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社畜ダンジョンマスターの食堂経営 〜断じて史上最悪の魔王などでは無い!!〜  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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契約

【グシオン視点】


 背中に硬い感触を感じ、俺は薄っすらと目を開けた。視界に映るのは空ではなく、淡く発光する岩肌の天井だった。


 身体を起こそうにも、指先が震えるだけで力が入らない。


「目覚めたか」


 俺が寝たまま辺りを見渡そうとしていると、そんな声が掛けられた。


「大丈夫か、グシオン……?」


 俺が動けずにいると、そう言われてヴィネアに上半身を起こされる。力の入らない身体が自分のものではないみたいだ。


 ヴィネアの手で俺の視線が天井から地上へと下り、俺は戸惑いを覚えた。


 目の前には、あのハーピー達の姿があったからだ。ハーピー達は湖を背に立っており、湖にはあの水龍達の姿もあった。


 ヴィネアに説明を求めようと視線を動かすと、斜め前に胡座をかいて座るサヴノックの背中を見つける。


「……な、なんだ? どうなってるんだ?」


 俺が誰にともなくそう尋ねるとサヴノックは答えず、ヴィネアが口を開いた。


「……我々は選択を迫られている。このまま此処で水龍達の餌となるか……生きて、ダンジョンマスターと協力するか、とな」


「…………あぁ?」


 ヴィネアの説明に、俺は間の抜けた声を上げてハーピー達を見上げた。


 確かに、ハーピー達とは意思の疎通ができた。いや、それどころか、普通に会話をした記憶もある。


 だが、相手は屍喰いとも呼ばれてきた、忌避すべきモンスターのはずだ。そんな相手から選択を迫られていると言われても、全く現実感が湧かない。


 しかし、確かによく考えればこのハーピー達は普通ではない。本来のハーピーはもっとモンスターらしいというか、ヒトとは違う恐ろしい造形をしているし、人を襲う獰猛な気性の持ち主のはずだ。


 と、俺はそこまで考えて気が付いた。ハーピー達を見上げ、口を開く。


「……ま、まさか、お前達がこのダンジョンの……」


 俺がそう口にすると、ハーピーは含みのある笑みを浮かべて俺を眺めた。


「……ただのハーピーじゃないってことか」


 俺がそう呟くと、サヴノックの向こう側からアイニが顔を出した。アイニは言いづらそうな顔で俺を見て口を開く。


「あ、グシオン。この人達はダンジョンマスターじゃないから」


「は?」


 アイニにそう言われて、俺は生返事を返した。


「え? じゃあ、こんな滅茶苦茶なハーピーがただの部下なのか? 嘘だろ?」


 俺がそう言うと、ハーピー達の眉間に皺が寄った。


「……その言い方には一言申したいことがありますが、今回は不問にしておきましょう」


 金髪のハーピーがそう言うと、ハーピー達は左右に分かれるように動く。


 すると、そこには随分とデカい赤茶けた髪の男が立っていた。かなり特殊な格好だが、何処かで見たことがある気がする。


 そんな既視感に俺が困惑していると、男は静かに口を開いた。


「……お前達に与えられた選択肢は二つ。死ぬか、俺の下に付くか。どちらを選ぶ……」


 低い声で告げられたその台詞に、俺は僅かに首を傾げる。


「奴隷にでもしようってか? 俺達を使って、いったい何をする気だ?」


 力の入らない身体で精一杯の虚勢を張り、俺は男にそう聞き返した。


 すると、男は深く長い息を吐き、俺を見下ろした。死を覚悟していてもなお背筋が寒くなるような威圧感だ。


 間違い無く、この男がダンジョンマスターだろう。


「……我が主人は、特にこの国に敵意を持ってはいない。だが、何もせずともお前達のような輩が我が主人を狙い、このダンジョンへと侵入してきている……故に、冒険者を仲間に引き入れ、このダンジョンへ侵入してくる者を減らそうとしている……」


 違った。


 どうやら男はダンジョンマスターではないらしい。


 だが、男の語るダンジョンマスターの思惑には正直首を傾げざるを得ない。


 無条件なる悪。太古からの人類の敵と云われるダンジョンマスターが、敵意を持たない?


