呼び出し
【ヴィネア】
突然、冒険者ギルドから連絡があった。低ランクの若者が、慌てた様子で書状を持ってきたのだ。
自由を基本理念とする冒険者ギルドにおいて、ギルドからの招集には複数のパターンがある。
一つ目、最も多いのが、大量の魔獣が発見された場合などの緊急事態。
二つ目、ごく稀にだが、新しく冒険者ギルドを設置する時など、有力な冒険者に助力を求める場合もある。
三つ目、冒険者ギルドの定める規律を違反した者を罰する場合、だ。
今回、ギルドから届いた書状には、ただ冒険者ギルドに来るように書かれていただけだ。それは酷く不吉に思えた。
それは皆も同意見だったのか、書状を前に黙り込んでしまった。
そして、グシオンが顔を上げる。
「……よし、逃げるか」
「いや、待て」
引き攣った顔で呟かれたグシオンの言葉に、思わず待ったをかける。すると、サヴノックも深く溜め息を吐いてから、目を細めた。
「……逃げてどうする。各地に冒険者ギルドはあるんだぞ」
「私らは冒険者しかできないんだから、冒険者ギルドと敵対するのはまずいって」
サヴノックに続いて、今度はアイニが同意を示した。
本当ならば、グシオンも冒険者を辞めたくはないはずだ。しかし、ギルドにいけばどうなるか分からない。
だから、安易に逃げるという選択肢を選びたくなるのも理解できる。それを分かっているからか、皆が言葉を続けられずにいた。
無言の時間が暫く続き、アイニが冷や汗を一筋流して口を開く。
「ごめん。やっぱ逃げようか」
「逃げんのかよ!」
アイニの手のひら返しに、思わずグシオンが突っ込んだ。
「は、ははは……いや、命あってのものだからね。死んだら元も子もないよね」
乾いた笑い声をあげながら、アイニがそんなことを言う。
それを責められるはずもなく、私は肩を竦めた。
「……いや、この招集は確かに不気味だが、我々が処罰されると決まったわけじゃない」
そう告げると、皆がこちらを見る。
「……だ、大丈夫か? 本当に?」
グシオンが眉根を寄せて確認をしてきた。やはり、最近の業火の斧の状況を考え、不安になっているようだ。
一方、サヴノックは私の言いたいことを理解し、静かに唸る。
「……我々に疑いはかかったとしても、処罰するまでの証拠は無い、ということか」
「その通り。今疑いがかかっているとしたら、このグシオンという小悪党がわざとダンジョンの攻略を遅らせているかもしれない、という疑惑くらいだろう」
だから、言い逃れるくらいはできる。そう思った。
「誰が小悪党だ」
グシオンが文句を言っているが、事実のため、皆が聞き流す。
そして、サヴノックは腕を組んだまま、長く息を吐いた。
「……いや、まだ一つあるだろう」
その一言に、私は思わずハッとする。
「まさか、サミジナ、か?」
「サミジナ……?」
私の言葉に、グシオンとアイニが顔を見合わせた。本気で分かっていなさそうだった二人に、サヴノックが眉間に小さな皺を寄せる。
「サミジナの死の原因が、我々にあると疑われている可能性がある、ということだ」
「はぁあ!?」
サヴノックの言葉に、グシオンとアイニは同時に声を上げた。
「いや、あいつが死んだのは俺たちのせいじゃねぇだろ!?」
「むしろ、こっちが酷い目にあったってのに……!?」
文句を言う二人に、私は肩をすくめた。
「冒険者ギルドで聞かれたら、そう答えたら良い」
そう答えると、二人は不服そうに黙り込んでしまった。
結局、冒険者ギルドには行くことになった。
なんとかここで言い逃れないと、今後の生活が著しく制限されてしまう、という判断だ。だが、それはすぐ後悔へと変わる。
「……今日はわざわざすまない。聞きたいことがあってな」
冒険者ギルドのギルド長が口を開いた。
「いやいや、別に大したことでは……」
グシオンがそう答えながら、周りを見る。
冒険者ギルドの会議室には、Aランクの冒険者パーティーである青の十字槍や、聖なる大楯、飛竜の尾の姿があり、更にはSランクの冒険者パーティーである戦神の矛の面々まで居並んでいた。
どのパーティーも、ランクアップして日が浅い我々より、ずっと格上の者達ばかりである。
その面々が、一様に黙り込んでギルド長とグシオンの会話を聞いていた。
緊張感を覚えながら、私もそのやり取りに耳を傾ける。
「……今回呼んだのは他でも無い。例のダンジョン攻略の進捗について、だ」
「あぁ、ダンジョンか」
ギルド長の言葉に、グシオンはわざとらしく頷いた。それに片方の眉を上げて、ギルド長は話を続ける。
