ハーピーの戯れ
「……油断はしていないようですが、ハーピーだと思って侮っていますね。二対三でも勝負に出るつもりのようです」
エリエゼルがそう言うと、フルベルドが不思議そうに唸った。
「ふむ……高所に巣を作るはずのハーピーが地下に住み着き、あまつさえ鎧も装着している。これは充分警戒に値する特殊性と思いますがね」
フルベルドがそう呟くと、ウスルが浅く顎を引いた。
「……ハーピーは喋らない。ただ縄張りに現れた動物や人間を襲うだけだ」
「そこも普通のハーピーと違うはずですが、自身の力を過信し過ぎているのでしょうか?」
エリエゼルが小首を傾げながら疑問符を浮かべると、後ろで聞いていたレミーアが慌てた様子で口を開いた。
「え、Sランクの冒険者は四人いればドラゴンとすら互角に戦えると聞きます。あのハーピー達は普通のハーピーではないのかも知れませんが、それでも油断しないほうが……」
レミーアの進言にフルベルドとウスルが感心したように目を開く。
「……ほう。ドラゴンと互角の存在……ただのヒトの身でありながらそれほどの実力者、と? それは我々も本気で掛からなければなりませんな」
フルベルドがそう呟くと、ウスルが僅かに口の端を上げて立ち上がった。
「……俺が行こう。もし形勢が不利になりそうなら俺が代わりに……」
何かぶつぶつと言い訳めいたことを言いながら、ウスルはそのままダンジョンの方へと向かった。
あいつ、戦いたいだけだな。
俺は一瞬でウスルの内心を見破ったが、ハーピー達が心配なことに変わりはないので放置した。
「……さて、どうなるかね」
俺はそう呟くと、腕を組んで画面に目を向ける。
恐らく、最上級クラスの敵の登場である。不安半分、期待半分といった心地だが、ここまできたら見届けるだけだ。
願わくは、俺が将来に対して不安にならないような展開になってほしいものだ。
【ヴィネア視点】
私は剣を構えるサミジナを横目に、杖の先をハーピー達へと向けた。
どう考えてもこのモンスター戦はサミジナが引き起こした事態である。大変腹立たしい。
文句を言っても仕方がないので目の前のハーピー達に集中するが、これが終わったらサミジナを置いて一人でダンジョンから脱出してやろうかと思っている。
全く……僅かな間とはいえ、仲間になった者を独り置いていくのは嫌だなんて青臭いことを考えた自分をぶん殴ってやりたい。
私がそんなことを考えていると、長い金髪のハーピーが口元を翼で隠して笑った。
「貴方達の選択は、交戦、ですね? ふふ、必死に逃走するべきでしたね……残念です」
ハーピーは歌うような言い方でそう告げると、翼を広げて舞い上がった。
そして、他の二人のハーピーが左右に離れたのを見て、空中で前傾姿勢になる。
何をする気なのか。
そう思う暇さえ無かった。
まるで打ち出された矢のように……いや、それよりも遥かに速く、ハーピーは空を飛行する。向かう先は私達のいる場所だ。回避なぞ、間に合いそうもない。
ハーピーなのだから、体当たりでは無く鉤爪での攻撃だろう。
そこまで考え付いたかは定かではないが、私は直感で斜め前方に倒れ込むようにして地面へと転がった。
「ぁ……っ」
肩から背中にかけて異常な熱さを感じ、瞬間的に斬られたと思った。
不恰好に地面に顔を打ち付けた私は、痛みに呻きながらも素早く首を回して状況を確認する。
右肩が千切れたかと思ったが、私の右肩や腕は健在だった。骨まで達する裂傷程度で済んだらしく、私の右半身を服からローブまで真っ赤に染めている。
「な、なんだこの速度は……!?」
離れた場所でサミジナの声がした。
サイドバッグから回復薬を取り出し、肩にかけながら振り返ると、目の前では信じられない速度で飛ぶハーピーの姿と、その超高速の攻撃を剣で防ぐサミジナの姿があった。
冗談のように、風を切る音と何かが破裂するような激しい音が連続して聞こえてくる。どうやら、サミジナはなんとかハーピーの攻撃を防げているようだ。
流石にSランク冒険者の剣士か。魔術士の私とは比べ物にならない反射神経だ。
