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社畜ダンジョンマスターの食堂経営 〜断じて史上最悪の魔王などでは無い!!〜  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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音楽の力

 ピアノの旋律が響くと共に、食堂の中の誰もが無言となった。


 弾き始めた瞬間から、まさに流れるような美しい音の洪水。


 丸く、耳に馴染むような透明感のあるメロディーラインだ。


 何処かで聴いたことがあるのに、タイトルは全く頭に浮かびもしない。


 だが、間違い無く知っている曲のはずだ。


 その曲を聴いた他の者達は皆、まるで魂を抜かれたようにエリエゼルのピアノの音に意識を奪われている。


 およそ数分程度だろうか。


 静かに終わったエリエゼルの演奏に、殆どの者が何も言えずに余韻に浸っている。


 そんな中、エリエゼルは無言で指をピアノの鍵盤から離し、一度膝の上に両手を置いた。


 そして、深呼吸をした後、また鍵盤の上に両手を移動する。


 常連の客が僅かに驚きの声を上げたが、その声もすぐに無くなり、食堂に静寂が戻った。


 直後、エリエゼルの手、指が鍵盤を叩いて跳ねるように動き出した。


 先程とは一変して強い音から始まるオープニングに、聴き入る皆も思わずといったように背筋が伸びていた。


 跳ねるような強い音と、小さな音から徐々に強くなるリズム感のある旋律。


 それが続いたと思ったら、まるで歌劇で場面が変わったかのように流れ始めるクラシックなダンス曲を連想させる優雅なメロディー。


 しっかりと物語のある緩急がついた曲だ。


 これも何処かで聴いたことがあるが、いまいちタイトルが出てこない。


 そして、衝撃的なラストを迎えて、その曲は終わりを迎えた。


 え? こういう感じで終わるの?


 俺はそんなことを思いながら眺めていたが、静まり返った食堂で、誰かが鼻をすする音を立てたのを聞いて顔をそちらへ向けた。


 見れば、赤い髪の冒険者、グシオンが流れる涙と鼻水を拭いもせずに演奏を終えたエリエゼルを見ていた。


 まあ、涙を浮かべているのはグシオンだけではないが、あんな大量の涙を流しているのはグシオンだけだ。


 そんな中、エリエゼルが椅子から立ち上がって食堂の中心を振り向き、頭を下げる。


 直後、盛大な拍手と歓声が巻き起こった。


 客は二十人もいないのに、まるでライブハウスのような大歓声だ。


 あ、うちの従業員達の中にも泣きながら歓声を上げている奴がいるな。


「うわぁ! ダメだ! 前が見えねぇ!」


 グシオンもそんなよく分からないセリフを叫びながら痛そうなほどに両手を打ち鳴らしている。


 数秒して、エリエゼルが顔を上げて口を開く素振りを見せると、徐々に歓声は収まっていった。


 食堂の中を見渡し、エリエゼルは感謝を告げる。


「皆様、ご静聴ありがとうございました。最初の曲はアラベスクで、最後の曲が英雄ポロネーズという曲です。また後日聴きたいと言ってくだされば演奏致しますので、曲名を覚えておいてくださいね」


