冒険者としての意見
「罠は二段、欲を言えば三段構えが良いですね」
鼻息荒く、グシオンはそう言った。どうやら冒険者視点からダンジョンの構成を考えるのは面白いらしい。
「ベテランの冒険者ほど経験から罠を予測しやすいから?」
グシオンの冒険者パーティーの一人であるヴィネアが聞き返すと、グシオンが大きく頷く。
「足元は落とし穴か仕掛け床。壁からは矢や槍、ほかには時々魔獣が現れる。そういった罠は予測しやすい。だから、その罠を回避したと思ったところに別の罠が連続して作動したら相当厄介だろう?」
「じゃあ、落とし穴の罠を回避したと思ったら、その回避した先に別の落とし穴を?」
「いや、もっとこう……なんだろうな? ほら、性格の悪いやつ……」
グシオンとヴィネアが不穏な会話をしていると、パーティーの斥候役であるアイニが不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。
「二人ともまだまだだね。ここは前回罠作りに協力したアイニ様に任せなよ」
そう言ってアイニが胸を張ると、二人は目を細めて見返す。
「……言ってみな」
「ふっふっふ……まず、ダンジョンをもっと深くするって話だったじゃないか。洞窟風の罠通路、迷路に地底湖があるんだ。次はなんだと思う?」
「……たまにある、城の中みたいなダンジョンか? 俺達は行ったことはないが」
答えるグシオンに、アイニはこちらを確認するように一瞬見たが、すぐに何事も無かったように答えた。
「あの洞窟やら巨大迷路やらに疲弊しながら、多分一週間は掛けて次の階層に……そうなったら、やっぱり休む場所が欲しいじゃないか。だから、次の階層は村とか良いんじゃないか?」
「村?」
グシオンとヴィネアが顔を見合わせて聞き返す。奥に座っていた仲間のサヴノックも片方の眉を上げた。
アイニは皆の反応を見て、口の端を上げる。
「誰も住んでいない廃村だよ。でも、頑丈そうな石造の家屋がある。場合によっては井戸なんかも良いかもね。最初は警戒しても、段々と安心してしまうだろうさ。そこに、奇襲をかけるんだ。寝ずの番をしてる奴さえ黙らせちまえば、後は赤子の手を捻るようなもんさ」
と、アイニは自慢げに語る。
その内容にはグシオン達も複雑な表情となった。
「……最悪だな。恐ろしい罠だ」
「ああ。もし生き残っても、その後のダンジョン攻略で更に気が抜けなくなるだろうな。心身ともに疲弊していくはずだ」
二人はげっそりした顔でそう呟く。
「後は、地下牢が続く通路とかも良いね。盗賊の根城になってる廃城なんてのもあるけど、拷問された奴とかが投獄されてたりすると誰でも怖気付くかな」
「……よくそんな恐ろしいことを考えつくな」
「アイニの闇を見た気分だ」
「うるさいよ、二人とも」
失礼だと言い返すアイニ。だが、その意見にフルベルドが拍手を以て返す。
「いや、良い案ですね。侵入した冒険者は寝込みを襲われて地下牢に……そして、激しい拷問の末、服従を誓ったなら、私の眷属にして村に住まわせる……いや、本当に良い案です。無駄無く実力のある吸血鬼の軍団を作り上げることも夢じゃありませんね」
フルベルドが上機嫌にそう言うと、グシオン達は乾いた笑い声を上げた。
「……は、ははは。そりゃヤバいですネ……」
「元冒険者の吸血鬼集団か……」
「王都騎士団相手にしても怖くないね」
そんなやり取りを遠目に見つつ、食堂内にいる面々の様子を確認する。
最近、やたらとウスルを訪ねてくるフルーレティーはノンアルカクテルを飲みながら、難しい顔でウスルに話しかけていた。
ケイティやピッパ、ナナ達が注文された食事を持って歩き回っており、ちょっとずつ演奏が上手くなってきたソニアにエリエゼルがピアノを教えている。
