見えるほど熱々である。


 私が驚いていると、ゼパルが小皿に取り分けて私の前に料理を配っていた。


「いつもこんなもんですよ。さ、どうぞ」


 ゼパルはそう言って茶色い塊を口に含み、ガツガツと食べながらもう片方の手で琥珀色の液体が入った器を口に運んだ。


 そして、口の中の料理を流し込むようにその飲み物を飲んでいく。


「くぁっ! 美味い!」


 ゼパルはそう言って顔を綻ばせた。私はその姿に眉根を寄せて溜め息を吐く。


 やはり、育ちが悪過ぎる。これでは料理の味は期待できないだろう。


 私はそう思いながら手元に目を向け、ゼパルが飲んでいたものと同じ琥珀色の液体が入った器を見た。


 そして、絶句した。


 ガラスだ。滑らかな、驚くほど均整のとれたガラスの器である。


「な、なんだこのガラスは……まるでそこに無いかの如く透明で、神の手で作られたかの如く美しい……! こんな代物に、こんなエールか何かも分からないものを入れるなど!」


 私がそう言うと、ゼパルは目を細めて私を咎めるような表情を浮かべた。


「冷たいうちに飲んだ方が良いですよ。必ず後悔しますからね」


 ゼパルはそう言って、また茶色の塊を口に運んだ。


 見事なガラスの器を片手で上げ下げし、テーブルにそのまま置く蛮行に、私は思わずゼパルを叱りつけようかと思った。


 だが、周囲の馬鹿共はもっと酷い扱いでその器を使っているし、皆美味しそうに様々な飲み物を口にしていた。


 私は諦め、その液体を口にすることにする。恐る恐るガラスの器の縁を口につけ、傾ける。


 口の中に芳醇な香ばしい香りが広がり、甘さと苦味が混じった炭酸水のようなものが喉を流れていく。


「む……不味くはない」


 私はその不思議な飲み心地に顔を上げてその液体を見た。確かにこれなら食べ物を食べた後に飲むとスッキリとするのではないだろうか。


 気を取り直した私は、さっそくゼパルが食べていた茶色の塊をフォークで刺した。


 このフォークの形や装飾にも目を見張るものがあったが、今は料理に集中すべきだろう。


 茶色の塊を口に入れる。


 カリッとした表面に歯を立てると、中から少し辛みのある肉汁が出てきた。そして、柔らかく弾力のある肉を歯が噛みちぎっていく。


「……美味い」


 私は思わずそう口にしていた。噛めば噛むほど旨味が滲み出る。


 直ぐに食べ終わってしまった私は、更に別の物に手を伸ばす。豆よりも小さな茶色いものが沢山集まった料理だ。食欲をそそるようなものではないが、こちらからも香ばしい香りが漂ってくる。


 近くに置かれた変わった形のスプーンでそれを掬い、口に運んだ。


「これも美味い!」


 私は小皿に盛られたそれを全て食べて、先ほどの琥珀色の液体を口に流し込んだ。


 鼻を抜けるような香りと爽やかな飲み心地。


 確かに、これは美味しい。


 私が料理をもう一度食べようと顔を上げると、大皿に盛られていた料理がもう殆ど残っていなかった。


「あ、お先に頂きましたよ」


 ゼパルはそう言って、最後の茶色い塊を口に入れる。


「き、貴様!? 何故一人で全部……!?」


「はーい! お待たせしました! ラーメンとバーボンウィスキーです!」


 私がゼパルを批難しようと文句を口にしていると、先ほどの少女が新たな料理を持って現れた。


「あれ? ウィスキーとか頼んでないぞ」


「あ、間違えて一つ多めに用意してしまったらしくて……初めてのお客様がいらっしゃるようなのでサービスだそうです」


 少女はそう言って、私の前にまた違う飲み物を置いた。


 怒るに怒れなくなった私は、ゼパルに盗られる前にその手のひらほどのガラスの器を手にする。


「お、良かったですね。そっちはビールより高い酒ですよ」


「うるさい」


 私はゼパルにそれだけ言うと、ガラスの器を持って口に運んだ。


 明らかに先ほどよりも強い香りと、先ほどとは対照的な口の中で広がるとろみのある飲み心地。


 強い酒精が鼻を抜ける。


「う、美味い! なんだ、この酒は!?」


 こんな美味い酒は飲んだことがない!


 私は最後の台詞だけは口から出さずに飲み込んだ。だが、余りにも美味すぎるその味に、飲んだばかりだというのに喉が鳴ってしまった。


 ゼパルはそんな私を見て嫌な笑みを浮かべ、口を開く。


「ほら、ラーメンは一人一杯ですから安心してください」


「うるさい」


 嫌味なゼパルの台詞に文句を言い、私はラーメンとやらを奪い取った。


 と、その時、店内で歓声が上がった。


「お、運が良いですね。演奏が始まりますよ」


「演奏?」


 ゼパルに言われて顔を上げると、先ほどの黒い物の前に美しい女が立っていた。


 そうか、あれは楽器だったのか。


 私がそう思って眺めていると、女がその前に座り、黒い楽器に手を置いた。



原点回帰と思って書いたら……二話分に……!

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