 エリエゼルがそう言って優雅にお辞儀をしてその場を後にすると、グシオンが慌てて口を開いた。


「ちょ、ま、待ってくれ! え、エイウポロロネズ? も、もう一回教えてくれ!」


「英雄ポロネーズ、ですね」


「え、英雄ポロネーズ…英雄ポロネーズ…わ、分かった! エイユポロネーズだな。エイユロポネージュ…」


 段々タイトルが崩れていってるぞ、グシオン。


 というか、やはり名前も何処かで聞いたことのある有名なものだったか。まあ、誰の曲かは英雄ポロネーズくらいしか分からないが。


 俺はそんなことを思いながら二人のやり取りを眺めていた。


「素晴らしい音楽だったな。最初の曲の方が私は好きだったが」


「ああ、良いね。私もだよ」


「いや、俺は後の曲だな。それにしても、あの楽器はなんだ? 見たこと無いな」


「…似たようなものを知っているが、それはあのような音はしなかった」


「また演奏してくれないかな。飯も最高に美味いし、暫くここで呑み食いしてても良いからさ」


「ああ、それいいじゃん! 美味い飯と酒呑んでまた演奏が聴けたら死んでも良いね」


 冒険者達が興奮気味にそんな会話をしていると、グシオンが目を吊り上げて怒鳴りだした。


「ああ、五月蝿い五月蝿い五月蝿い。曲の名前を忘れたらどうするんだよ!」


 グシオンがそう怒鳴ると、サヴノックが首を傾げてグシオンを見た。


「…まだ曲名を覚えてるのか?」


 サヴノックがそう尋ねると、グシオンは怒ったようにサヴノックを睨む。


「当たり前だろ? エイウポロロネィジュだ。俺はこの名前を一生忘れないぞ」


 グシオンがそう言うと、横で話を聞いていたヴィネアが乾いた笑い声をあげた。


「ははは…がんばれよ」


 ヴィネアが笑いながらそう言ったが、グシオンはまた曲名らしき名をブツブツと呟き始めた。


 そんな少々残念な会話をしている冒険者達を眺め、俺は焦りを感じつつ、ケイティを振り返った。


「あいつらに今日はもう演奏は無いと伝えて…」


 俺はケイティに指示を出そうとして、呆気に取られた。


 ケイティがまだ泣いていたからだ。


「…泣き過ぎだ」


 俺がそう言うと、ケイティがしゃくり上げながら、首を左右に振った。


「だ、だ、って…か、か、んどう、し、したん、で、です…」


 ケイティがしゃくり上げながらそんなことを言ってきたので、俺は諦めて他の少女に顔を向けた。


 すると、ナナが無表情で立っていた。普段から少し男前な雰囲気があるだけに流石に動じていないようだ。


「ナナ。あいつらに今日はもう演奏しないと伝えてくれ」


 俺がそう言うと、ナナは深く頷いた。


「御意…」


「お前も泣いてたのか」


 俺はナナの涙声の返事を聞き、肩の力が抜けた。





 十人の冒険者達を含む全ての客が帰り、俺は少女達が掃除をする様を見ながらエリエゼルと掃除が終わったカウンターに並んで座っている。


 気分をスッキリさせたくてなんとなくコーラを飲んでいるが、久しぶりに飲んだせいで炭酸が強く感じる。


 だが、喉に感じる清涼感はかなりのものだ。


「さっぱりした気分になったところで、今後についてだな」


 俺がそう口にすると、俺と同じようにコーラを飲んでいたエリエゼルがハッと顔をあげた。


 何か、今までで一番夢中で飲んでいた気がするが、気のせいか。


「こ、今後ですね…どうなさるおつもりですか?」


「そうだなぁ…」


 とりあえず、食堂の中心にあったダンジョンの入り口は無くし、居住スペースに新たなダンジョンの入り口を設置した。


 俺たちの避難経路はバレないように、多少分かりやすく壁の一部が動くようにして入り口を作ったのだ。


 多分、いずれ少女達にも気がつかれるだろうから、そろそろ俺がダンジョンマスターであると教えるしかあるまい。


 そこまで考えて、俺は大切なことを思い出した。


「そういえば、あの冒険者達の一人が照明について何か言っていたな」


「あ、ダンジョンで見たことがあるとか…」


 俺の台詞に、エリエゼルが顔を上げてそう言った。


 確かに、電球はやり過ぎに違いない。


 むしろ他の客の面々が何も言わなかったのが不思議なくらいだ。


「…そうだ。電球型のカバーって形にしたら良いんじゃないか? それで、中にはアルコールランプみたいに火が灯されてるとか」


 俺がそう言うと、エリエゼルは頷いて上を見上げた。


「そうですね。今ならば、前回のは見間違いだったと思ってくれるかもしれません。お酒も呑んでましたし」


「ああ、そうだな…あ、いや、待て。アルコールランプって上に火が点くよな? 火を付ける芯の部分を下向きにしたらダメじゃないか?」


「ああ、どうなんでしょう? 確かに火は上に行くから燃料が上にあると思うと怖いですが…あ、それとアルコールランプよりはオイルランプの方が明るいですよ」


 俺の質問にエリエゼルがそう答え、電球の形状を二人で眺めた。


「…電球の形っぽいだけで、一番下の部分に燃料があれば良いか。少し縦長にして出来るだけ目立たないように電球の下に…」


 言いながら、俺は気がついてしまった。


 これでは、ちょっとエッチな形状になってしまう。


 大きさはそのまま、平べったい形に変更しよう。



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