冒険者グシオン
今日は暇なので社畜祭…!
良い店だったなぁ…。
そんなことを思っていると、横から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「なんだよ」
俺がそう言って顔を向けると、隣に座るサヴノックが憮然とした顔でこちらを見ていた。
そのサヴノックの向こう側には、冒険者達が隙間も無いほど行き交っている。
冒険者ギルド。
殆どの国にある、一つの大国と同等に扱われることもある一大組織だ。
その性質上、どこの冒険者ギルドの支店に行っても建物が大きい。
だが、この王都にある冒険者ギルドは別格である。
世界一、二を争う大国にある最大の都市なのだから当たり前かもしれないが、本当にデカい。小さな城みたいである。
石造りのため、その威圧感も中々のものだ。
そんな冒険者ひしめく最大級の冒険者ギルド内にて俺は、恐らく最も注目を集めていた。
冒険者ギルドの一角である、通称貼り出し部屋という部屋に俺達はいた。
壁一面が掲示板であり、所狭しと依頼書が貼られているため貼り出し部屋と呼ばれているのだ。
左の掲示板がAランク以上の依頼書が貼られている。壁一面の半分も無い一番小さな掲示板だ。次がB、Cランク用の掲示板、その次がD、E、Fランク用の掲示板。段々と掲示板の大きさが大きくなっていく。
最後が誰でも受けられる指定無しの依頼書が貼られる掲示板。実はこの掲示板が意外と面白く、ランクに関係無く見る人が多い。
貴族からの魔術指南や、剣術指南、狩り指南などの依頼もあるため、依頼達成後に貴族のお抱えになった冒険者もいるからだ。
意外と冒険者のような荒くれ者に憧れる貴族の娘なんてのもいる。
同じ冒険者から見れば狂気の沙汰だが、それで本当に結婚した者もいるから恐ろしい。
そんなこんなで一番人気とも言える掲示板にギルドに頼んで人材募集を掛けたのだが、想像以上に希望者が殺到してしまった。
最初は何人か面接を手伝ったが、途中から飽きてサヴノック達二人に任せている。
ちなみに、ヴィネア達遠距離戦闘組は買い出しである。
遠距離戦闘が主の冒険者は、あまりパーティー内での立場が上がらないことが多い。
何故なら、消耗品が他の冒険者よりも圧倒的に多いからだ。
弓矢、投げナイフ、果てにはマジックポーションと、金が異様に掛かる。
そのため、我がパーティーでは立場が悪くならないように買い出しなどは遠距離戦闘組にしてもらっている。
近接戦闘組はどれだけ金が掛かるかなんて知らない方が良いのだ。だから、我がパーティー内でそういった問題は起きていない。
と、俺は思うのだが、冒険者ギルドにそんなパーティーの作り方を提示したら不必要と一蹴された。
「おい、グシオン」
「なんだよ」
俺が思慮深い冒険者考察をしていると、サヴノックがまた俺の名を呼んできた。
「先程から延々と呼んでいたのだが」
「マジか。なんだ?」
俺が改めてサヴノックにそう尋ねると、サヴノックは短く息を吐いて自分の後ろを指差した。
「この少年がどうしても参加したいと言って聞かんのだ」
サヴノックにそう言われて、サヴノックの向こう側に立つ少々頼りなさそうな少年を見る。
オレンジ色の短い髪の少年だ。俺も冒険者を始めた当初着ていた革の鎧を着込んでいる。
あれ、何回か依頼達成する頃には汗が染み付いて凄い臭いんだよな。
十回目の依頼達成時に投げ捨てて新しく鉄の軽鎧を購入した記憶がある。
俺は少年にそんな感想を抱きながらサヴノックの方を見た。
「お前の判断ではダメだったんだろ? じゃあダメじゃねぇか」
俺がそう言うと、サヴノックは眉を微かに下げて鼻で息をする。
「…素人過ぎるからな。冒険者になって一ヶ月でEランクになったばかりだ」
