スパイからの情報
【ロア視点】
満身創痍ながらも無事に帰ってきたグシオンさん達に、僕だけでなく、冒険者ギルド中で歓声が上がった。
「回復魔術士を呼べ!」
ギルドマスターの叫びが響き、グシオンさん達はそのままギルドの奥へと連れていかれた。
「やっぱ、流石は『業火の斧』だな!」
「ああ、まさかたった四人で生還するとは……」
「しかし、Sランクだってのに、サミジナはあっさりダンジョン一回潜っただけで死んだな」
「全くだ。評判が悪い奴だったし、実力は無かったんだろうよ」
「他の奴の手柄を奪ってたのか? 最低な野郎だな」
歓声に紛れてそんな会話が聞こえてきたけど、僕は釈然としない気持ちで嘆息した。
あの『業火の斧』のグシオンさん達だから、なんとか脱出できたのだ。それに、そのグシオンさん達ですらボロボロの状態での帰還だ。
確かに、サミジナさんが更に深く潜ると言わなければこんなことにはならなかっただろうから、サミジナさんを擁護するつもりはないけれど。
「……それにしても、グシオンさん達大丈夫かな。随分思い詰めてたような……」
僕はそう呟き、暗い表情でギルドの奥に消えたグシオンさん達のことを思った。
【グシオン視点】
倉庫街に二号店ができているとは思わなかった。それが、この店のことを知って率直に思った感想だ。
この店はなんでこんなに客のガラが悪いんだ。それが、この店の中で酒を呑みながら思った感想だ。
「ナナちゃん、生ビール!」
「こっちも頼む!」
「ああ、分かった。ちょっと待て」
どう見てもチンピラといった雰囲気の男達が鼻の下を伸ばしながらメイド姿の少女に注文をしている。店員はナナというヴィネアの知り合いの少女だったが、以前会った時よりもかなり言葉遣いが荒くなっている気がする。
「……報告を頼む……」
と、二号店の雰囲気の違いを眺めていた俺に、暗い赤色の髪の大男が口を開いた。
ウスルという名の大男だ。ダンジョンマスターの部下であるとのことなので、恐らくデーモンなどの強力なモンスターなのだろう。
俺はウスルに向き直ると、口を開く。
「あぁ、とりあえずの経過だけで良いのか? まだ王国と冒険者ギルドにした報告と対応くらいしか無いけどな」
俺がそう言うと、ウスルは無言で顎を引いた。
愛想の無い奴だな。
俺はそんな評価をウスルに下しながら、口を開く。
「王国にダンジョンの攻略失敗と報告したが、特に罰も何も無い。まぁ、サミジナへの依頼料が無駄になったが、騎士団を動かすよりも安いし、そこまで大きな痛手でもない……といったところかね」
俺は淡々とそう言って、そっと溜め息を吐いた。国や貴族からの冒険者の評価など知っていたつもりだが、サミジナの死を報告した時の反応は、かなり冷めたものだった。
まぁ、ダンジョンの脅威について、ボス級モンスターと戦って善戦したが、ギリギリのところで敗れてしまったと伝えたせいだろう。
冒険者ギルドからの評価では、俺もSランク間近であり、俺のパーティーはそういった実力者が揃っているという触れ込みを受け、国は俺達にダンジョンの攻略を依頼している。
つまり、国から見れば 『サミジナも似たような実力であり、十人以上いた実力者の中の一人が死んだが、ダンジョン自体の攻略はもう少しなのだろう』 と認識したわけだ。
その証拠に、国からは多少危機感の薄れた命令が出された。
「モンスターの氾濫の可能性はほぼ無いという俺達の報告を聞いて、お国はもうすぐ帰ってくる他のAランク冒険者達が揃ってから攻略に打って出ることを決めた」
俺がそう言うと、ウスルは僅かに口の端を上げて、俺を見た。
「……そいつらは、お前らより強いのか……」
「なんで嬉しそうなんだよ。どうなってんだ、お前らは」
俺が呆れながらそう言うと、ウスルは何も答えずに琥珀色の酒を口に流し込むように呑んだ。
