料理の結果
どこか怯えた表情を浮かべる最初の客である獣人二人を見て、俺は苦笑しながら頷いた。
「お客様は記念すべき最初のお二人です。サービスしましょう」
俺はそう言って笑うと、メニューを受け取って恐縮する二人に背を向けた。
やばい。味の好み聞いてないぞ。
俺はそんなことを思いながら厨房に続くスライドドアを開けて中に入った。
広い部屋だ。
店の厨房として作ったキッチンなので、かなり広く作ってある。
白いタイル状の床に、ステンレスの流し台、テーブル、調理器具。包丁もあり、大きな食器棚や、冷蔵庫などまで…。
「冷蔵庫? そういえば、冷蔵庫って動くのか?」
俺がそう口にすると先に厨房に来ていたエリエゼルが頷いた。
「恐ろしいことに、魔素で永続的に電気を作り出しているみたいです…どうやってるのですか?」
エリエゼルが何故か悔しそうにそう呟いた。
「え? そうなの? そういえば照明やらも気付いたら点いてたな…って、それは今は置いとこう」
俺はエリエゼルと呑気に会話しそうになり、慌てて手を前に出して会話を中断した。
怪訝な顔をするエリエゼルに、俺はすぐに質問を口にした。
「エリエゼル。この国の貨幣について教えてくれ。二千ディールってのはどれくらいだ?」
俺がそう聞くと、エリエゼルはパッと表情を明るくしてこちらを見上げた。
「ディールは殆ど円と同じと考えてください。ディールの方が少しだけ価値が高いので、2300か2400円くらいです」
エリエゼルはそう言って胸を張った。
その答えに、俺は首を傾げる。
「…ん? それくらい払えば余裕じゃないか。あの二人は随分心配していたが、安めに抑えた外食なら普通に出来るぞ?」
俺がそう呟いて頭を捻っていると、エリエゼルは首を左右に振った。
「何でもある日本と一緒にしてはいけません。外食というのは恵まれた国、つまり余裕のある国でこそ多種多様なジャンルが生まれます。この世界はまだまだ地球のようには文明は進んでおらず、大国リセルスの王都でやっと様々な種類の飲食店が出来るようになったくらいです。外食は一般人ならば特別な日にするお祝いで精々、といったところでしょうか」
エリエゼルはそんな説明を口にして、俺の反応を待った。
待て。それはつまり、二千ディールぽっちであまり豪華な食事を出すと、悪目立ちするんじゃない?
「二千ディールで食べられるのはどれくらいだ?」
「一食分でお酒は無しでしょうか」
「マジかよ」
俺はエリエゼルとの会話で頭を抱えて座り込んだ。
流石に、それは切ない。広い食堂でそんな一杯のかけ蕎麦ちっくな光景は泣いてしまいそうだ。
「いや、オープン記念だ。オープン記念なら大丈夫だ」
俺がそう言うと、エリエゼルは難しい顔で唸った。
「…どちらにしても目立つと思われますが…」
「安いジャンクフードを提供する。だから大丈夫だ。高級そうな見た目にしなければ良いだろう?」
俺はそう言ってエリエゼルを説得しようとすると、エリエゼルはふっと息を漏らすように笑った。
困ったような、少し照れたような顔で微笑むと、エリエゼルは俺を見上げてからお辞儀を一つした。
「ご主人様の望むままに」
エリエゼルはそう言うと流し台の近くの食器棚から銀色の盆を用意し始めた。
俺は二人の客にちょうど良い量になりそうな食事を考える。
牛丼は安いなんてローカルルールは通じないだろう。やはり、これしか無いか。
「よし、メニューを決めた。お盆をおくれ」
「はい」
テーブルの前に立つ俺の前にエリエゼルが銀のプレート、丸いお盆を置いた。
俺は目を閉じて想像し、念じる。
目を開けると、そこにはチーズ多めのハンバーガーと、照り焼きチキンとトマト、ベーコン、レタスを焼いたパンで挟んだ特製BLTサンドが並んでいた。
さらに、二つの料理の間にはフライにされた細長いポテトとケチャップ。そして、傍にジョッキの生ビール。
うん、やり過ぎた。
「ご、ご主人様…これは、少し豪勢過ぎるのでは…」
「…いや、これでいくぞ」
躊躇うエリエゼルに俺がそう言うと、エリエゼルは決意を固めたように口を結んで頷いた。
「分かりました…お客様へお持ち致します」
エリエゼルはそう口にして、料理を持って出ていった。
俺は厨房から食堂の様子を眺める。
料理を目にした二人が驚いたのがわかった。
見た目は問題ないだろう。
後は味である。
この世界では、味が濃過ぎるだろうか?
いや、ビールもいきなりは厳しいかもしれない。
ジュースみたいなのも用意するべきだったか。
頭の中に様々な後悔にも似た言葉が浮かんでは消えるが、最早後の祭りである。
結果はいかに。
俺がそんなことを思いながら見守る中、恐る恐るハンバーガーとBLTサンドを口に近付ける二人の獣人。
そして、二人はかぶり付いた瞬間、目を見開いて目の前の料理を見た。
「う、美味っ!?」
「…美味しい!」
二人はそう感嘆の声を上げると、勢い良く食べ始めた。
そして、ビールのジョッキに手を伸ばす。
金色に輝く液体を口に流し込み、また驚愕の表情を浮かべた。
「…っ! なんだ、エールじゃない…? 苦味があるけど凄く…」
「うわ、冷たくて美味しい…! 料理とも凄く合うよ!」
二人の反応は正に最高の評価といって良いだろう。二人の顔に晴れやかな笑顔が浮かんだのがその証拠だろう。
よし、大成功だ。
エリエゼルもこちらを振り向いて笑っている。
「…これなら王都一の飯屋も夢じゃないな」
俺は満足感と共にそう呟き、首を傾げた。
あれ?
俺ってダンジョンマスターじゃなかったっけ?