二号店が一時間で出来た!
少し薄暗く、ただの細い通路だった部分。
そこがなんと、広い飲食店に様変わり。
漆喰の真っ白な壁に、暗い茶色のフローリングの床。そして、明るい色合いの丸い木製テーブルと椅子が並び、オイルランプの照明が所狭しと並んでいる。
部屋の片側にはカウンターが設置され、その上には十種類のビールサーバーが置かれていた。
カウンターの奥には二段になった棚があり、こちらはボトルに入った様々な酒が並んでいる。
ちなみに、カウンターの奥には厨房があり、その厨房から地下通路へと通じている。
そして、ウスルが窮屈そうにしていたマンホール状の出入り口。
この出入り口は完全に取り潰しとなり、人一人がゆっくり降りることの出来る広さの階段となった。
階段の入り口は倉庫の出入り口のすぐ真隣である。
これで、倉庫は今まで通り使うことが出来る上に、倉庫に入ることも無く地下に降りることが出来る。
理想的な二世帯住宅…ではなく、店舗型住宅と言えるだろう。
後は、オープンしてしまえば良いのだが、ここで問題が生じる。
そう。従業員の少女達への説明である。
「素晴らしい内装ですね。上品で落ち着ける雰囲気でありながら、騒ぐことも出来そうな親しみ易さを感じます」
「どこのコメンテーターだよ」
俺が悩んでいると、エリエゼルがもっともらしい台詞で新しい食堂の内装を評した。
俺がツッコミを入れつつエリエゼルを見ると、エリエゼルは口元を緩めて小首を傾げた。
「ダンジョンの匠です」
「なんだ、その肩書きは」
ビフォーとアフターを紹介する気か。
まあ、俺も食堂作る時は頭の中でナレーション付きのBGMが流れているが。
俺はそんなことを考えながら、エリエゼルに悩みを打ち明けた。
「店は出来たが、あの少女達にどう説明したものかと思ってな」
俺がそう言うと、エリエゼルは笑顔で返答する。
「今すぐ言いに行きましょう」
「今すぐ!?」
エリエゼルの一言に俺が驚愕していると、エリエゼルは深く頷いてみせた。
「大丈夫ですよ。ご主人様なら」
「全く根拠にならない気がしますよ? エリエゼルさん」
エリエゼルのセリフに俺はそう返事をして息を吐いた。
だが、押し問答をしたところで結局は言うしかないのだ。
そう思い、俺は諦めて食堂へと戻ることにした。
食堂へと戻り、皆を集めた俺は、地に足がついていないようなフワフワした心地のまま話を切り出した。
「あ〜…この食堂も、皆さんのお陰で人気が出てきました。宣伝は一切せず、口コミだけで冒険者や兵士達の間で広がっているのは、皆さんの笑顔や明るい接客のお陰であると、わたくしは思っております」
俺が謎の社長ポジション的な挨拶から話を始めると、食堂内に少女達のざわめきが広がった。
いったい何が起きているのかという少女達の困惑に、俺は冷や汗をかきながら言葉を続ける。
「ただ、この順風満帆な店に、一つだけ問題があります」
俺がそう告げると、少女達の一部がビクリと身体を震わせた。
不安そうに俺を見上げる少女達を眺め、俺は口を開く。
「嬉しい悲鳴ではありますが、店の規模よりも客の人数の方が増えつつあります。正直、満席ならば断れば良いだけではありますが、それだと面白くありません」
俺はそう言って一度言葉を切り、皆を見回してから口を開いた。
「…なので、二号店を作ることにしました!」
俺が声を張ってそう言うと、暫くの間を置き、やがてチラホラと拍手が起き始めた。
ちなみに、ケイティだけは手が痛くなりそうなほど拍手を送ってくれている。
むむ。ケイティ以外の皆は二号店が出来るという事実を認識出来ていないようだ。
ならば、一度見てもらおうではないか。
俺はそう決心すると、実物を皆に見せることにした。
「さあ、皆の者! いざ参ろう!」
「はい!」
