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ウスルの力

 ビフロズの剣を素手で掴んで破壊したウスルは、葉巻を口に咥え、深呼吸をした。


 濃い煙がウスルの口から溢れ、暗闇へと消える。


 それまで動く鎧から逃げるべく走っていたアムドゥ達だったが、その姿を見て走る速度を緩めた。


 だが、後ろからは鎧の擦れるような音が聞こえてくる。


「く、くそ……! こうなりゃヤケだ! 一斉に行くぞ!」


 その号令と共に全員でウスルへと殺到する。剣が、短剣が、投げナイフが、まるで雨のようにウスルへと降り注いだ。


 それに笑みを深め、ウスルは腰を落として地を蹴った。


 剣が折れ、短剣や投げナイフが弾き落とされる。殆どの者は反応すらできずに吹き飛ばされたが、ロレーだけがウスルの拳を短剣で防いだ。


 いや、もう一人、アムドゥは器用に地面を転がって回避し、ウスルの後方へと逃げ込むことに成功していた。


 ウスルはアムドゥには目すら向けず、自分の攻撃を防いだロレーに興味を持った。


「……やるな……」


 そう告げると、ロレーは歯を嚙み鳴らし、半眼で剣を棄てる。


 短剣はバラバラに砕けていた。


「……化け物め」


 それだけ呟くと、ロレーは落ちていた短剣を握り、次々にウスルへ投擲する。速度も威力も申し分ないはずのそれが、ウスルに接近する端から砕けて散る。


「ひ、ひぃい……!」


 アムドゥは悲鳴を上げ、暗い闇の中へと走っていった。


 ロレーはそれを横目に、自分の背中に意識を向ける。先程から近づいてきていた動く鎧の音は聞こえなくなっていた。


「ぐ……!」


 そこへ、最初にウスルに倒されたビフロズが呻き声を上げて上体を起こす。


「こ、これしきで……! これしきのことで……!」


 古風な掛け声を発して、ビフロズは立ち上がった。明らかに左手が折れていたが、躊躇した様子は無い。


 片手で拾った剣を構えて、ロレーと相対するウスルを睨む。


「退け……!」


 ビフロズはロレーに対してそう発し、ウスルに斬りかかった。


 ウスルは音も無く剣を避け、拳を叩き込む。だが、今度は剣を振り下ろした体勢のままのビフロズが拳を躱す。身を捻るようにして回避に成功したビフロズは、その勢いのまま再びウスルに斬りかかった。


「……ほう。侮れんな……」


 嬉しそうにそう呟き、ウスルは後方に飛び退る。剣は空を切ったが、初めてウスルを後退させることに成功した。


 その瞬間を狙って、倒れた振りをしていたラウムが低い態勢のまま走る。


 ロレーの投げナイフとビフロズの追撃を警戒している筈のウスルに対して、正に完璧なタイミングでの奇襲だった。


 クラウチングスタートの要領で襲い掛かるラウムに、ウスルは脚を上げる。


 蹴りを放った、という言い方ができないような、大雑把な、荒い蹴りである。その上げただけの足の爪先を腹に受けたラウムは、重く巨大な何かに衝突したように空中に撥ね上げられた。


