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社畜ダンジョンマスターの食堂経営 〜断じて史上最悪の魔王などでは無い!!〜  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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冒険者の奥の手

【グシオン視点】


「右だっての!」


「勢いを付けてんだよ!」


 怒鳴り合う声が反響し、俺は眉間に皺を寄せた。


「落ち着け。焦ったら焦る分だけ遅くなるもんだ」


 俺が低い声でそう告げると、言い争っていた奴らは一応静かになった。


 俺は隣にいるサヴノックの横顔を見て、口を開いた。


「今からでも遅くないぞ。お前も撤退しとけよ」


 俺がそう言うと、サヴノックは腕を組んだまま息を吐いた。


「……どうせお前が死んだら、『業火の斧』は終わりだ。お前が残るならば、俺も残る」


「困った兄弟子だな」


 サヴノックの台詞に、俺はそう言って苦笑した。だが、内心では、最も長い時間を共に歩んだ男が残ってくれたことに感謝していた。


 俺は背後を振り返り、ダンジョンから脱出していく仲間達に目を向けた。


「ちゃんと出られるんだろうな、彼奴ら」


 俺がそう言うと、サヴノックが押し殺したような笑い声を上げる。


「……もう何度目だと思っているんだ。落とし穴に落ちるのはお前だけだぞ、グシオン」


「うるさい。あれは、そう。わざとだよ、わざと。わざと俺が落ちてみせて、皆がうっかり落ちないように教えてるんだ」


 落とし穴の下に視線を戻した俺がそう言うと、サヴノックは肩を揺すって笑った。


 三人以上で手を繋ぎ、一人がわざと落とし穴を作動させる。すると、先頭の一人だけが落とし穴に落ち、残った二人で引き上げる。そうすると、その落とし穴は十秒以上は動作しない。


 この地味な方法も全員慣れてきたので問題無くダンジョンから脱出することができるだろう。


 この場に残ったのは俺やサヴノックとアイニ。そして、Cランク冒険者の中で残りたいと進言した酔狂な冒険野郎二人だけだ。


 ロアも残りたいと言っていたが、年齢が若過ぎるために脱出組に無理矢理入れた。


 残った俺達はヴィネアの救出のために、今はアイニに動いてもらっている。


 サミジナの野郎が垂らしたロープを伝って降り、一番近くにあった塔の壁面に着地しようとしているのだ。


「左だ、左!」


「分かってるってんだ!」


 ロープを振り子のように振る係の二人が文句を言い合いながらロープを引っ張り合い、ロープの中ほどにいるアイニを塔に近付けるべく頑張っている。


 協調性の無さそうな二人だが、意外にも上手くアイニを塔の壁面に辿り着かせていた。


「お、案外あの段差は幅があるんだな」


「……それだけ塔が大きいということだが」


「大きかろうが小さかろうが、壁にまで辿り着けば後はロープを持って降るだけだ」


 俺はサヴノックの台詞に返事をすると、アイニが用意した二本目のロープを手にした。ただの予備であり、サミジナのロープと変化は無いが、なんとなく仲間の張ったロープが良かった。


「さて……ヴィネアを助けてやるとするか!」


 俺はそう言って、Cランク冒険者二人には先に戻るように指示を出し、地底湖へと続く落とし穴に自ら身を滑り込ませた。







【ヴィネア視点】


 放電する水龍達を見て、私は目を見開いた。


「お、おい……水龍なのに雷のブレスを吐くのか!?」


 私がそう叫ぶと、サミジナが盾を構えて私の前に立った。


「おい! マジックシールドは使えないのか!?」


「あ、ああ! 『マジックシールド』!」


 サミジナに怒鳴られた私は慌てて結界魔術を行使する。


 半透明の膜のようなものが私達を包み込み、その直後、水龍から放たれた雷のブレスが結界に衝突した。


 迸る白い光の奔流が私の張った結界の表面をなぞるように流れる。半円状にしているため、流動性のあるブレスなどには強い結界なのだが、見る見る間に結界は削れ、蝕まれていく。


