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ダンジョン2日目

朝がきた。


布団の中で身動ぎすると、隣には艶やかな黒髪と、その隙間から見える美しい白い肌が目に入った。


長い睫毛が震えるのを見て、俺はドギマギしながらそっとエリエゼルの頭を撫でる。


髪の毛を梳くように指を通し、ほんのり冷たいエリエゼルの頬を手のひらで触れた。


「ご主人様…おはようございます」


直後、エリエゼルの普段より僅かに舌ったらずな声が聞こえ、俺は思わず手を離して口を開いた。


「ご、ごめん。起こしたか」


俺がそう言うと、エリエゼルはそっと微笑を浮かべた。


「ふふ…いいえ、本当ならば私が先に起きなければいけませんから」


そう言って、エリエゼルは身体をゆっくりと起こした。


奇襲は卑怯ですぞ!







朝から元気一杯で俺は食堂に出てきた。もう本当に元気一杯である。


さて、エリエゼルが出てくるまでに何か洒落た朝食を作ってやりたいな。


まあ、念じたらポンッなんですがね!


俺はテーブルの前に立って腕を組んで考えた。


よし、エッグベネディクトにしよう。


俺はそう思って頭にイメージを浮かべて、念じる。


出た。


テーブルの上にプルプルのポーチドエッグと焼いたベーコン、レタスが乗ったマフィンに何か白いソース。


トロットロである。


更にクルトン入りのコーンスープに、グリーンサラダ。後はホットコーヒーでバッチリ。


俺がそんな朝食の準備を終えた頃、エリエゼルが食堂に出てきた。


「まあ、朝ご飯をご用意してくださったのですか?」


エリエゼルは驚きと喜びの混ざった表情でそんなことを言ってきた。


いやいや、念じたら出たんですよ。本当に。愛の力ですかね。


俺は言葉には出さずにそんなことを考えて一人で照れた。


エリエゼルはそんな俺を横目に微笑みながら席につき、朝食に目を落とした。


「本当に美味しそうですね」


「ん、食べようか。いただきます」


俺はそう言ってナイフをエッグベネディクトに入れ、半分に切り分けた。


プルプルの半熟卵がトロッと広がり、ソースと絡み合って何とも食欲を刺激する見た目となる。


口に含むと、黒胡椒がアクセントになったバターとレモンなどの甘酸っぱい味な広がり、卵のまろやかさが加わる。


少ししょっぱいマフィンとベーコンが更に良し。


「あ、美味しい! これは美味しいですね!」


エリエゼルもご満悦である。


とあるチェーン店に期間限定で出たメニューだったが、その辺の個人経営のカフェよりも美味しかったという思い出の品だ。


俺はエリエゼルの反応に満足すると、残りを食べた。


うん、美味い。さっぱりとしたサラダがまた良い。


俺はコーヒーを口にしながらゆったりとした気持ちになり、息を吐いた。


「大変美味しいお食事をありがとうございました」


俺と同じく食事を終えたエリエゼルはそう言って頭を下げると、食器を片付け始めた。


俺はその後ろ姿を眺めた後、ダンジョンについて考察した。


とりあえず、最初は時間を稼げるダンジョンを作らないといけない。


なにせ、暫くはあまり深く作れないだろうからな。


「やはりダンジョンに見えないように偽装しながら深くしていくしかないか」


俺はそう口にして頭を整理すると、席を立って食堂の真ん中にある柱の奥に階段を作った。


人一人くらいが通れる狭い降りの階段だ。壁も床面も全て石造りである。


俺は作ったばかりの階段に足を踏み入れながら、階段をどんどん深く降りるように作っていく。


絵面的には時折目を瞑って立ち止まりながら階段を降りるという何とも間抜けな感じだが。


さて、2階分は地下に降りただろうか。


俺は階段の突き当たりになる正面の壁に手を当て、目を閉じた。


イメージを膨らませて、念じる。


目を開けると、そこには一坪ほどの小部屋が出来ていた。


