ダンジョンで一泊
大満足した初めてのお客が店を後にした。
俺はそれを確認して、ダンジョンの出入り口に看板を設置する。
店が閉まっていることを告げる表記だ。
とりあえず、今日は疲れたので閉店することにしたのだ。
「さあ、何か食べよう! 腹が減ったな」
俺がそう言うと、エリエゼルは苦笑しながら頷く。
「そうですね。看板に何時から何時まで店を開けるか書いた方が良いかもしれませんね。お客様の来店ペース次第では中々ご飯が食べられませんから」
エリエゼルはそう言って俺の前にある椅子を引いてくれた。俺は椅子に座ると、頭の中で食べたい物を想像する。
空腹もあるからな。ガッツリ食べたい。
俺はその欲望をそのまま形にすべく、目を閉じて念じた。
目を開くと、そこには分厚いステーキとフルボディの赤ワイン。そして白いライスとオニオンスープ、トマトスライスが乗ったサラダがあった。
二人分のそれを見て、俺は正面に座るエリエゼルを見て口を開いた。
「あ、ごめん。思わずエリエゼルの分もステーキ出しちゃった。エリエゼルは何がいい? 出し直すよ」
俺がそう言うと、エリエゼルは首を左右に振って微笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、ご主人様。私もちょうどお肉を食べたかったところです。美味しそうですね」
「そうか。なら良かった。じゃあ、食べようか。いただきます」
「いただきます」
そんなやりとりをして、俺はステーキを一口分ナイフで切り取り、フォークで口に運んだ。
熱い肉を口に頬張り、溢れる肉汁を味わいながら肉を噛み締める。
黒胡椒がピリリと利いたソースもしっかり美味い。
「…美味しい。凄く美味しいですね、ご主人様」
俺と同じようにまずは肉から食べたエリエゼルも目を丸くして驚き、俺を見てそう言った。
その表情に嬉しくなり、俺は笑って頷く。
脂は少なめの赤身の肉だが、柔らかくて甘みがあり肉の味が強い。いくらでも食べられそうなサッパリとした美味しさである。
さらにワサビや醤油ベースのソースにも変更出来るため、本当に二枚目を食べてしまったこともある絶品だ。
そして、赤ワインは百貨店でたまたま見つけた五千円ほどのイタリアワイン。
メルローとカベルネ・ソーヴィニヨンメインの飲みやすく、程よい酸味と渋みに果実の存在を感じられる赤ワインだ。
まあ、これより高いワインは飲んだことが無いだけだが。
グラスを手に、まだ口の中にステーキの味が広がっているところへ赤ワインを一口流し込む。
口の中で混ざるように赤ワインの味が染みわたり、鼻を抜ける濃厚でありながら爽やかな風味に笑みが零れた。
赤ワインのお陰で、また肉が食べたくなるような舌の整備がなされた気がする。
二千円前後のワインを主に飲んでいたから詳しくは分からないが、このワインは傑作に違いない。だって美味しいもん。
俺達は美味しい美味しいと言いながら食事を終えた。
ちょうど良い温度になったオニオンスープがまた美味い。
やはり、美味しいステーキハウスのセットメニューは小憎らしいほどにバランスが良いな。
俺が満足して息を吐いていると、エリエゼルが口元を紙ナプキンで拭いてからこちらを見た。
「ご主人様。こちらの料理ならば一人二万ディールで良いでしょう。勿論、あのお上品な赤ワインは別料金です」
「高っ!? 三万円分くらいの食事ってことか!? 」
俺はエリエゼルの台詞に思わず口にした赤ワインを吹き出しかけた。
咳き込みながら、エリエゼルの付けた高過ぎる値段設定に目を剥く。
これ、ステーキハウスで五、六千円だったんだけど。ワインを入れても一万円でござる。
俺がそう思っていると、エリエゼルはフッと息を吐くように笑った。
