密かに噂が広まる規格外の食堂
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貧民街に馬鹿でかい食堂ができたらしい。
そんな噂が貧民街のあちらこちらで囁かれ始めて二週間。既に食堂には一定の常連客が通うまでになっていた。
この日も、広過ぎるほど広い食堂の半分以上の席が埋まるほどの客入りである。
「あぁ……もう無くなっちまった」
ボロボロになったマントを身に纏ったみすぼらしい男が、何も刺さっていない串を握り締めて溜め息を吐く。
男が顔をあげると、視線の先には活気良く食べ物を売っている少女達の姿があった。
喉を鳴らし、男は腰に下げた剣の柄に手をかける。
「…………ダメだ。冷静にならないと」
暫くしてそう呟き、椅子の背もたれに深くもたれ掛かった。
その格好のまま目を閉じて、深く長い息を吐く。
「衝動的に美味い飯にありついたところで、その後はどうする? もうこの食堂には来られなくなるし、下手をしたら貧民街からすら追い出されかねないじゃないか」
ブツブツと自分自身を諭した男は、静かに目を開けた。
「……俺は何度同じ失敗をすれば学ぶのか。そうやって騎士団からも、冒険者ギルドからも追われる身になったんじゃなかったのか……」
そう口にして、剣から手を放す。
「……銅貨程度、明日には稼げるさ」
男がそう呟いて立ち上がろうとしたその時、前方から底冷えするような低い声が響いてきた。
「おい……だから、後から払うって言ってんだろ?」
「す、すみません。ご主人様から必ずお金を貰ってから商品を……」
「うるせぇよ、小娘! 俺を誰だと思ってんだ!?」
「え? ど、どなたでしょう……?」
「ぬっ!? ぐ、ぐぐぐ……」
怒鳴り声を発する大男と恫喝される黒い髪の少女とを見て、男は目を鋭く細める。
「あれは……ネビス盗賊団のアムドゥ。第一級の犯罪者じゃないか」
大男の正体に気がついた男は、握り締めていた串を皿の上に置き、椅子から立ち上がった。剣に手を添えて、怒鳴るアムドゥに歩み寄る。
「……うるさいぞ。何が気に食わないんだ」
男がそう口にすると、アムドゥは憤怒の顔で振り返った。
「なんだ、お前。まさか、お前も俺を知らねぇのか? 刺し殺されたくなけりゃ他の客みたいに下向いて黙ってろ」
大きくはないが、低く重い声である。慣れた様子で脅しにかかるアムドゥだったが、男はそれに鼻で笑って応えた。
男は剣を無造作に抜き、アムドゥの眼前に剣先を寄せる。
「黙って外に出ろ。暴れたいなら俺が相手になってやる」
男がそう告げると、アムドゥは一瞬呆けたような顔になったが、すぐに怒りの炎を再燃させた。
「良い度胸だ! 後悔しても遅ぇぞ、この野郎!」
アムドゥはその大柄な体からは想像もできないほど素早く使い込まれたナイフを引き抜き、男の持つ剣を弾いた。
弾かれた反動をそのままに距離を置いた男がアムドゥを見据え、アムドゥもナイフを腰の前で構えて睨み返す。
一触即発の緊迫した空気に、食堂の中が静まり返った。
その時、硬い音が食堂に響いた。
重く硬い何かが石に落ちるような腹に響く音だ。
その音は規則正しく響き、徐々に大きくなっていく。
睨み合う二人が、どちらともなく店の奥にいる小さな少女に目を向けた。釣られるように店内にいた客たちも一斉にそちらへ顔を向ける。
皆から注目を浴びる少女は、それまでの怯えた表情から一変、ホッと笑顔を見せて後ろを振り返った。
少女の背後から、重々しい足音を響かせて目を見張るような大柄な男が姿を見せる。赤茶けた長い髪を上にかきあげた鋭い目つきの男だ。
口には葉巻を咥え、白い煙を纏ったその赤髪の男を見て、少女は口を開いた。
「ウスル様!」
名を呼ばれた男は、グローブのように分厚い手を少女の頭に乗せる。
「……退いていろ……」
「はい!」
指示に素直に従って横に退いた少女を横目に、ウスルはカウンターを跨いで争う二人の前に立った。
アムドゥは自分より大きな男に目を丸くし、もう一人の男もその存在感に口を開くことができないでいる。
ウスルは葉巻を親指と人差し指で摘んで離し、口から大量の白い煙を吐き出す。
「……怒鳴るな。暴れるな。剣を抜くな……これが、ここの最も重要なルールだ……」
ウスルがそう告げると、アムドゥは頬を痙攣らせながら無理やり笑みを浮かべた。
「つ、ツケは良いのかよ」
どう見ても苦し紛れの文句に、食堂の客たちも呆れた顔になる。だが、ウスルは暫く思案するように葉巻を吸い、煙を吐きながら頷いた。
「……良いだろう……」
「ダメですよ!?」
ウスルが許可を出すと同時に店の奥から少女達が否定の言葉を発する。
アムドゥが困ったように眉根を寄せてウスルを見上げると、ウスルは無表情に頷いた。
「……ツケは、ダメだ……」
「結局ダメなのかよ!?」
アムドゥが床を踏み付けながら怒鳴る。
その姿を皆が見ていることに気がついたアムドゥは、顔を紅潮させてナイフを握り直した。
「な、舐めやがって! この俺を馬鹿にしてんのか!?」
「お、おい! やめておけ!」
アムドゥが臨戦態勢になると、それまで敵対していたはずの男が止めに入る。
だが、アムドゥはそれに更に腹を立てて目を血走らせた。
「お、お前ら……! 俺をどれだけ馬鹿にしやがる! お前も、このデカブツも! 俺の相手じゃねぇんだよ!」
そう叫ぶと同時に、アムドゥはウスルに向かってナイフを振るった。素早く、腰の入ったそのナイフ捌きだ。隙が生まれないように肘を上手く使い、二度三度と細かくウスルの目や首、腕の内側などを狙ってナイフを振るっている。
男はそのアムドゥの鋭い斬撃に驚いたが、それよりも、そのナイフを全て躱すウスルに驚愕した。
受け止めるでも受け流すでもなく、体のこなしで全て回避している。
横に一歩動いて避け、首を逸らして躱し、斜め前に出てアムドゥの背後に移動する。
その人並外れた動きに、男は声も出せなかった。
「……次は、金を持ってきて飯を食え……」
ウスルの声が男の耳に入った瞬間、アムドゥが地面に倒れた。棒立ちになった状態で勢い良く倒れたアムドゥを見て、男は信じられないものを見るような目でウスルを見上げた。
だが、男がウスルを見ることは叶わなかった。
「……ここで、剣を抜くな……」
その言葉と同時に、男もアムドゥと同じように地面を転がっていた。
白目を剥いて死体のように床に伏した二人を見下ろし、ウスルは静かに白い煙を吐く。
静まり返った食堂の中、アムドゥに絡まれていた少女が恐る恐る声を出した。
「……あの、その方は……多分、私を助けようとしてくれた人で……」
少女がそう言うと、ウスルは倒れたまま痙攣する男を見下ろし、浅く顎を低く。
「……それは悪いことをした……」
ウスルが素直に反省すると、少女達は揃って乾いた笑い声を上げたのだった。
名前すら出なかった可哀想な人は次回、出番はあるのか…
乞うご期待!




