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社畜ダンジョンマスターの食堂経営 〜断じて史上最悪の魔王などでは無い!!〜  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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業火の斧がダンジョンに挑む

「…やっぱショボいよなぁ」


「文句を言うな」


「見た目にそぐわず高難度のダンジョンらしいですよ」


 鬱蒼と木々が茂る、森のようなタムズ伯爵家の庭の中、Aランク冒険者パーティー『業火の斧』と、彼らに付き従う低ランク冒険者達が雑談のような会話をしていた。


 グシオンは何処か面倒臭そうにダンジョンの入り口を眺めて溜め息を吐き、後方に控えているパーティーの皆を振り返る。


「あんまりお宝がありそうには見えないダンジョンだが、いっちょ攻略してやるか」


 グシオンがそう言うと、低ランク冒険者達が怒号のような大声で返事をした。


 その気合いが入り過ぎた様子を見て、グシオンは苦笑いを浮かべつつダンジョンの入り口につま先を向けた。


「アイニ」


「あいよ」


 グシオンが一言そう言うと、灰色の短い髪の女が前に出た。


 盗賊風の見た目のその女は、ダンジョンの入り口を数秒眺めて、ダンジョンに入っていった。


「よし。皆も気を付けて付いてこい」


 グシオンがそう口にしてダンジョン内に入っていくと、他の者達も後に続いた。


 ややもすれば洞穴と勘違いしそうな入り口をくぐり、階段を降り切ってみると、景色は一変する。


 石畳の床、石造りの壁や天井。


 そして、他では見たことが無いような灯り。


「おぉ。中は案外ちゃんとしたダンジョンだな」


 グシオンがそう口にすると、アイニと呼ばれていた盗賊風の女が肩を竦めた。


「階段も随分と小綺麗な階段だったからね。てっきり階段の途中にも罠があるかと思ったんだけど…」


「無かったな」


 アイニの言葉尻に被せるようにグシオンが同意した。それに頷き返し、アイニはダンジョンの奥を眺める。


「…でも、こっからは罠だらけだね。ぱっと見でも三つは見つけたよ」


「なんだ。そんなにポンポン見つかるくらい初歩的な罠なのか? それなら、やっぱりダンジョン初心者の魔族かね?」


「いや、どうだろう。分かりやすい罠の付近に巧妙に別の罠が隠されてる場合もあるし、近付いてみないと分からないね」


 アイニはそう言うと、床や壁を隈なく調べ、指で表面をなぞり、天井に注意を払いながら奥へ進んでいった。


 それを横目に、グシオンは後ろに並んだ低ランク冒険者達に声をかける。


「基本はアイニの通った後だけを通って通路を進め。最低限、簡単な罠くらいは見つけてみろよ?」


 グシオンがそう言うと、疎らに返事が返ってくる。


 それを聞き、グシオンが鼻を鳴らして後方を振り返った。


「ビビんなよ、お前ら。ここは地獄の一丁目だが、成功者への近道でもある。これを乗り越えて皆揃ってランクアップだ」


 グシオンがそう言うと、業火の斧のメンバーだけでなく、低ランク冒険者達も大きな声で返事をした。


 皆の目を見て笑い、グシオンは低ランク冒険者達に先を譲る。


「…珍しいな。先を行かないのか?」


 サヴノックがそう尋ねると、グシオンは鷹揚に頷いて低ランク冒険者達の背中を見た。


「ゆっくり攻略するつもりだからな。強いモンスターでも出ない限りは俺もゆったりやるさ。ほら、サヴノックはあいつらの後ろから目を光らせておけよ」


 グシオンがそう言うと、サヴノックが眉根を寄せてグシオンを見返す。


「…安全を確保しながら教えたいなら、一人につき一人ずつメンバーを付けろ」


「そこまで甘やかせるかよ。とりあえず、緊張感を持って…」


 サヴノックの提案にグシオンが言い返していると、突如悲鳴が響き渡った。


 グシオンが振り返ると、そこには壁に突き立った矢を見て尻餅をついたロアの姿があった。


「はっ、はっ、は…っ」


 頬に傷を作ったロアは、血が首まで伝うのも気にせず、床に座り込んだまま壁に突き刺さったままの矢を見ていた。


「何やってんだ。さては、アイニが踏んだ床以外も踏んだんだろ?」


 グシオンが面倒くさそうにそう言うと、ロアは歯を食いしばってグシオンを睨む。


「だ、だって…アイニさんの後を付いていけとしか言われてないから…!」


「馬鹿だな。ただ付いていけば安心なんて誰が言ったんだよ。床も壁も天井も、罠ばっかりだと思っとけ。そのくらいの覚悟があれば、アイニが踏んでない床には何かあるかもしれないくらい想像出来るだろうが」


 グシオンにそう言われ、ロアはぐっと何かを堪えるように顎を引いた。


 それを見て、グシオンは面白そうに笑う。


「ロア。慣れた奴が見れば、この通路は基本的な罠ばかりなんだ。勿論、それ以外の見分けられないような罠もあるかもしれない。だから、アイニの後についていき、危険を覚悟した上で、色んな罠を見つけろ。まずは基本的な罠の見極めだ」