「ご主人様。この世界で、これだけ完成された料理はまずお目に掛かれないでしょう。それこそ、貴族限定にして十万ディールにしても良いくらいです。デザートにスポンジケーキなんて出したら一万ディール以上の料金になるとお思いください」
「ケーキ高過ぎっ!?」
エリエゼルの衝撃の発言に、俺は開いた口が塞がらなかった。
なんという高級店になってしまうのか。
甘いもの好きな俺としてはケーキは勿論、パフェやらアイスやら色々メニューに載せてしまったのだが。
俺が愕然としていると、エリエゼルは急に表情を引き締めて俺を上目遣いに見た。
「…私はご主人様と一心同体であり、ご主人様に全てを捧げると決めております。ですので、目立つことで生じる危険も覚悟して、ご主人様の決めることにただ従います。ご主人様が、料理のお値段はお決めください」
「…え? さっきの金額の話は? 適正な価格を教えてくれてたんじゃないの?」
エリエゼルの言葉を聞き、俺が首を傾げながらそう尋ねると、エリエゼルは困ったように笑った。
「ご主人様。下手をしたら牛丼チェーンの安い牛丼を提供しても、その価格は2000ディールが適正になるかもしれないのです。勿論、唐揚げや焼き魚定食を出しても同じですよ?」
「た、高い…」
エリエゼルの台詞に俺がそう呟くと、エリエゼルは笑いながら頷いた。
「ですので、ご主人様の記憶にある料理を出すのならば、貴族ばかりが来るような高級店にするよりも、一般の市民を味方につける大衆店にした方が良いと思います。運が良ければ、怪しまれても、その時には味方がいるかもしれません」
エリエゼルはそう言って俺を見た。
確かに、貴族達がこの店に来る様になると、間違いなく無理難題を言われそうだ。
俺を連れて行こうとするか、絶世の美女たるエリエゼルを手篭めにしようとするか。
エリエゼルに手を出したら死刑だな。マジで。超マジで。
俺がそんなことを考えて勝手に貴族に怒っていると、エリエゼルが口元を隠して笑った。
「ご主人様。ご主人様が何を考えてらっしゃるのかは分かりませんが、ご安心ください。今日見せていただいたご主人様のダンジョンマスターとしての御力があれば、恐らく一ヶ月もあればかなりの深さのダンジョンをお造りになられるでしょう」
エリエゼルにそう言われて、俺は少し肩の力が抜けるのを感じた。
「そ、そうだな。深い穴を幾つも作れば誰も来れないよな?」
「ご主人様…それだと私達も移動に支障が…」
「え? ダンジョン内をワープしたり出来ないの?」
「申し訳ありません…。後、ダンジョンの前提条件としてダンジョンは全ての場所が歩いて行けなくてはいけません。 つまり、私達が逃げてから道を遮断するなども出来ません。そして、ダンジョンマスターは人類の敵として認知されています。人が死ぬ危険なダンジョンの奥でモンスターを作り続ける危険な存在として」
「なんでそんなイメージに…」
「昔、魔王と手を組んだダンジョンマスターの伝説がありまして…」
「魔王とかいんの!?」
そんな会話をして、俺達は食堂を後にした。
居住スペースに入り、自然な成り行きで俺は一番風呂を浴びる。
魔素により電気を補給されるオール電化住宅の我が家は、もう凄く快適。
かなり広めに作った風呂場の壁にはガラスで仕切られたスペースがあり、そこにはテレビまで設置している。
普通の番組は見られないが、俺が好きな映画や、音楽バンドのライブ映像などは見られる。
と、壁に設置されたテレビの操作盤を操作して、ハードディスクの中からライブ映像を探していると、風呂場の扉が勝手に開かれた。
「お邪魔致します」
そして、現れたエリエゼルに、俺は声も出せずに固まった。
タオルで身体を隠したエリエゼルの立ち姿に、俺は一瞬意識が遠くなりそうになる。
「ご主人様、お背中を流させていただきますね」
「あ、はい。お願いします」
気付いたら俺はそんな返事をしていた。
理性?
そんなものは排水口に流しました。