呼び出し2
【グシオン】
「……グシオン」
「言うな。何も言わないでくれ」
ヴィネアの責めるような口調に、両手で耳を塞ぎながら歩く。しかし、鬼の化身ともいうべきヴィネアは止めてくれなかった。
「いや、言わせてもらう。なにをムキになって言い争い、挙句にダンジョンの危険度を上げてしまったのかと……冒険者ギルドが公式にダンジョンの危険度を上げればどうなるか、分かってやったんだろうな? おい、グシオン」
くどくどと説教されてしまう。しかし、言い返せない。昔からそうだが、カッとなってやってしまったら大概失敗するのだ。自分の悪い癖である。
「ちょっとそこに座れ」
「え? 街中ですけど……」
「じゃあ、そこの路地裏に座れ」
「ちょっと、ゴミとか落ちてるから……」
「……グシオン?」
「はい、座らせていただきます」
静かに激怒するヴィネアの気配を察知して、大人しく言うことを聞く。大通りから一歩入っただけの路地裏に押し込まれ、浮浪者のように石畳の地面にそのまま座った。
腕を組んだヴィネアはそんな俺を見下ろして、低い声で告げる。
「お前、今の状況を本当に分かっているのか? 出来るだけ早くご主人様に知らせなければ……」
「……俺たちの首が飛ぶってか」
「知らせても飛ぶかもしれんが」
「最悪だよ……って、俺のせいか」
そう答えて、がっくりと項垂れた。
「……お二人さーん。ちょっと、ご主人様からお呼びがかかってるんだけど」
「え?」
「……何?」
アイニからとんでもない連絡が来て、二人揃って目を瞬かせながら振り向いた。大通りには一人の黒髪の少女を連れたアイニの姿があった。
「……ま、まさか、もう冒険者ギルドのことが……?」
「いや、流石にそんなはずは……」
背筋が寒くなるような気持ちで、ヴィネアとそんな会話をする。すると、アイニの奥でサブノックが鼻から息を吐いた。
「……とりあえず、行くしかないぞ」
サブノックにそう言われて、冒険者ギルドに呼び出しを受けた時以上に逃げ出したい気持ちになったのだった。
呼び出し先である地下レストランに行くと、ゆったりとした音楽を聞きながら何か飲み物を楽しんでいるフルベルトの姿があった。何故か、もうフルベルトをご主人様と呼ぶのに疑問は感じない。むしろ、敬意を持ってしまうくらいだった。
「……ご、ご主人様。お呼びでしょうか」
最も奥の席に座っていたフルベルトにそう言うと、手振りだけでそこに座れと指示を受けた。人数が多い為、大柄なサブノックとアイニは隣の席に腰掛けている。対して、フルベルトの正面にはヴィネアと俺が座った。
フルベルトは静かに一口だけ何かを飲むと、小さなコップをテーブルに置いてこちらに顔を向ける。
「……今、この街には一流の冒険者達が集まっているようですね。前国王の愚かな行為によるものと、Sランク冒険者であるサミジナの死を受けて、冒険者ギルドが動いていたようだ。知っていましたか?」
そう尋ねられて、脊髄反射で頷く。
「は、はい! 我々よりも格上の冒険者パーティー、青の十字槍や、聖なる大楯、飛竜の尾! 更にはSランクの冒険者パーティーである戦神の矛もギルドに到着したようです!」
フルベルトが口にするよりも早く情報を提供する。それに、フルベルトは薄く笑みを浮かべた。
「ほう? 流石に冒険者同士だ。情報を得るのが早い。それで、もしもそのパーティー全てが攻略に乗り出した時、我がダンジョンは何年で攻略されると思いますか?」
その質問に、答えに窮してしまう。すぐに答えたかったが、どう考えても簡単に答えられる内容ではない。いや、推測くらいはいくらでもできる。しかし、それを答えたら……。
「……二、三年でしょう。五年は掛かりません」
口をもごもごさせていたら、硬い声でヴィネアが先に答えた。これに、フルベルトが片方の眉を上げる。
「……最短で二年? それはまた、随分と刺激的な予想だ」
ヴィネアの回答に、フルベルトは薄く微笑んだ。感情を感じさせない、恐ろしい笑みだ。怒った時のヴィネアに勝るとも劣らない。
そんなことを考えていると、ヴィネアがこちらを見て肘で肩を突いてきた。詳しく説明しろ、ということだろう。お膳立てはしてもらったのだ。ここで答えられなかったら今後リーダーはヴィネアになってしまう。
深呼吸をして、覚悟を決めた。
「……Aランクの冒険者パーティーはどれもベテランです。四人から五人パーティーですが、ダンジョン攻略という点では我々よりも上ですし、戦闘力という点でも総合力ではサミジナを超えるでしょう。恐らく、Aランクのパーティー二つが共闘すれば、あのハーピィ達にも勝ります。そして、Sランクの戦神の矛……こいつらはちょっと普通じゃありません。戦神の矛という五人のパーティーだけで、難関ダンジョンを複数攻略しています」
戦力を客観的に分析して述べる。ダンジョンマスターの自慢の部下達であっても敗北する。そう告げているのと同じだ。
しかし、フルベルトは笑みを崩すことはなかった。
「なるほど……それでは、この店の用心棒としても働いているあの大男、ウスルではどうです?」
そう言って、カウンターで酒を呑む赤茶けた髪の大男を指差した。
「……お、恐らく、Aランクパーティーが二つで挑まれれば、敗北してしまうかと」
決死の覚悟でそう答える。聞こえていたら殺されるんじゃないだろうか。そう思って、少し声のトーンを落として告げたのだが、大男は無言でこちらを振り向いた。
「……面白い、な……」
笑みを噛み殺すような口調でそう呟かれて、思わず息を呑む。その自信に裏打ちされた態度、雰囲気は自分の認識を疑うのに十分だった。
そして、最後にフルベルトがこう言った。
「そうそう。いつこういった事態になっても良いように、今はダンジョンを大きくしている最中でしてね。つい先日、このダンジョンは君たちが本気で攻略していた時の五倍になりました。新しい階層が二つ。また、新しい罠は数えきれないほど……楽しくなってきましたね」
フルベルトが声を出して笑い、それに呼応するようにピアノの音色が激しくなる。この恐ろしいダンジョンマスターの力を、まだまだ侮っていたのかもしれない。
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