 無詠唱とはいえ、私の結界魔術はその辺のAランクの魔術士と比べても抜きん出ている自信がある。


 だが、そんな私の結界がなんとか耐えられているといった状況だ。


 そんな時、他の水龍が放電をし始める光景が私の視界に映った。


「ま、まず、い……っ!」


 私が杖を握り締めたままそう口にすると、サミジナが舌打ちをして口を開く。


「……これは俺の奥の手の一つだったのだがな」


 サミジナはそう呟くと、盾を高く掲げる。


「『マジックシールド』!」


「な、なに!?」


 サミジナが魔術名を口にすると、同時に私の結界の内側に新たな結界が張られた。


 私が驚愕しながらそれを見つめていると、サミジナが鼻を鳴らして自らの盾を剣の腹で叩いた。


「この魔導の盾は、魔術やブレスなどを防ぐマジックシールドを行使することができる」


「ま、マジックアイテムか!? それも国宝級の!?」


「秘密にしておくんだぞ。とあるダンジョンでダンジョンマスターを殺した際に手に入れた装備だ。国にバレたら没収されてしまう」


「……いや、普通に死刑だろう」


 私が冷静にサミジナの台詞を訂正した次の瞬間、他の水龍がブレスを放った。


 直撃したと思った時には私の結界はヒビが入って砕け散り、サミジナの張った結界に衝突する。


 サミジナの結界も私の張った結界並みの強度を有しているようだったが、これで更に新たなブレスを吐かれたら危ないだろう。


 しかし、誰かが結界を張ってくれるのであれば、私には他の手が使える。


 私はサミジナの張った結界に近付き、片手を添えるように置いた。


 魔力を結界に同調させ、膜のような結界に手のひらを沈み込ませる。


 それと同時に、私は魔術の詠唱を開始した。


「……『イグニス・ラピス』!」


 たっぷり十数秒間もの詠唱を終えた私がそう叫ぶと、サミジナの張った結界の外に巨大なクリスタルが出現する。水龍のブレスを弾きながら輝くそのクリスタルは、突如として燃え上がり、幾つもの破片へと砕けてしまった。


 そして、砕け散った破片は業火を纏いながら、さらなるブレスを放とうとする水龍達目掛けて飛んでいく。


「やるじゃないか!」


「いいから行くぞ。今のも時間稼ぎにしかならん。両方の動きを止めることができたんだから、今が好機だ」


 水龍達のブレスが止まったのを確認した私がそう言うと、それを合図にしたように私が行使していた『フレイム・シリドリカル』が破裂した。


 驚いて振り返ると、そこにはあのハーピー達が悠然とした様子で翼を広げていた。


「まだまだですね。さあ、次はどのような攻撃を見せてくださるのかしら?」


 金髪のハーピーが嘲笑うかのようにそう尋ねてくると、サミジナが剣の先を地面に向けた。


 諦めたのか。


 私はサミジナの行動をそう判断し、思わず杖を下ろしそうになった。だが、サミジナは首や手足を軽く回して準備運動のようなものを始める。


 その様子にさしものハーピー達も不思議そうな表情を浮かべていた。


 と、皆に注目されるサミジナが、私には顔を寄せて口を開いた。


「……これから、俺は五分だけ最強無敵になる。その間に逃げるが良い」


「な、なんだ最強無敵というのは……」


 私がサミジナの台詞に疑問を呈すると、サミジナは片方の口の端を上げ、剣をハーピー達に向ける。


「本当の奥の手だ。だが、これを使うと身体がボロボロになるんでな」


 サミジナはそう言うと、懐から奇妙な黒い玉を取り出した。そして、それを迷うことなく口の中に入れる。


 その黒い玉を見て、私は目を剥いた。


「ま、まさか……今のは高純度の魔石か?」


 一部の上級モンスターを倒した際に心臓の中に生じる石。俗に言う魔石は、剣や槍、魔術士の杖などに付けると何かしらの効果が発揮される。


 そのため、上級モンスターを狩る率が高いAランク冒険者達の殆どが魔石付きの装備を持っており、Bランク以下の冒険者達と更に大きな能力の差ができると言われている。


 だが、その魔石を口に含むなんてことをする者はいない。


 何故なら、普通の人間は死んでしまうような代物だからだ。


「俺は狂化薬と呼んでいるぞ。前に一度試した時は色んな部位の骨が折れ、筋肉が引き千切れたが、死にはしなかった。効果が出てる間は倍以上鼓動が速くなるが、力も速度も倍以上になる上、痛みは何も感じないし疲労も無い……だから最強無敵なんだ」


