伯爵帰宅後
「ウスル、フルーレティーに確認に……いや、ナナが行ってくれ。ウスルは護衛だ」
「わ、分かりました」
伯爵が帰ってから、俺はすぐに厨房に来たウスルとナナにそう言った。
グシオン達はまだ酒を呑んでいるが、エリエゼルに対応させている。
「言っておくが、キメイリエス伯爵には手を出すなよ? 発言力もある上級貴族だからな」
「辺境の地を治める大侯爵とも仲が良いらしい。有力な貴族だ」
グシオンとヴィネアが固い声でそう言うと、エリエゼルが頷いた。
「それを決めるのはご主人様ですが、ご主人様は温和な方です。恐らく、静観なさるでしょう。ただ、この店は無くなるかもしれませんが……」
「あぁん!? 此処が無くなるって、もう一個の店もか!?」
エリエゼルの一言に、グシオンの目が釣り上がる。
「まぁ、兵士が押し寄せる前に土で埋めて完全に無くなると思いますが……」
「ダメだ。今すぐ伯爵御一行を亡き者にしろ。この店を潰そうとする輩は皆殺しだ」
「よし、私が手伝うよ」
「駄目だ、グシオン、アイニ。そこまでするわけにはいかんだろう。まずは身柄を拘束して、なんとか店を認めてもらえるように拷問……間違えた。説得してだな……」
「……少し冷静になれ」
エリエゼルの言葉を聞いたグシオン達は次々と恐ろしい提案し始め、何故かエリエゼルが晴れやかな笑顔を見せる。
「まぁ、皆さん素晴らしい忠誠心ですね。ご主人様も喜んでくれるでしょう」
「いや、単純に美味い飯が食える場所が無くなるって話で……」
エリエゼルの言葉にグシオンが不服そうにそう呟いていた。
そんな物騒な会話を聞きながら、俺は眉根を寄せてケイティとナナを見た。
「おい、冒険者って飯のためなら貴族が死んでも良いのか?」
俺がそう尋ねると、ナナとケイティが顔を見合わせる。
「いや、普通はそんなことはありませんが……まぁ、この店の場合は特別かもしれませんね」
「そうですよ。こんなに素晴らしいお店、この世に二つとありませんから」
二人は俺を振り向くと、真顔でそんなことを言った。真顔なのだから当たり前だが、全く目が笑っていないのが恐ろしい。
「そ、そうか。じゃあ、その店が営業停止に追い込まれないためにも、フルーレティーに確認を頼む」
「はい。では、すぐに行ってきます」
俺が指示を出すと、ナナはすぐに返事をして立ち上がる。ウスルも一度頷いてからナナと一緒に食堂へ出ていった。
まぁ、フルーレティーの所に行くと言っても、恐らく上に居るだろう。
地下は確かに俺達が店にしているが、地上はまだフルーレティー達《血と鉄の蛇》がアジトとして利用しているのだ。
後は、吉報を待つとしよう。
色々していても仕方がないので、俺は一号店で注文を受けた料理を出していた。
厨房からは青い髪の狼獣人の女の子が忙しなく動き回っているのが見える。
「トンカツですー!」
「定食?」
「あ、トンカツ定食ですー! ごめんなさいー!」
「いいよー。トンカツ定食ねー……あ、なんか喋り方が移った」
注文受け練習中のタバサから注文を受け、俺はトンカツ定食を出す。
揚げ物はやっぱり根強い人気があるな。
「あ、厚切りベーコンとモッサリ大量モッツァレラチーズのトロトロカリカリピザのクリスピー生地の大サイズを一つですー! 長いですー!」
「わかったよー。良く言えましたー」
嫌がらせのようなメニュー内容だが、タバサもなんとか頑張って注文を受けているな。
まぁ、正直に言うと全メニューに数字を振って、それを書いた紙を持ってくれば楽にできるのだが、商品名が飛び交った方が売り上げに繋がりそうだしな。
なんとなくこのままやってみよう。許せ、タバサ。
と、そんなことを思っていると、後ろからナナが出てきた。
「ただいま帰りました」
「おかえりー」
俺が語尾を伸ばして返事を返すと、ナナは目を瞬かせながら俺を見上げ、咳払いを一つする。
「ん、んんっ……フルーレティーさんが言うには、あの土地や地上の建物はアエシュマという大きな商会の頭取が所有している土地ですから、恐らく問題は無いとのことです。ただ、地下で店を営業し始めたのは一ヶ月前からと申告していますので、もしもそれ以前に店に来たお客がいれば、多少の違和感は出るかも……と」
「ああ、なるほど。でもそれなら大丈夫だな。店ができて最初の客はフルーレティー達だ。それから暫くは一般の客は入っていない」
俺はナナの報告を聞きながらそう返すと、自分の頭を掻きながら唸った。
「問題はこっちの店だな。もう冒険者達には知れ渡っているだろうし、兵士達もかなりの数が来ている。まぁ、客は皆ここがモグリの店だと薄々勘付いて黙ってくれてる感じだが……流石に貴族にバレるとやばいか」
俺がそう言うと、ナナが軽く頷いて口を開く。
「それが、フルーレティーさんの話だとアエシェマさんがこの店の上にあった住居を買い取ったそうです。なので、今のうちにこの店はアエシュマさんの土地を借りて営業していると書面にて残しておいた方が良いと……」
「……それは大丈夫なのか? アエシュマの行動が早過ぎて逆に怖いぞ。まだその書類はできてないんだよな? 早くしといた方が良いのは良いが、貴族より厄介な奴に目を付けられた気がしてならん」
俺がそう呟くとナナが首を傾げ、俺の耳に顔を寄せた。
「アクメ様はダンジョンを自由にできるんですよね? この際、店の場所をもっと目立たない場所に移せないのですか?」
ナナにそう言われ、俺は耳がゾワゾワしながら頷いた。
「できる。できるんだが……この店が急遽無くなると、これまで黙っていてくれた冒険者や兵士達が何をするか分からん。少なくともちょっとした騒ぎにはなるだろうな。そうすると王国もそんな怪しい店があったのかと認識するだろうし、新しい場所に引っ越してもすぐに話題になってしまう。王国に目を付けられないことが重要だ。それと一番の問題は……」
「一番の問題は?」
俺の言葉尻を取り、ナナが眉根を寄せる。俺はナナに顔を向け、口を開いた。
「商人如きに負けたくない」
俺がそう言って笑うと、ナナが目を丸くして俺を見る。
どうせ、とりあえず逃げるというだけならいつでもできるのだ。なら、こちらがアエシュマを利用し尽くしてやる、といったくらいの気持ちで店を営業しておこう。
俺がそんなことを考えていると、気を取り直したらしいナナが真面目な顔で口を開いた。
「しかし、今回のキメイリエス伯爵の件で王国にはバレてしまったのでは?」
「いや、バレたのは店の存在だけだ。これで伯爵が問題無いと判断し、国からの調査も乗り切れば、この店はある意味で公に認められたことになる。その状態にまでなってしまえば、次からは逆に疑われにくくなるだろう」
逆に疑われれば調査は徹底的に行われるかもしれないが。
「なるほど……流石はアクメ様。それでは、この店も今まで通りですね」
「そうなるな」
俺はそう言って、厚切りベーコンとモッサリ大量モッツァレラチーズのトロトロカリカリピザのクリスピー生地の大サイズを一枚出した。
長いな、名前。