俺が掛け声を発しても、元気良く返事をしたのはケイティと、その隣にいたクーヘだけである。
渋々、俺は戸惑う皆を引き連れて厨房へと向かった。
厨房の壁に向かい、地下通路への扉を開ける。
見事に壁の一部となっていた扉を開けると、少女達から驚きの声が上がった。
「はーい、こちらでーす」
俺がそう言って扉の奥に進むと、俺の後を少女達が続き、最後尾をエリエゼルが付いてくる。
「こ、ここは…」
「え!? 床が勝手に…!」
「広ーい!」
広く長い地下通路や動く床に驚く者、はしゃぐ子供達。
なんの観光ツアーなのかは知らないが、少女達は何も言わずに俺に付いてきた。
急にこんな地下通路を見せられたら、何かしらの疑惑を俺に向けるものかと思っていたが。
規模も少女達の部屋を作った時とは全く違うというのに。
俺は内心、首を傾げながら二号店へと皆を案内した。
「ここが、新たな職場です! 張り切ってどうぞ!」
俺がそう言って二号店の中へと皆を招き入れると、皆は二号店のブリティッシュパブ的な内装に目を輝かせて驚く。
「綺麗ですねー!」
「カッコいい!」
「あ、少しだけ前の店より広いみたい」
皆がそれぞれ感想を口にしながら店内を見渡す中で、俺は咳払いを一つして、表情を引き締めた。
俺の雰囲気が変わったことに気づいたのか、少女達も背筋を伸ばして俺の方に向き直る。
皆の顔を見て、最後にエリエゼルの顔を見た。
微笑を浮かべるエリエゼルに軽く頷き、俺は口を開く。
「この店は、さっき作ったんだ。多分、一時間くらいで」
俺がそう言うと、少女達は顔を見合わせ、また俺を見た。
その少女達の反応を不思議に思いながらも、俺は遂に正体を明かす。
「…ダンジョンマスターの力で」
俺がそう呟くと、少女達の中の数人が驚きの声を発した。
だが、大半がキョトンとした顔で俺を見上げている。
と、ケイティが片手を顔の高さほどに上げた。
「はい、ケイティ君」
俺が名を呼ぶと、ケイティは怪訝な顔つきで俺の目を真っ直ぐに見て、口を開いた。
「…あの、知ってます」
ケイティは申し訳無さそうにそう言って、俺の返事を待つ。
ん?
知ってる?
何を?
「…………俺がダンジョンマスターだってことを?」
俺がそう言うと、少女達の大半が大きく頷いた。
そして、ピッパが金の目を細くして呆れたような表情を作る。
「いや、あの…私達の部屋を作ったり料理を作ったりしてるところを見れば、なんとなく分かります。明らかに魔術ではない力ですから」
ピッパがそう口にすると、ソニアやシェリル、ナナまで口を開いた。
「楽器も全く見たことが無いものですし、完成度が高すぎます」
「それに、私達が掃除してる時に普通にエリエゼル様とダンジョンの話をされてたり…」
「フルベルド様とウスル様、レミーアさんも気が付いたら何処にもいなかったりしますから」
何ということか。
どうやら、既に殆どの者が俺の正体に気が付いていたらしい。
気が付いていなかったのは年少組と、ティナとミアの白髪獣人コンビくらいのものだった。
「教えてよ〜!」
「皆知ってたの!?」
ティナとミアがそんな不満の声を上げる中、ケイティが苦笑いを浮かべながら俺に顔を向けた。
「薄々、此処がダンジョンだとは気が付いていましたが、私達はご主人様を信頼しております。ダンジョンマスターであったとしても、ご主人様はご主人様ですから」
「アクマ様はお優しいですから」
「良い人なら大丈夫ですよねー」
「こんなに良い場所も無いですし」
「ご飯、美味しいですし」
「楽器が楽しいですから」
皆はそれぞれ笑いながらそんな話をしてくれた。
まさに、俺の人柄によるものである。エリエゼルが邪悪な笑みを少女達の後方で浮かべていても、間違いなく俺の人柄が決め手のはずだ。
俺は感動の涙を流しそうになりながら、グッと堪えて口を開いた。
「誰がアクマや」




