悪巧み
仕事とプライベートが忙しく、中々更新出来ず申し訳ない限りです。
最低でも一ヶ月一話更新くらいのペースでは更新しますので、良かったらまた読みに来てくださると有難いです。
「何の用だ……?」
敵意と警戒心を隠しもせず、低い声で男はそう言った。
焦げたような色合いの木の壁を背中に背負い、床にどっかりと腰を下ろした姿でシアスを見上げている。
ざんばらの赤い髪と右目を隠す黒い眼帯が目を引く男だ。背は標準的だが、肩の辺りから露出した腕や首の筋肉は目を見張るほど分厚く、なにより縦横無尽に走る傷痕が迫力を生んでいる。
その男の頬や額の傷、そして片方切り落とされた耳の跡を眺めて、シアスは背を丸めてくつくつと笑った。
「相変わらずの見栄えだねぇ、ビフロズ。いや、男前って意味さ。く、くくくっ」
肩を小刻みに揺らして笑うシアスに、ビフロズと呼ばれた男は眉根を寄せる。
「……喧嘩を売りにきたのか? 違うなら謝った方が良いぞ。お前がやる気なら瞬きする間にその首を切り落としてやる」
ドスの利いた声でそう告げると、ビフロズはゆっくりと右手を前に出した。中指と薬指の無い三指で大きく反った片刃の剣を握り、シアスに見せつけるように構えている。
それに失笑し、シアスは一歩二歩と大きく後退した。
「いやいやいや、冗談だよ。誰が好き好んで切り裂き魔に喧嘩を売るかね。あんたを馬鹿にする奴がいたら俺が黙ってないぜ? なにせ、俺とあんたの仲だ。なぁ、ビフロズ」
軽薄な声音でべらべらと喋るシアスに、ビフロズは目を細めて浅く息を吐く。
「黙れ、二枚舌。貴様の垂れ流すだけの社交辞令になど興味は無い。ただ用を話せ」
そう言われて、シアスは困り顔で肩を竦める。
「えらく信用が無いことで……悲しくなるねぇ。まぁ、いいさ。これから良いことを教えてやるから、俺の信用も右肩上がりに回復することだろうさ」
くつくつと笑い、シアスは言葉を続けた。
「貧民街にできた地下食堂を知ってるかい? ほら、今話題になってる珍しくて美味い飯が食える店さ」
「食う物に興味は無い」
「あぁ、あぁ、そう言うと思ったさ。流石だよ、ビフロズ」
ビフロズの発言にシアスはそう言って鼻を鳴らすと、指を一つ立てて口の端を上げる。
「じゃあ、その地下食堂の用心棒の話も知らないか。剣士だろうが魔術師だろうが、素手で相手をする凄腕らしいぜ? 実力はSランク冒険者に匹敵するそうだ」
「何?」
シアスの言葉にビフロズは顔を上げて反応した。自分の顔を見るビフロズに、シアスは不敵な笑みを浮かべる。
「どうだい? 斬ってみたくないか?」
シアスがそう尋ねると、ビフロズは目を細めて顔を斜めに傾けた。
暗い路地裏を少々小柄な背中が歩いていく。ゴミだけでなく、崩れた瓦礫も散乱する酷い道を、男はひょいひょいと慣れた動きで奥へ奥へと進んだ。
「待ちな」
そこへ、しゃがれた男の声が響き、男は足を止める。
「今日はここだったか。思ったより早く見つかって良かった、良かった」
そう口にして、シアスは振り返った。
「よぉ、ラウム。ロレーはどうした?」
そう言って笑うと、崩れた壁の陰からスキンヘッドの男が姿を現した。
首から肩にかけて大きく火傷の痕を残した大男だ。複数の獣の皮を組み合わせたような服を着たその男は、シアスの顔を睨め付けるように見て顎をしゃくった。
「後ろだ」
そう言われて振り返ると、音も無く五人の人影が立って道を塞いでいた。中心にはラウムと呼ばれた男と同じような服装の男が立っている。顔が隠れるような白い長髪の隙間から覗く鋭い目に、飄々としていたシアスも苦笑いを浮かべて一歩後ずさった。
「お、おぉ。流石は人狩りのロレー。部下も揃って物音一つ立てないとはねぇ。怖い怖い」
シアスがそう言って戯けると、ロレーと呼ばれた男の周りにいた四人の男が短剣を取り出した。鈍く光を反射させる短剣に、シアスの頬が引き攣る。
「おっと、話を聞かないと後悔するぜ? なにせ、ネタは今噂になってる地下食堂についてだからな」
そう告げると、ロレーは目を細く尖らせた。そして、シアスの背後からラウムが声を発する。
「……どういうことだ?」
ラウムが聞くと、シアスは声を出して笑った。
「気になるだろ? 放っておいても儲かるし、やり様によっては笑いが止まらなくなるぐらい儲かる店だしよ。ちょっとその儲けに加わりたいとは思わねぇかい?」
シアスがそう口にして両手を広げると、ラウムは暫く考え込むように顎を引き、唸る。
「……話は聞いてるぞ。てめぇの親分もその地下食堂の用心棒に瞬殺されたんだろうが。何を企んでやがる」
怒気の篭る声でそう言い、ラウムも片手に短剣を握った。刃の先をシアスの顔に向けるラウムに、ロレー達も揃って短剣を構え直す。
途端に前後合わせて六本の刃を向けられたシアスは、噴き出すように笑って首を回す。
「馬鹿とすげぇ馬鹿の集まりかよ。金の匂いも嗅ぎ分けられないようなら先は長くないぜ、ラウム」
そう告げて、シアスはラウムを横目に見てほくそ笑む。
「地下食堂の用心棒はたった一人。潰す策はもうある。客には貧民街の顔役だっている。どうだ? まだ金の匂いが漂ってこないのか?」
笑いながら話すシアスに、ラウムは眉根を寄せてロレーを見た。ロレーは何も言わなかったが、ラウムはその表情に何か見たのか、静かに頷く。
そして、ラウムはシアスに向き直った。
「……詳しい話を聞かせてもらう。どうするかはそれからだ」
ラウムにそう言われて、シアスは肩を揺すって笑う。
「よし、決まりだ。そんじゃあ場所を変えようか。こんな薄暗い所は泥棒か盗賊しかいねぇよ。あ、いや、あんたらのことじゃないぜ? へっへっへ……」
シアスが笑うと、ラウムは舌打ちをして剣を下ろしたのだった。
二日に渡って貧民街を歩き回ったシアスは、夜中に住処へと戻りながら、空を見上げて口の端を上げる。
廃墟や通りにポツポツと松明か焚き火の灯りがあるが、道は殆どが真っ暗だった。
その道をひょいひょいと軽い足取りで進みながら、シアスが一人笑う。
「ビフロズ、ラウム、ロレー……後は有象無象含めて二十人。まぁ、例の用心棒を最初に潰せば充分だな。女は黙ってても殺しはしねぇだろうが、料理人を殺されたら困るな。目を光らせとかねぇと」
そんなことを言って首を左右に振ると、シアスは目を細めて鼻を鳴らす。
「力が強い奴、剣の腕が立つ奴、魔術を使える奴……どれも結局俺の駒よ。やっぱ、頭が使えねぇとなぁ」
シアスは上機嫌にそう呟き、闇の中に消えていった。