そして、奥の壁には金の背景に松が描かれた一対の襖がある。部屋の端には二つの提灯のような照明が壁にくっ付いている。


「ん? 思ったより悪趣味になったな」


俺はその金色の襖を開けながら思わずそう呟いた。


開けると、奥には広い広間があり、左右の壁から奥の壁にまでびっしり襖が並んでいる。


和風迷路の完成だ。


都合上、襖以外は石造りだが、色合いのお陰かそこまでの違和感は無い。灯りも全て提灯の割に明るい。


実はこの迷路、出口は無い。


強いて言えば入り口が出口になるのだが、迷路の中で何か手がかりを得ようとしても何も得られないのだ。


挙句に、全て同じ景色が続くように作っているため、迷路を攻略出来ているのか分からないだろう。


ちなみに、俺達の避難場所は階段の途中に作っている。避難場所と言っても、逃げられるように厨房と迷路の上に降りられるように作った細い通路と、簡単な待機部屋だけなのだが。


「ふむ」


迷路を作ったせいで、魔素がかなり減った感覚がある。


今日はこんなものだな。


俺は階段を上がり、食堂に戻った。そして、地下に続く階段の上に床にそっくりな蓋を設置する。


下が空洞なので踏むと僅かな違和感を感じるかもしれないが、それは仕方ないだろう。


俺は満足して先程のテーブル席に座した。


すると、タイミング良く、食器を片付けたエリエゼルがこちらへ向かってくる。


「お待たせしました、ご主人様。ダンジョンをお造りになられますか?」


エリエゼルは笑顔で俺にそう言った。


俺はそんなエリエゼルに微笑み返し、頷く。


「もう造ったよ」


俺がそう言うと、エリエゼルは笑顔のまま小首を傾げた。


「…え? いえいえ、ご主人様…ダンジョンを」


「もう造ったよ?」


「え?」


俺がそう言うと、エリエゼルは疑問符を浮かべながら固まった。


俺は席から立ち上がり、柱の後ろに移動して、床板を剥ぐ。


地下に続く階段を露出させ、エリエゼルに顔を向けて口を開いた。


「ほら」


「えぇっ!?」


俺の言葉と地下に続く階段に、エリエゼルは目を丸くして驚いた。


「し、失礼します!」


そう言って地下に降りていくエリエゼルを見送り、俺はテーブルの上にカフェオレを創り出す。


うん、良い香り。


「え、えぇええ…!?」


地下から絶叫が響くが、俺は優雅にカフェオレを口にする。


滑らかな口当たり。コーヒーの苦味に甘いミルクが丁度良くマッチしている。


家でやってもこの味は出せないよな。


俺がそんなことを思いながら休憩し、昼からどうしようかと悩んでいると階段を小走りに登ってきたエリエゼルが食堂に現れた。


肩で息をしながら背中を丸めて両手を膝に乗せたエリエゼルは、額から汗を流しながら俺を見上げた。


「な、何であんな迷路が、もう、出来て…」


息も絶え絶えなエリエゼルに、俺はコップに入った水を手渡す。


「あ、ありがとうございます…」


そう言って水を受け取り水分補給を始めたエリエゼルを見下ろし、俺は腕を組んで頷いた。


「良いだろう? 地下の迷路は出口が無い上に分岐ばかりで自分が何処にいるか分かりにくいと思う。襖や床に目印をしても時間が経つと消えるようにしてるからな。ばっちりだ。広さも六万平方メートル。東京ドームより広いぞ」


「ぶばっ!」


俺がそう言うと、エリエゼルは飲んでいた水を噴き出した。


「げほっげほ…! と、東京ドーム…!?」


激しく咽せるエリエゼルを眺め、俺はその反応に満足して口の端を上げた。


まあ、俺の服はビチャビチャにされたが。


「そのせいで何の仕掛けも出来なかったが、まあ、時間稼ぎと思えば良いだろ? あ、階段の途中に俺達の避難場所は造ったぞ」


「まだあるんですか!?」


俺の一言に、エリエゼルは怒鳴るような大声でそう言った。


いや、だって迷路は運良く奥まで来るような奴もいるだろうし、俺たちが隠れるのには向かないと思うけど。



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