 そんな話が本当にあるのだろうか。


 俺はそう思った時、この場にいる人数が足りないことに気が付いた。


「……サミジナはどうした?」


 俺がそう言うと、俺の体を支えているヴィネアの手に力が篭った。


 男は俺を真っ直ぐに見据え、顎を引く。


「……死んだ。中々の実力者だったために、こちらも手加減はできなかった……」


 男は淡々とした口調でそんなことを言った。


 その言葉を聞き、俺はサヴノック達に視線を向ける。


 冷静に身動ぎ一つしないサヴノックと、気まずそうに視線を逸らせるアイニ。斜め後ろにいるヴィネアの顔は確認できないが、俺の方を持つ手に込められた力を思えば、なんとなく心情は知れる気がした。


「……俺達は敵同士だ。別に殺した殺されたなんて青臭い話はしない。だが、この状況で俺達がダンジョンマスターを信じるに足る材料はあるのか? 無いだろ? じゃあ、この場、この状況は……単なる脅しってわけだ」


 俺は早口にそう言って男を睨んだ。自分では冷静にしていたつもりだったが、どうしても感情的になってしまったかもしれない。


 男は俺の言葉を受けて目を細めた。


「……仲間に引き入れることができたら良し。駄目でも仕方がない……これが、この程度がこちらの感覚だ……好きに考え、好きに選べ……俺は困らない……」


 男はこれまで通り、酷く淡々とそう告げてきた。


 別に、俺達が生きようが死のうがどうでも良い。


 そんな言葉が含まれていると理解できた。


「……ぐ、グシオン」


 俺が自身の情けなさに腹わたが煮えくり返るような気持ちになっていると、アイニが俺の名を呼んだ。


「……なんだよ」


 低い声音で返事を返すと、アイニは周りの様子を横目に見つつ俺の方へと寄ってきた。


 躊躇いがちに俺の耳に顔を寄せると、小さく口を開く。


「ここは、一時的にこいつらの仲間になってさ……なんとか外にこのダンジョンのことを伝えようよ。ほら、たとえ奴隷契約されても罰を恐れなければ逆らえるんだしさ」


 アイニはそれだけ言うと、俺の顔を確認するように眺めて顔を離した。


 そうだ。


 確かに、一度このダンジョンの情報は持ち帰らなくてはならない。


 ダンジョンから帰還した奴らでも罠は抜けることができるだろう。


 だが、この地底湖は駄目だ。どんな凄腕だろうと、なんの前情報も無しに攻略できる場所じゃない。このダンジョンは間違い無く、攻略までに十年以上掛かる極悪難易度のダンジョンとなるだろう。


 しかし、俺達がこの情報を持ち帰ることができたなら、無駄な犠牲は極力減らして、尚且つ十年以内に攻略が可能になるはずだ。


 この情報は最重要なものとなる。


 俺はそう考えて、顔を上げた。


「……いいだろう。俺は協力するぞ」


 俺がそう言うと、ヴィネアがすぐ後ろにいるのに大声を出した。


「お、おい!? 正気か、グシオン!?」


 ヴィネアにそう言われ、俺は無言で頷く。


「本当にそれで良いのか、グシオン……サヴノックはどうなんだ?」


 ヴィネアの問い掛けに俺が返事をしないでいると、ヴィネアはサヴノックに視線を移した。


 しかし、サヴノックも黙して語らず、ただ腕を組んだまま座り込んでいる。


 それを見て是と見たのか、男はヴィネアへと顔を向けた。


「……仲間になるか、敵のままか……好きな方を選べ……」


 男がそう言うとヴィネアは俺に聞こえるほど強く歯を嚙み鳴らして体を動かし、俺の視界にヴィネアの愛用してきた杖の先が現れる。


 長年愛用してきたやたらと堅いなんたらとかいう木製の杖だ。魔力を増幅してくれる杖なのだが、元々一流といっても良い腕前の魔術士であるヴィネアが使うと、かなりの威力の向上を望める逸品である。


 流石に、ヴィネアが本気であの男に向かって魔術を放てば無傷では済まないだろう。


 ただ、その場合ノリと勢いで俺たちも一緒に殺されるのではないだろうか。


 その時は、諦めてヴィネアを庇って死んでみるか。


 俺は半ば諦観の念でそう思い、杖を向けられた男を見た。


 しかし、男は特に感情を感じさせない雰囲気で突っ立っており、焦った様子も無い。


「ちょ、ちょっとヴィネア……本気でやる気?」


 男の代わりにアイニが焦ったような声でそう尋ね、ヴィネアは返事を返さなかった。


 しかし、杖の先が小刻みに揺れているのを見ると迷いもあるのかもしれない。


 俺は短く息を吐くと、顔を上げた。


「……やる気なら俺も一緒に殺されてやるぞ。どうする、ヴィネア?」


 俺がそう言うと、ヴィネアの持つ杖が大きく揺れた。


 そして、杖は下げられ、ヴィネアは何処か悲しそうな声を出す。


「…………いや、いい。結局、割り切れない私の我が儘でしかないのだからな」


 暫くしてヴィネアがそう言うと、アイニはホッとしたように息を吐いた。


 アイニは戦わないつもりだろうから、情報を持ち帰るのはアイニに任せられると思ってヴィネアの背を押したつもりだったが、どうやら逆にヴィネアの覚悟を鈍らせてしまっただけだったようだ。