 淡々とそう言うサミジナの台詞に、私が慌てて口から出すように言ったが、サミジナは肩を竦めて笑みを浮かべた。


 黒かったその眼は、赤銅色に染まっている。


「残念。もう飲んでしまった」


 そう言うとサミジナは腰を落とし、地を蹴った。


 地面が抉れるような勢いで飛び出したサミジナは、その速度に目を丸くする金髪のハーピーに向かって剣を振るう。


 金属と金属が激しく擦れるような音をさせて、ハーピーの鉤爪とサミジナの剣が交錯した。


 弾かれるように空へ飛んだハーピーに、地面を蹴ったサミジナが更に追撃を掛ける。


「お姉様!」


 一番幼い雰囲気の白髪のハーピーがそう叫ぶと、サミジナの背後を狙って飛び上がった。


 私は急いでサミジナの援護をしようかと思ったが、それはサミジナの本意ではないと頭を切り替える。


 私にできることは、ただ脱出することだけだ。


「行かせないよ」


 私が飛翔魔術を使おうとすると、黒い髪のハーピーが不敵な笑みを浮かべてそう口にした。


 まだ一人残っていたのだ。


「……無理矢理にでも逃げさせてもらう」


 私はそう呟くと、そっと魔術を行使する。


「『ファイヤウォール』」


 炎の壁を発生させ、すぐに飛翔魔術を発動。


 炎の壁を背に空に舞い上がりながら、私はサイドバッグからマジックポーションを取り出した。なけなしの品だが、今使わずしていつ使うというのか。


 口に含み、マジックポーションを飲みながら背後を振り返る。


 すると、炎の壁を翼の一振りでかき消すハーピーの姿があった。


「『フレイムレイン』!」


 広範囲に広がる炎系魔術を行使するが、ハーピーはそれも翼を振るだけで消し去ってしまう。


 あれは、翼を振って風を起こしているのではない。


「まさか……風の魔術を使うことができるのか?」


 私がそう口にすると、ハーピーが顔を上げた。


「私達はマプサウラ……風の女神でもあるのよ? 魔術の一つや二つで驚かないでよね」


 不服そうにハーピーはそう答えると、驚く私に向かって飛んできた。


 魔術を行使する暇も無い、恐ろしい速度での突進だ。


 やられる。


 そう思ったその時、私の身体に横から抱き付く何者かが現れた。


 鼓膜に突き刺さるような鋭い金属音と衝撃が頭を揺らす。


「痛っ! なんつう速度だよ!」


「グシオン!?」


 その声を聞き、私は私の身体に抱き付く赤いマントの男の名を叫んだ。


「おい! 塔にぶつかるぞ!」


「あ、ああ!」


 グシオンの声に反応し、私は急いでバランスを取り直す。確かに視界の端には塔の壁面が見えていた。


 壁面をグシオンと一緒に蹴り付け、更に高度を上げるべく飛翔する。


「こっちだよ!」


 反対側の塔からアイニの声が聞こえ、私は自然とそちらに向けて進行方向を変えた。塔の壁面の中ほどに、アイニとサヴノックの姿が見える。


「ぬぅおりゃ!」


 と、突然私の腰に片手でしがみ付いていたグシオンが奇声を発し、銀色の斧を振った。


 風を切る音と炎が発現する音が重なり、次に硬い何かを弾くような音が聞こえてくる。


「きゃっ」


 高い女の悲鳴が聞こえて声のした方に顔を向けると、翼を広げたハーピーがそこにいた。


 グシオンはそのハーピーに斧を向け、口を開く。


「このグシオン様のマジックアイテム、業火の斧の餌食になりたきゃ掛かってこい!」


 グシオンが腹に響くような大音量でそう怒鳴り、炎を纏った銀の斧を掲げると、ハーピーは舌を出して小憎らしい表情を浮かべた。


「馬鹿ね。わざわざ接近戦なんてしなくても良いのよ」


 ハーピーはそれだけ言い残すと、目にも止まらぬ速度で舞い上がり、私達の向かう先へと飛んでいった。


 そして、二本のロープの前まで行き、こちらを見下ろす。


「これを切れば終わり。そうでしょう?」


「や、止めろ! 卑怯だぞ、コラ!」


 ハーピーの台詞にグシオンがそう怒鳴るが、ハーピーは肩を竦めるような仕草をして、あっさりとロープを鉤爪で切り裂いた。



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