 地面に落ちて血を吐くラウムを尻目に、ビフロズは剣を振りながら口を開く。


「……貴様は、何者だ」


「今は、ただの用心棒だ」


 ウスルはそう答えると、近付いてこないロレーとビフロズに向かって歩き出した。







「はっ、はっ、は……っ!」


 息を細かく吐きながら、アムドゥは暗闇の中を走った。薄っすらと光があるのは、ウスルがいた後方と正面がわずかに明るいからである。


 もう、何がなんだか分からなかったが、アムドゥはひたすら走った。まるで夜の火に照らされて飛び込む夏の虫だが、本人にそのつもりは無い。


 正面の光は、扉の左右に取り付けられた篝火だった。


「な、なんだ、こりゃ……」


 アムドゥはそう呟きながら、扉を確認する。見たこともない文字が無数に彫られた暗い緑色の扉だ。


 意味は分からなかったが、特に仕掛けは無さそうだった。息を呑み、扉を開ける。


 光が漏れて、アムドゥは眩しそうに目を細めた。


 扉が開き切ると、奥は崖のように切り立っており、その奥には湖が見える。


 薄っすらと光る天井が見えるため、それが地下にある地底湖であると知れた。


「は、はは……どうなってんだよ、ホントによぉ」


 アムドゥは引き攣った笑みを浮かべながら崖に歩いて行き、眼下を見る。


 巨大な地底湖だ。湖には島が浮いており、神殿か何かの建物が見える。湖の周りにも陸地はあるようだ。


「あら。あの方が取り逃がすとは、中々の健脚でいらっしゃいますね……それとも、あの方の琴線に触れなかった弱者でしょうか」


 鈴が鳴るような美しい声が響き、翼のはためく音がした。


 ふわりと降り立つその人影に、アムドゥは悲鳴を上げながら分厚い剣を振り抜く。


 それを飛んで躱し、人影は空中に浮かび上がった。


 美しい金髪が揺れ、その美貌にアムドゥは暫し言葉を失う。


 大きな翼をはためかせ、最小限の鎧を身に纏った天女のような美女が浮かんでいたからだ。


「て、天使……?」


 アムドゥの漏らした言葉に、空に浮かぶ美女はくすくすと笑いながら脚を見せる。


「光栄ですが、天の遣いではありませんよ。エロースは私よりもずっと上の原初神の一柱なのですから」


 その言葉を聞きながら、アムドゥは美女の足が人間のものとは違うことに気がつく。


「ま、まさか、ハーピー、なのか……? しかし、こんな……」


 狼狽するアムドゥに微笑みかけるハーピー、アエロー。そこへ、新たな翼の音がした。


「お姉様?」


「お客さんだー!」


 その声に振り向くアムドゥの両肩を、突如として鋭く尖った何かが貫いた。


「ぎゃあっ!?」


 激痛に悲鳴を上げて身を捩るアムドゥを見下ろし、右肩に片足の鉤爪を突き刺したケライノーが口を開く。


「新しい玩具」


 ケライノーがそう呟くと、アムドゥの左肩に鉤爪を突き刺したオーキュペテーが翼を広げて喜ぶ。


「おもちゃー! 半分ちょうだい!」


「いいよ?」


 二人がそんな会話をしていることに、アムドゥが激痛にあえぎながら恐怖する。


「ま、待て! 待ってくれ! お、俺は良い情報を持ってる! 殺すと後悔するぞ!?」


 と、口からでまかせを吐き出した。それを聞き、アエローは面白そうに首を傾げる。


「あら……中々、変わった方ですね。自ら辛い道を選ぶなんて……神の試練というものを求める酔狂な方がいらっしゃるとは聞きますが……」


 そんな言葉を聞き、アムドゥは意味が分からずに顔を顰めた。


「な、何言ってんだ、お前!?」


 怒鳴るアムドゥに、アエローは息を漏らすように笑って頷く。


「仕方ありませんね。二人とも、その方を吊るしてきてくれますか? サンダーイール達には食べないように指示を出してね?」


 そう告げると、ケライノーとオーキュペテーは残念そうに頷いた。


 ふわりとアムドゥの身体が浮かび上がり、悲鳴がこだまする。


「ぎ、ぐが……!?」


 鉤爪に引っ掛けられたまま、アムドゥは地底湖の上を飛ぶ。


 そして、真新しい雰囲気の神殿のような建物の屋根の上に降り立った。屋根の上で痛みに震えるアムドゥを放置して、ケライノーが屋根の先端に向かった。


 そこには十字架があり、ケライノーは紐をクルクルと巻きつけている。


「いいよ」


「はーい!」


 ケライノーの言葉にオーキュペテーが返事をし、アムドゥの両肩を掴んで十字架の前に浮かんだ。


「ぐ、ぐぁあっ!」


 ケライノーは悲鳴を上げるアムドゥを煩そうに眺めつつ、テキパキと十字架とアムドゥの身体を巻きつけていった。


 血を流しながら十字架に磔にされたアムドゥ。


 痛みに呻いていると、湖の中に黒い影がいくつもあることに気が付いた。黒い影は徐々に大きくなっていき、あっという間に数メートルを超える巨大なものとなる。


 そして、それは水中から姿を露出させた。巨大な龍に似た姿で、恐ろしい圧力を放っている。


「さぁ、サンダーイールに食べられたくなかったら、全部話して?」


 ケライノーが周りにふわふわと飛び回りながらそう告げると、オーキュペテーも風のように飛び回りながら続ける。


「話せー! 犯人はお前だー! 自白しろー!」


「何の話?」


「ご主人様が見せてくれた刑事ドラマーの真似ー!」


 二人が呑気な会話をする中、徐々に集まり始めるサンダーイール達を見て、アムドゥは壊れたように笑いだした。


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