ノンアル好き
最近忙しくて、更新が遅れてしまっております。
本当に申し訳ありません!
【フルーレティー視点】
グラスに口を付けて、オレンジ色の液体をそっと口の中へ流し込んだ。
冷たくて甘酸っぱい味と、口の中で弾けるような感覚に驚き、すぐにグラスを口から離す。
光に透けて見える濃いオレンジ色。僅かな苦味や豊かな果実の風味に、飲んだばかりなのに喉が鳴ってしまった。
「お、美味しい……でも、これ本当にお酒じゃないの?」
私がそう呟くと、ヤクシャが眉間に皺を寄せてウスルをひと睨みし、私に向き直った。
「お嬢、無理はせずとも……」
ヤクシャに案ずるようにそう言われ、私は苦笑して首を左右に振った。
酒精を口にした時特有の喉が熱くなる感覚は無い。今のところかもしれないが、このお酒っぽさ、美味しさで、本当に酒精が入っていないのであれば、私にとっては革新的な出来事である。
「大丈夫、ゆっくり飲むわ」
私がそう口にした頃、注文を取っていた少女が色んな皿を配膳台に乗せてこちらへ来た。
「どうぞ、特製ハニートーストです」
そう言って、少女は私の前に、私の顔よりも大きそうな茶色のパンの乗った皿を置いた。
その四角いパンに私は絶句して固まってしまう。
もっと黒い、普通のパンを想像していたというのもあるが、まさか、切っていないパンがそのまま出てくるとは。
上に白くて丸い何かが乗っているが、これはパンの具材だろうか。
何かしらの調味料はかけられているようだが、パンに白いものを乗せているだけに見える。
もはや、料理なのか疑わしい食べ物ではないか。
私だけでなく、皆の目がそのパンに向けられる中、慣れた様子で少女が他のテーブルにも料理を配っていく。
見れば、ヤクシャの前には美味しそうな焼かれた肉と、拳ほどの大きさの丸いパンが置かれていた。
なんだろうか。これはもしかしたら嫌がらせなのだろうか。
「ちょ、ちょっといいかしら。これ、切れてないみたいなんだけど……」
私が帰っていこうとする少女にそう尋ねると、少女は私を見て、次に私の前に置かれたパンを見た。
そして、思わずといった様子で笑みを浮かべる。
「どうぞ、食べてみてください。驚きますよ?」
少女はそう言って、笑顔で戻っていった。
もう十分に驚いているのだが、これ以上何かあると言うのだろうか。
他の者は皆美味しそうな食事が並んでいる中、私の前にはパン丸ごと一つ。
メニューには甘いパンとあったが、この見た目ではあまり信用出来ない。
私は溜め息を一つ吐き、横に並べられたナイフとフォークを手にした。
「……パン切りナイフも無いのかしら」
私はそう呟き、パンにフォークを刺した。
すると、ふわりとした柔らかい感触と共にフォークの先がパンを押しつぶしながら埋没していくではないか。
「……え?」
私は思わず、自分でも間が抜けていると感じるような声をあげてしまった。
無意識に、次はナイフをパンの上に当てて、ノコギリのように前後させてみる。
すると、パンはまた柔らかく形を変えてナイフを受け入れた。
抵抗はあるが、素直に切られていくパンに私が驚いていると、背後で、隣のテーブルに座るスレーニスが小さく何か呟いた。
「女の胸みたいに柔らかいな……」
このバカはなんと言う感想を口走るのか。死ねばいいのに。
バカに少々集中力を奪われてしまったが、気を取り直して切り取ったパンを口に運ぶ。
あの、パンとは思えない柔らかいパンは、いったいどんな味なのだろうか。
期待を抑えきれずにパンを口に入れた瞬間、口の中は幸せに満たされた。
甘い味、蜂蜜か何かの風味と、柔らかくて芳醇な香りを放つ温かいパン。
噛めば噛む程不思議なほどに甘くて蕩ける。
「美味しい」
思わず、私はそう呟いていた。
こんなに甘い食べ物は初めて食べた。
感動する私を見て、ヤクシャがホッとしたように微笑んだ。
「そうですか。じゃあ、皆も食べるとしよう」
ヤクシャがそう言うと、皆が声をあげて一斉に食事を始めた。
そして、辺りから次々に歓声と戸惑いの声が上がる。
どの料理も、このパンのように驚くほど美味しいとでも言うのか。
いや、流石に焼いただけに見えるヤクシャの料理は…。
私はそう思って、鶏肉を厚めに焼いたようなヤクシャの料理に目を向けた。
と、その料理の向こう側で、ヤクシャが天井に顔を向けているではないか。何をしているのかと思ったら、鼻をすすりながら涙を堪えていた。
「……まさか、泣いてるの?」
私がそう聞くと、ヤクシャは懐から白い布を取り出して自らの顔を覆い、首を左右に振る。
「そ、そんなわけありません! こ、こんな美味い料理くらいで……! 目玉が飛び出そうなほど美味かったのは確かですが、この私が泣くなど……!」
ヤクシャがそう言って肩を震わせる中、遅れてウスルの前にも皿が置かれた。
「へ?」
現れた料理に、私は目を剥いた。
ウスルの前には、私のパンが霞んでしまうほど大きな肉の塊が置かれていたのだ。
そして、隣にはパンやサラダなどではなく、大きなコップと琥珀色の液体である。
「……うむ」
ウスルは何を納得したのか、肉を見て浅く頷き、肉に添えられていた大きなフォークを肉に突き刺した。
ウスルが肉を顔の高さに上げる頃には、周りの者達の目もウスルに釘付けになっているのだが、ウスルは何も気にせずに肉に齧り付いた。
嘘かと思うような大きな音で、ぞぶっというような音を響かせ、ウスルは肉を噛み千切った。
頬を大きく膨らませて肉を咀嚼するウスルと、明らかに形状が変わるほど大きく噛み千切られた肉を比較するように交互に見て、私は肉が可哀想になった。
私が憐憫の目を巨大肉に向けていると、ウスルは隣にあるコップを手に取り、琥珀色の液体を口に流し込んだ。
そして、一口で全て飲み干してしまう。
「……お代わりを頼む」
ウスルがそう言うと、近くにいた少女の一人が返事をしてコップを持っていった。
その様子を眺めていたスレーニスが、止せば良いのに面白そうに口を開いた。
「なんか、旨そうに呑んでたな。おい! 俺にも今のやつをくれ!」
「はぁい!」
スレーニスの注文に、奥の方から返事が返ってくる。
酒精を受け付けない私の目には、ウスルの呑んでいたお酒はかなり濃そうに見えた。
私の勘だが、多分スレーニスは撃沈するはずだ。
皆がウスルの肉を噛み千切っていく姿に唖然とする中、私はノンアルコールカクテルとかいう革新的な飲み物を口に含み、ホッと息を吐く。
毎回こんな美味しいお酒みたいなものが呑めるなら、私は多分すぐにまたこの店を訪れることになるだろう。
本当に、お酒が飲めない私には最高の飲み物である。
確か、シャーリーテンプルといっただろうか。
覚えておこう。