恐らく、地下では遊び回るアエロー達ハーピー三姉妹と、可愛いサンダーイール達に餌をあげるレミーアとサミジナの平和な光景が広がっていることだろう。
こんな毎日が続けば良いな。
そんなささやかな幸せを祈りながら、俺はカウンターの裏で日本酒を片手に焼き鳥を口にするのだった。
「……ぼんじりの塩、なかなか美味いな」
【冒険者ギルド】
この日、冒険者ギルドには複数の名の知れたパーティーが集まっていた。
Aランク冒険者パーティー、青の十字槍や、聖なる大楯、飛竜の尾。
そして、Sランク冒険者パーティーの戦神の矛。
他国にも名を轟かせる最強クラスの冒険者パーティーのリーダー達が、王都にある冒険者ギルドの会議室に集まり、顔を突き合わせていた。
青の十字槍のリーダー、ゲーデ。スキンヘッドに細かな傷を無数につけた厳つい大男が咳払いを一つして、奥に座るオールバックの壮年の男を見た。
「……ギルド長。報告は見せてもらったが、業火の斧の奴らが攻略中なんだろう? 確かに、サミジナが死んだというのは衝撃だが、これほどのメンツを集める必要があるほどとは思えない。特に、戦神の矛は最高難度のダンジョンを最下層まで攻略している最中のはずだが」
ゲーデが不満そうにそう言うと、対面に座る白い髪の五十代ほどの男が浅く頷く。
「ふむ。確かに、サミジナは卓越した実力を持つ冒険者ではあったが、協力して何かを成すことが苦手な性分であった。ワシが思うに、業火の斧の攻略が遅いと感じて単独で深入りして自滅した可能性が高い。逆に、Sランク冒険者の死を間近で見たなら、業火の斧の攻略が中々進まないのも納得できるがな」
と、年寄りくさい口調で語る白髪の男、聖なる大楯のリーダーである神官騎士のサルガタス。
その二人の言葉を受けて、ギルド長は溜め息混じりに大量の報告書をテーブルの上に並べた。
「サミジナはダンジョン経験があるSランク冒険者だ。そのサミジナが、短期間で命を落とした。だが、業火の斧は少しずつでも脱落者を出さずに攻略を進めている。ちなみに、報告書にある罠の数々は、下手をしたら騎士団が総力をもって攻略に挑んでも全滅の可能性が高いような危険なものばかりだ」
「……ダンジョンの罠とは、危険なものしか存在しないと思っていましたが」
ギルド長の言葉の揚げ足をとるように、緑色の髪の青年が口を挟んだ。飛竜の尾のリーダー、ニンリールだ。
ニンリールの皮肉に乾いた笑い声が室内に響く。
ギルド長は溜め息を吐き、報告書を片手で叩いた。
「誰も何も思わないか? 普通ならば、Sランク冒険者が死ぬようなダンジョンだと、Cランク以下の冒険者は死傷者が多発するものだ。だが、死んだのはサミジナのみ。おかしいとは思わないのか」
その言葉に、これまで黙っていた金髪の男が顔を上げる。
顔の彫りの深い、濃い顔つきの男だ。戦神の矛のリーダーでありSランク冒険者のゴルゴンである。
ゴルゴンはギルド長の手元にある報告書を見て、次にギルド長の顔を見た。
「……ギルド長。もしや業火の斧を疑っているという意味だろうか。先程から、どうも業火の斧へ不信感を持っているような発言に受け取れるのだが」
ゴルゴンがそう呟くと、全員の目がギルド長に向く。それに顔を顰めつつ、ギルド長が答えた。
「……その通りだ。私は二つの可能性を考えている。一つは、業火の斧が目撃者のいない状況でサミジナを殺害した可能性。もう一つは、業火の斧がわざと攻略を遅れさせている可能性だ」
その言葉は静まり返った会議室によく響き、場の空気を更に重くしたのだった。
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