 まあ、俺のこの判断も多少なりとも名の売れた冒険者としての我が儘と言えるからな。


 何もできずにダンジョンで死んだなんて言われたくないだけだ。


「……全員、俺達の側に付くということだな……」


 確認するようにそう言われて、俺は目を瞑り、口を開く。


「…………ああ、協力しよう」


 俺がそう言うと、不意に足音が聞こえた。


 目だけを動かして音のする方を見ると、サヴノックがいる方とは反対側からドレスのようなメイド服を着た黒い髪の美女が歩いてくるのが見えた。


 思わず見惚れるほどの美女だ。あのハーピー達も見事な美しさだったが、この女は更に美しい。


 そして、あの男を見た時に感じた時よりもハッキリと強い既視感を覚えた。


 そう、あの不思議な楽器を演奏していた女だ。あの、地下にあるやたらと美味い飯屋の女だ。


「お、おい……あんたは……」


 掠れた声で言えたのはそれだけだった。しかし、女は俺の呟きに頷いて微笑む。


「皆様が協力してくださるということで、少し細かいお話をさせていただきに参りました」


 女がそう言うと、呆気に取られていたヴィネアが震える声で女の台詞に答えた。


「そ、そんな、まさか……貴女が、ダンジョンマスター? じゃあ、あの店は、ダンジョンマスターが経営して……」


 ヴィネアの言葉に、俺はハッとして女を見た。


 そうか。そうなるのだ。だから、あんなに不思議な物が溢れ、信じられないような食事や音楽が存在する異質な空間があったのか。


 ならば本当に、この女が、ダンジョンマスター……!


 そう思った俺は思わず強い殺意を女に向けてしまったが、女は花が咲いたような綺麗な笑顔で首を左右に振った。


「いいえ、違いますよ。私は主人に仕える忠実なメイドです」


 また違った。


「そりゃ、そうか……ダンジョンマスターが地上に出てくるなんてあり得ないよな」


「ええ。我が主人は史上最強の魔神と呼ばれる死を司る夜の魔王……夜に生きる民達を束ねる高貴なる伯爵ですから」


「……夜の魔王……伯爵?」


 後ろでヴィネアが小さく呟く声が聞こえた。


 俺が視線を向けると、サヴノックがこちらを見て頷いていた。


「……よし、協力しよう。奴隷契約すれば良いのか?」


 ヴィネアがそう言うと、女は艶やかな微笑みを浮かべた。魂を抜かれそうな、あまりにも現実離れした美しさだ。


 女は俺達を順番に眺めて口を開く。


「ありがとうございます。それでは、皆様には幾つか約束事を守っていただきます。一つ、我が主人を裏切らないこと。二つ、我が主人の不利益になることはしないこと。三つ、このダンジョンに害となることはしないこと。四つ、我が主人と私の言うことをできる限り遵守すること。これらを守ってもらえるなら契約致しましょう」


 女はそう言って口を閉じた。


 一瞬の沈黙が続き、俺はなんとか力を込めて顔を横に向ける。横目で、ヴィネアの様子を窺った。


 ヴィネアは俺の視線を受けて考え込むように俯き、数秒、身動ぎもせずに考えてから顔を上げた。


「契約しよう。私は、それで問題無い」


 ヴィネアがそう言ったのを見て、俺は女に顔を向けて口を開いた。


「じゃあ、俺もだ」


 俺が返事をすると、サヴノックも静かに頷いた。


 俺達の返答に女は目を細めると、嬉しそうに、楽しそうに、俺達に頭を下げる。


「それでは、これで契約成立とさせていただきます。お手数ですが、我が主人の御言葉を皆様に伝えたいと思いますので、目を閉じて頭をお下げください」


 女にそう言われて、俺は目を閉じる。頭を下げるのは難しいが、せめて顎を引いて下を向いておいた。


 いよいよ、ダンジョンマスターのお目見えか。


 俺はそう思い、誰にも気付かれないようにそっと目を開ける。


 薄眼で殆ど視界は無いが、一瞬、俺の影が揺らめいたように見えた。



グシオンの心情吐露のせいで長くなってしまいました…グシオンめ!



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