それを眺めていたヴィネアが眉根を寄せて口を開く。
「……冒険者ギルドはサミジナの死を王国以上に重く受け止めた。その為、ギルドは独自に動いて他国の冒険者ギルドに打診し、Aランク以上のダンジョン攻略経験を持つ冒険者を呼ぼうとしている。普通のダンジョンなら数ヶ月……最大級のダンジョンでも数年内には確実に攻略される規模の攻撃を受けるかもしれないぞ」
ヴィネアが挑発するようにそう言うと、隣に座るアイニがハラハラした様子でヴィネアとウスルの顔を見比べた。
何も答えずに酒を飲むウスルに、サヴノックが腕を組んで話を続ける。
「……過去、全てのダンジョンは攻略されてきた。魔王が造った最悪のダンジョンですら突破され、魔王も死んだ」
事実確認のようにサヴノックがそう言うと、ウスルはジョッキをテーブルに置き、浅く息を吐く。
「……過去のダンジョンに、俺はいなかった……」
そう言って不敵に笑うウスルを見て、俺は思わず乾いた笑いが出た。
「……は、はは。そりゃそうだけどよ」
【サミジナ視点】
「ほら、あの時と同じ力が出せると思って動いてごらんなさいな」
長い金髪の美しいハーピー、アエローがそんな無茶を言ってくる。
「ぬん!」
俺は地を蹴って黒い髪のハーピー、ケライノーを追い掛けた。地底湖の前の広い空間で戦っているのだが、広過ぎるせいで中々捕まえられない。
「よっと」
ケライノーはそんな声を出すと軽々と俺の剣を弾き、更に高く舞い上がった。
そして、剣を振り切った俺の背後から白髪のハーピー、オーキュペテーが迫ってくる。
「えぃやー!」
俺はなんとか身体を捻ってオーキュペテーに振り返ろうとするが、間に合わず、オーキュペテーの鉤爪を背中に受けてしまった。
「ぐあっ」
俺は衝撃に呻き、そのまま地面へと蹴り飛ばされた。地面で体が跳ね返るほどの衝撃に呼吸ができなくなる。
爪で刺さないようにしてくれているが、それでもあの速度での飛び蹴りは尋常ではない。
「サミジナ、弱くなった?」
ケライノーが不思議そうな顔つきでそう聞いてくる。
「一対一なら互角じゃないか」
俺がそう文句を言うと、優雅に椅子に座ったアエローが脚を組み替えて口を開いた。
「あの時の貴方は私達二人を相手に互角だったじゃないですか」
「魔石を食ったからな。死ぬ覚悟でも無ければ食うのは嫌だぞ」
俺はそう言って、立ち上がった。気がつけば、暫く悶絶しそうな一撃を受けたのに回復している。
「……ヴァンパイアの力、か。この回復力は反則だな」
俺がそう呟くと、アエローが翼を揺らして肩を竦めた。
「ヴァンパイアは夜に真価を発揮します。貴方なら二倍、もしくは三倍ほどの強さになるでしょう」
「ほう。じゃあ、魔石を食った時の力を出せるのか。それは楽しみだな」
俺がそう言うと、アエローは厳しい目を俺に向けてきた。
「……裏切りは許しませんよ?」
アエローにそう言われ、俺は剣を地面に突き刺して睨み返す。
「俺は負けた。それは純然たる事実だ」
「敗者は勝者に従う、と?」
「いや……上手く言えないが、死ぬはずだった俺が生きて此処にいるのだ。世界一の冒険者サミジナは死に、ダンジョンを守る守護ヴァンパイア、サミジナに生まれ変わったということだな」
俺がそう言うと、オーキュペテーが首を傾げた。
「生まれ変わったというか、動く死体になったんだと思いますですー」
「動く死体か、確かにね」
オーキュペテーとケライノーがそんなことを言って笑った。
「ふむ、動く死体か。死体になっても一流のサミジナ……流石は俺、ということか」
俺がそう言って納得していると、ケライノーに真っ直ぐ見られた。
もしかしたら、こいつは俺に惚れてしまったのかもしれんな。
「やっぱり、ちょっとズレてるよね」
「ふふ、照れているのか?」
「違うわよ!」
俺の指摘に、ケライノーは頬を膨らませて怒っていた。




