王、地下食堂を認識する。
【城内】
国王バルディエル・ナイ・バラキエルは白い服だけを着た軽装で椅子に座り、何枚もある羊皮紙を見て首を傾げていた。
金の装飾が施された白い壁に、縦長の大きな窓の縁を彩る赤いカーテンと厚みのある凝った刺繍の絨毯。そして、絨毯の上には細かな装飾のある大きな木製の机と座面が赤い椅子が並んでいる。棚や照明なども明らかに手の込んだ豪奢な作りである。
そんな贅を凝らした執務室で、王は唸り声をあげていた。
「……地下に食堂? キメイリエス伯爵か。ふむ、自分の店ではないのか?」
王がそう呟くと、王の前に立つ白い鎧の兵士達の一人が口を開く。
「その店なら、恐らく私が知っている店かと思います。場所は貴族街ではなく、商業地区と平民街の間にある路地の裏でして……直接ではありませんが、下級兵の間で流行っている店があると聞いたことがあります」
その兵の言葉を聞き、王が不機嫌そうに眉を寄せる。
「平民街の路地裏だと? 汚らしい。そんな場所にある食堂なぞ潰してしまえ」
王がそう口にすると、兵士は難しい表情で唸る。
「恐れながら、その店は冒険者にもかなりの人気を博しているとのこと……あまり、冒険者に反感を持たれるようなことは……」
兵士のその台詞を聞き、王は面倒そうに顔をしかめて鼻から息を吐いた。
「分かっておるわ。まったく……あのようなならず者共に気を使わねばならぬとは、我が国の騎士団も情けない限りだ」
嫌味な口調で王がそう言うと、兵士達は静かに低頭する。その兵士達を眺め、王は舌打ちをする。
「言いたいことがあれば言えば良かろう。まぁ、言わずとも分かっているがな」
王がそう言うと、先ほど王に一言言った兵士が眉根を寄せつつ顔を上げた。
「陛下……もう良い大人なのですから、そろそろ冒険者ギルドを目の敵にするのはおやめください。腕の良い冒険者達がいるからこそ、魔物や盗賊などにも対処できているのです。騎士団だけでは手が足りないでしょう。いくら王子の頃に好意を寄せていた御令嬢を冒険者に取られたとはいえ、いつまでも恨んでいては損を致します」
「ば、馬鹿を言え! 貴様は、幼少の頃からの付き合いだからと調子に乗り過ぎだ! 控えろ、カラビア!」
カラビアと呼ばれた兵士の発言に王が顔を赤くして怒ると、カラビアは目を細めて王を見据え、口を噤んだ。
それを確認した王は、視線を彷徨わせながら口を開く。
「だ、大体、そういう浅慮な予測がそもそも間違っているのだ。冒険者ギルドという存在を客観的に考えてみよ! 彼奴らはこちらからも依頼料を取り、なおかつ運営費を取り、王都の中にまで堂々と騎士団相当の武力を保持している!これほど危険な組織があるか!?」
「だから潰す、と? これだけ蔓延する盗賊退治に騎士団が掛り切りになれますか? それとも予算を割いて騎士団を増員するのですか?」
「むぐ」
カラビアの反論に、王は思わず押し黙った。それを見て、カラビアは溜め息を吐く。
「陛下の手によって全盛期を維持しているこのリセルス王国は、豊かで広い国土を持つ世界一の大国であると誇らしく思っております。ですが、その国土の広さ故に隣接する国は無数にあり、防衛費は毎年増えていく一方です。なればこそ、国内の盗賊、魔物討伐は冒険者に任せた方が良いでしょう。小国には冒険者ギルドの運営費さえ出せないのですから、優れた冒険者が集まるこのリセルス王国はそれだけ……」
「分かった、分かった! もういい!」
カラビアの話が長くなりそうな気配を察し、王はウンザリした顔を隠しもせずにカラビアの話を遮った。
「とりあえず、冒険者が利用する店なぞに興味は無い。全て伯爵に任せるとしよう。税務調査官も一人付ける。それで良いだろう」