「グシオン。業火の斧は今もっとも勢いのある冒険者パーティーだと思っている」
「そ、そうか。ありがとう」
グシオンが返答すると、ギルド長は浅く顎を引く。
「……王国からの依頼ということもあって、ギルドとしては良い報告を早くあげていきたいのだが、攻略状況を教えてもらいたい」
そう言われて、グシオンはウッと言って口籠る。だが、すぐに虚勢を張るように胸を反らして二度頷いた。
「あ、ああ……なんというか、前回報告した地底湖があっただろう? あれが中々攻略できなくてな。だが、協力してくれている他の冒険者達もかなりダンジョン攻略を覚えてきたんだ。俺達に余裕ができれば、もっと攻略の速度は上がるはずだ」
答えると、ギルド長は眉間の皺を深くする。考えるように逡巡するギルド長を横目に見て、これまで黙っていたスキンヘッドの大男、ゲーデが口を開いた。
「……そのダンジョンは、あのサミジナが死んだと聞いた。何故、そんな難易度の高いダンジョンに低ランクの冒険者を連れていく?」
低い声でそう聞かれて、グシオンは口を曲げる。
「サミジナは俺達の言うことを一切聞かずにダンジョンの奥深くまで突っ込んでいったんだ。慎重に少しずつ進めば死なずに済んだはずだぞ」
そう怒ったように言うグシオンに、皆が一瞬口をつぐんだ。グシオンのことだから、今の言葉に嘘は無いだろう。
それが分かったからか、グシオンの言い分にギルド長やゲーデは眉間の皺を深くしたが、否定するようなことは言わなかった。
「……なるほど。確かに、サミジナの性格ならそれはありえる。特に、低ランクの冒険者達に合わせてゆっくり攻略していたとしたら、相当焦れたことだろう」
ギルド長が納得して頷く。しかし、緑色の髪の青年は懐疑的な目をこちらに向けた。確か、飛竜の尾のリーダー、ニンリールだったか。
「そうですか。では、業火の斧は助力しにきたSランク冒険者のサミジナ殿を、危険だからと助けることなく見捨ててきた、と。仕方ないですね。命が懸かってますから。全員が無傷なところを見ると、よほど素早い決断をして、脱兎のように逃げ帰ったのでしょう。いや、素晴らしい決断ですね」
半笑いでそんなことを言うニンリールに、グシオンの顔色が変わる。
明らかに苛立っているが、なんとか我慢しているようだ。
「……はは、そ、そうだな。多分、飛竜の尾が代わりにダンジョンに入ってたら全員全滅だっただろうからな。俺の判断は間違えてなかったな」
と、グシオンは大人の対応をしようと優しい声で返事をする。
ん? 声は落ち着いていたが、内容はおかしかった気がするぞ。
そう思ってニンリールを見ると、はっきりとわかるほど不快な顔をしていた。
「……我らではダンジョン攻略はできない、と? 申し訳ありませんが、業火の斧よりも実績は……」
「いや、確かに。飛竜の尾は素晴らしい実力者達の集団だ。それは誰もが認めるところだ。ただ、我らが攻略しているダンジョンに関しては二秒で全滅してしまうかもしれないというだけで……」
「……おやおや。業火の斧は人を扱き下ろす才能だけはあるようですね。しかし、実際にダンジョン攻略が滞っている人が何を言っても説得力なんて……」
「はっはっは。いや、飛竜の尾には負けるぞ。まったく、口では勝てそうにない。できたらダンジョンに実際に挑んでもらいたかったが、仕方ないな。なにせ、飛竜の尾程度では二秒だからな、二秒。最高クラスの冒険者達が二秒で全滅してしまっては大変だ。安全な建物の中で壁に張り付いて震えていた方が良いに違いない」
と、そんなやり取りをして双方とも口を閉じた。笑顔で会話しているにもかかわらず、戦いの火花が確かに見えている。
「……あぁ、おほん。一先ず、グシオンの言い分は理解した。ならば、皆にも実際にダンジョン攻略に乗り出してもらおう。その評価により、ダンジョンの危険度を一段階引き上げる必要性も出てくるだろう」
見ていられず、ギルド長が仲裁に入る。
だが、その提案はとても受け入れ辛いものだった。
「お、おい。グシオン……」
私は慌てて提案を逸らそうとグシオンに声を掛けたが、もう遅かった。
「それは助かる。では、次回のダンジョン攻略の時は皆で挑んでもらおうか。まったく、楽しみだな」
怒りを我慢しつつ、鼻を鳴らしながらギルド長の提案に同意するグシオン。同席していた者達は各々首肯を返す。
私は頭を抱えたくなりながら、その様子を眺めていたのだった。
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