しかし、全くをもって安心などできない。なにせ、ハーピーは後二人いるのだ。
「くっ」
私は杖を構えて立ち上がり、空中で翼をはためかせるハーピー二人に視線を向けた。
だが、二人のハーピーは呑気な顔で金髪のハーピーを応援していた。
「やっちゃえー!」
「お姉様格好良いですー!」
笑いながら応援する二人を見て、私は背筋が粟立つような感覚を受けた。
慌ててサミジナの方を見ると、空中で方向転換をする一瞬でしか無いが、サミジナを襲っている金髪のハーピーも笑みを浮かべているように見える。
一方、サミジナの顔にそれほどの余裕は無い。
「……まさか、あれで本気じゃないのか?」
私は口の中でそう呟くと、自らの想像に戦慄した。
どう見ても、あんなハーピーは存在するはずが無い。それが三人だ。
このダンジョンは、普通じゃない。
「……っ! 『ファイヤウォール』!」
私は覚悟を決め、素早く魔術を行使した。威力は落ちるが、無詠唱により速さを重視している。
私が魔術を行使すると、サミジナとハーピーの間に炎の壁が発生し、双方が反射的に私を見た。
金髪のハーピーの面白いモノを見るような眼に身が竦みそうになるが、私はすぐにサミジナの下へと駆け出す。
「撤退だ! 逃げるぞ!」
「何っ!?」
私の指示に、サミジナは険しい表情でそう返してきた。私は苛立ちを隠しもせずに怒鳴り声に乗せてサミジナへとぶつける。
「勝てないから逃げるんだ! 当たり前だろうが!」
「ちょっと待て! 段々速度に慣れてきたんだ! もうすぐ反撃が……!」
「馬鹿言え! どう考えても彼奴らは本気じゃない! 反撃する頃には惨殺されて終わりだ!」
私がそう怒鳴りながらサミジナの隣へ行くと、サミジナは何か言い返そうと口を開き、また閉じた。
ハーピー達を順番に睨むと、サミジナは舌打ちをして剣を構え直す。
「……分かった。多勢に無勢だしな。一対一で戦える状況で勝負してやる!」
「いいから行くぞ、馬鹿!」
私はサミジナの言い訳めいた捨て台詞に文句を言うと、素早く杖を振るった。
「出し惜しみは無しだ! 『フレイム・シリドリカル』!」
私がそう叫ぶと、血を抜き取られるような感覚と共に魔力が私の身体から杖へと流れた。
そして、いまだ燃え盛るファイヤウォールの手前で、巨大な炎の柱が地面から噴き上がる。
近付くことも躊躇うような灼熱の火柱だ。
それを見て、思わずといった様子でサミジナも驚愕する。
「お、おお! お前、中々の魔術が使えるじゃないか!」
こいつ、私の名前を未だに覚えてないんじゃないだろうな。
私はサミジナの台詞に場違いなことを考えたが、そんな場合ではないと頭を切り替えた。
「ほら! 湖の方へ行くぞ! 私が飛翔魔術で……!?」
サミジナに声を掛けながら背後を振り返った私は、思わず絶句していた。
動きを止めた私を不審に思ったのか、サミジナもすぐにこちらを振り返る気配がする。
次の瞬間、サミジナの驚愕の声が響き渡った。
「す、水龍だと……!? ば、馬鹿な……! こんな浅い階層に龍が住み付いてるなど……!」
サミジナの焦りを感じさせる声を聞きながら、私はなんとなく納得していた。
やはり、此処は王都の外から伸びてきたダンジョンだったのだ。
つまり、この地下空間が……ダンジョンの最終フロアに違いない。
自らの死を予知したような気持ちになった私は、逆に自分でも奇妙なまでに冷静になっていた。
湖の中から巨大な顔を出し、見るからに鋭く、強靭そうな鱗で全身を覆った水龍。
更に、人語を解する異常な戦闘能力を有するハーピー達。
駄目だ。
このダンジョンはできるだけ早く潰さなくてはならない。
王都の中にあるとか関係無く、このダンジョンは人類の脅威となるに違いない。
私がそう思ったと同時に、湖から更に複数の水龍が顔を出した。
十はいるだろうか。
「……は、はは」
それを見た私は思わず乾いた笑い声を上げていた。先ほどの私と同じように絶句したサミジナを尻目に、私は妙に冷静になった頭を全力で働かせて、この地獄のようなダンジョンからの脱出方法を模索する。
正に、一縷の望みに掛けるようなものだろうが。