王がそう告げると、誰も何も言わずにまた頭を下げる。そうして、王はまた他の報告に目を向けたのだった。
【フルーレティー視点】
「え? 調査官?」
私がそう聞き返すとコーヒーを飲んでいたアエシュマが、困ったように眉根を寄せて頷いた。
「そうなんですよ。それで、こちらに来る調査官が知ってる顔だったのは良かったのですがね……そいつが金に汚い奴でして……」
アエシュマはそう言って、私の反応を見るように上目遣いでこちらの様子を窺ってきた。
遣り手の商人であるアエシュマが、小銭が欲しくてこんなことを言い出すわけがない。他に欲しいものがあるのだ。
「つまり、その調査官を大人しくさせる代わりに、貴族街に店を出す確約が欲しい、と?」
私がそう尋ねるとアエシュマは口元を緩めた。
「やはりフルーレティーさんは頭の回転が速いですね。取引相手としては理想的ですよ」
「馬鹿にしてる? 大したことは言ってないわ。それに、頭が良い相手だとぼったくれないから嫌でしょ」
私がそう言うと、アエシュマはわざとらしく肩を竦めて苦笑してみせた。
「いえいえ、誤解ですよ。商売で最も大切なものは信頼と実績。特に商人というのは情報に敏感な者ほど大成しますからね。商人同士の繋がりというものが物凄く重要になります。故に、誰かを騙すような商売をする商人は長くありませんね」
アエシュマはそう口にして、指を一つ立てる。
「まず一点。絶対に理解しておいてほしいことがあります。私が持ってきたこの話は、双方が得をする最高の儲け話です。ぼったくるなどとんでもない」
アエシュマは芝居掛かった態度でそう言うと、私を見た。
その貼り付けたような笑顔が胡散臭いというのに、この男はさも善人かのように振る舞うのだ。
形ばかりとはいえ、私とて裏組織の長をしている。様々な情報が入るという点ではアエシュマに負けていないはずだ。
だから、アエシュマが破産させた商人や騎士、果ては貧乏貴族までを全て調べ尽くしている。
新たな商品を考えた小さな商店のアイディアを盗み、騎士団の物資に食い込むために一人の騎士を借金に追い込み、貧乏貴族の足元を見て家宝を二束三文で手に入れる。
相手は命まで取られていないのだから。
そんなことを口にして笑う大商人の話も聞いたことがあるが、その家を潰す、家庭を壊すといったことをできる一部の商人は、むしろ我々よりもタチが悪い。
賭博場を経営したり、金を強請ったり、ぼったくり酒場をやったりしても、その相手の家を潰すほどではない。
まぁ、たまに賭博場で自殺する奴やらもいるけども。
私はそんなことを考えながら、アエシュマを見て口を開いた。
「とりあえず、前向きに考えてみるわ」
私がそう言って誤魔化すと、アエシュマは困ったように笑う。
「いや、調査官が来るまであまり時間は……」
そんなことを言い出すアエシュマを鼻で笑い、私は口の端を上げた。
「馬鹿にしてる? 貴方の倉庫下にある店と、この前頼んだ店。二つとも経営者は貴方の名前でしょう? それを脅しの材料にしないのは、自分であの店を経営できないと分かっているからよ。あの店は金の成る木と同じ。ならば、貴方がしたいのは木を沢山植えること。そして、貴族街に出店したい理由は簡単。王都に来てる地方の領主達にあの店を知らしめたいから。そうすれば、あの店は間違い無くこの国中に広がっていくでしょう」
私がそう言うと、アエシュマは目を丸くして私を見た。
「……いえいえ……本当に頭の回転が速い方ですね。取引相手としては理想的……とは言えませんね。はっはっは。正直やり辛いくらい頭の良い方なようで」
アエシュマはそう言って、笑った。
馬鹿にしないでほしいわね。私だって子供の頃から組織を運営する父の背中を見て育ったのよ。
手のひらの上で転がされるような世間知らずな女の子じゃないわ。