 グシオンが笑いながらそう告げると、ロアは深く頷き、また立ち上がった。


 先では、先頭のアイニやその後に続く低ランク冒険者達もグシオンとロアを眺めていた。


 慌てて皆の後を追うロアと、それを眺めて苦笑するグシオンに、サヴノックが無表情で首を傾げた。


「…なんだかんだで面倒を見ているじゃないか」


 サヴノックがそう呟くと、ヴィネアが肩を竦めて口を開く。


「大方、初めての弟子のつもりなんだろう」


 ヴィネアがそう口にすると、サヴノックが僅かに眉を顰めて長い息を吐いた。






「止まって」


 先を行くアイニが、初めてそう口にした。


 その言葉に、歩みに迷いが消えつつあった低ランク冒険者達も動きを止める。


「どうした?」


 足が止まった皆を見て、グシオンがそんな声を上げた。


 すると、アイニが後ろを振り返ってグシオンを手招きする。


「こっち来て」


 アイニに言われ、低ランク冒険者達の隙間を縫うようにしてグシオンが先行するアイニの傍まで移動すると、ロアが信じられないものを見るような目でグシオンの背を見ていた。


 グシオンがアイニの傍に行くと、アイニは前方を指差す。


「あれを見てよ」


 アイニが指し示す方向には、今まで通り薄暗い石造りの通路が続いていたが、奥の方だけ道が途切れたようになっていた。


 グシオンは目を細めて奥を見つめ、思わず声を上げる。


「うぇっ! マジかよ…!」


 グシオンがそう口にすると、アイニが溜め息を吐いて腰に手を置いた。


「一本道の通路の奥は更に地下に潜るみたい。そして、その入り口は水没してるね」


 アイニがそう言うと、グシオンは眉間に皺を寄せて舌打ちをした。


「水で水没したダンジョンなんて冗談にもならねぇよ。多分、一時的に水中を進む必要があるだけで、すぐに地上に出られるんじゃないか?」


「そうかもしれないけど、試すのはリスクが高いね」


 グシオンとアイニがそんな会話をしていると、後方からロアが声を上げた。


「ぼ、僕が行きます! 泳ぎには自信があるから大丈夫です!」


 そう叫ぶと、ロアは器用にグシオンが歩いた場所を選んで歩き、グシオンとアイニの傍まで歩いてきた。


 それを見て、アイニが目を開いて口の端を上げる。


「度胸があるね。でも、無理と思うよ」


 アイニがそう言うと、グシオンが同意するように頷いた。


「ああ。水中に潜らないといけないダンジョンを作るとしたら、回避しにくい水中に罠やモンスターも用意してるってことだ」


「坊やじゃ、ちょいと実力不足と思うよ」


 グシオンとアイニにそう言われ、ロアは悔しそうに口を真一文字に結んだ。


 すると、今度はすぐ後ろに並んでいた青銅の鎧を着た冒険者の男が口を開く。


「ならば、俺に任せてください。俺はまだDランクですが、実力的にはCランクにも負けないと思っています!」


 男がそう言うと、グシオンは腕を組んで唸った。


「…いや、やっぱり止めておこう。嫌な予感がする」


 グシオンは男にそう言うと、後方に目を向けた。


「ヴィネア! ちょっと来てくれ!」


 グシオンがそう言うと、今度は後ろでサヴノックと話をしていたヴィネアが前へ出てくる。


「あれ全部凍らせられるか?」


 グシオンがそう言って水没した地下への入り口を指差すと、ヴィネアは嫌そうな顔でグシオンを振り返った。


「どれだけの距離があるか分からないのに、そんな無駄遣いをしてどうする」


 ヴィネアがエルフらしい美しい顔を歪めてそう反論すると、グシオンが困ったように笑いながら通路の奥を見た。


「嫌な予感がするんだよ」


 グシオンがそう言うと、ヴィネアは深い溜め息を吐いて杖を構えた。


「…そう言われて何もしなかったら私が悪い奴になるじゃないか」


「ははは、頼んだぜ」


 ヴィネアが渋々了承すると、グシオンは快活に笑ってヴィネアの細い肩を叩いた。


 身体が揺れる衝撃にヴィネアが眉を顰めて口を開く。


「がさつな奴だ…」


 ヴィネアは小さく独りごちると、口の中で詠唱を開始した。


「…『フロスト・ジ・イェロ』」


 最後にそう呟き、魔術を発動すると、ヴィネアの手元にある杖が青白い光を放ち始めた。


 直後、通路を覆い隠すように雪や雹が天井から床めがけて降り注ぎ出した。


 視界を真っ白に染める氷の魔術に、ロアが目を輝かせて歓声を上げた。


「す、凄い! これだけの魔術をこんなに簡単に…!」


 ロアの感嘆の声を聞き、ヴィネアは息を吐くように笑った。


 しかし、徐々に視界が晴れていくと、ヴィネアの魔術に嬉しそうな笑みを浮かべていたロアの表情が、視界とは対照的に凍り付く。


「…な、なんだありゃ」


 皆が絶句する中、グシオンが辛うじてそれだけを口にしていた。


 通路の奥にある、水没した地下の入り口は、床の部分と変わらない高さだったのに、今では大きく盛り上がっていた。


 まるで氷の彫像のように固まった、半透明な白い物体が通路の奥に突如出現していたのだ。


 氷の彫像と化した物体は、今にも動きそうな躍動感を持って水中から貝の殻のように伸び上がり、凍っていた。


「…スライムの巣かよ」



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