サヴノックがそう言うと、少年は胸を張って一歩前に出た。
「Eランクのロアです! どんな雑用でもします! 絶対に後悔はさせません!」
ロアと名乗る少年はそう言って燃えるような眼で俺を見た。
俺は少年に振り返り、口の端をあげる。
「大きく出たな、ルーキー。席の数は決まってるんだ。Cランク以上の先輩方を差し置いて新人のお前が入るのに、俺達に後悔はさせないってか?」
俺がそう言うと、ロアは怯みもせずに頷いた。
「僕はグシオンさん達、業火の斧に憧れて冒険者になりました! ならば、CランクやBランクなんて通過点に過ぎません! 僕は、いずれグシオンさんと肩を並べて戦います!」
ロアは鼻息も荒くそう怒鳴り、俺を睨むように見た。
その大それた発言に、周りの冒険者の失笑や歯軋りが響く中、俺は吹き出すように笑った。
「馬鹿野郎、どうせぶち上げるなら俺も軽く追い抜くくらい言ってみせろよ。俺はAランクの先輩もぶち抜いてきたぞ」
俺がそう言うと、ロアは肩に力が入ったままグッと顎を引いた。
その表情を見て、俺は心の中で頼りないという評価を訂正し、将来に期待へと変更する。
「よし。ロアは採用だ」
「ほ、本当ですか!?」
俺が採用と宣言すると、室内に驚きの声が上がった。
俺は笑いながらロアに頷き、目を見て口を開く。
「武器は何だ?」
「短剣です」
「よし、俺の古いやつを貸してやろう。あと、その鎧はダメだ」
「な、なんでですか?」
「周りを見てみろ。その鎧を着てる奴は殆どいないだろ? すぐに臭くなるんだよ。売れ残りが多いから安いんだ。少し高いが、簡易的な革の鎧の方が動き易いし長く使えるぞ」
俺がそう言うと、難しい顔で自らの鎧を見るロア。
そして、その様子に周囲から笑い声が起きた。
この街の冒険者ならば大概通る道である。
これでロアの先程の生意気な発言も印象が薄くなっただろう。
「サヴノック、今何人集まった?」
俺がサヴノックにそう聞くと、サヴノックは浅く頷いて口を開いた。
「ちょうど十だ」
「なら、これで募集人員に達したな。募集は終了だ! 暫く依頼に掛り切りになるが、もしかしたらまた募集をするかもしれない! その時は一緒に戦おう!」
俺が席を立ってそう叫ぶと、冒険者達から残念そうな声や怒号、歓声が入り乱れた返事が返ってきた。
やっぱ、こんな中から結婚相手を選ぶ貴族の娘は変態だわ。
「…Eランク?」
「そう。一人だけな」
新しく月単位で契約した住処にて集合したのだが、開口一番にヴィネアから募集した冒険者について聞かれた。
そして、やはりと言うべきか、ロアのことでヴィネアが複雑そうな顔を浮かべていた。
「…大丈夫か?」
「おう、俺が育てるぞ」
俺がヴィネアにそう答えると、ヴィネアは悲痛な顔をして離れた場所にいるロアの横顔を見た。
「可哀想に…」
「どういう意味だ」
俺はヴィネアの失礼な一言にそんな文句を返した。
結局、俺たちの住処には今は使わなくなった大商人の別荘を借りることとなった。
王都の外れにはなるが、部屋数は十五あり、台所は二つに風呂まである豪華な家だ。
業火の斧の拠点に相応しい豪華な家だ。
「おい、何をにやにやしている。気持ち悪いぞ」
「うるさい」
俺は失礼なヴィネアにまた文句を言い、周りを見渡した。
広い広間だ。
まだ家具を追加したり、雇った冒険者達の部屋を整理したりと色々することはあるが、中々良い生活になるのは間違いない。
住居は完璧。仲間も揃った。
そして、飯はあの地下食堂だ。
こんな幸せな生活は人生で二度と来ないかもしれない。
「…おい、何を笑ってるんだ、グシオンの奴」
「私に聞くな。誰か気持ち悪いと教えてやれ」
「聞こえてんぞ、お前ら」




