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なんだこの店

【貧民街の孤児】


 個人の店を持つ商人の長男で、幼いながらにして簡単な計算もできる頭の良い子供。それが、アガリ・アレフトの周囲からの評価だった。


 故に、アガリの父親が破産した時、アガリを知る商人達はその運命を憂えた。


 アガリの父親は気性の激しい性格の持ち主であり、強引なやり方で商売をしていたために敵は多かった。破産した理由も貴族が関わる商売に後から加わり、貴族の目に余る利益を上げて目を付けられたためだ。


 破産した両親は奴隷に落とされる前に夜逃げをし、まだ幼かったアガリは食わせていく金が無いと捨てられ、貧民街の住人となったのだった。


 両親の姿を探して迷い込んだ貧民街だったが、そこにはアガリと似た境遇の者も多かった。貧民街には孤児のグループが幾つかあり、皆が協力し合って食べ物を得ている。


 アガリを迎え入れたのも、その孤児のグループの一つである。


 緑色の髪に少し大きな目と鼻が特徴的な十代半ばほどに見える、スラリとした長身痩躯の少年。それが今現在のアガリの姿だった。


 アガリは仲間達と一緒に一際ボロボロになった廃墟へと戻り、暗い部屋で直接床に寝っ転がる少女に声を掛けた。


「ボス」


 そう口にすると、十代後半に見えるその少女は、床に広がったボサボサの黒い髪を持ち上げて振り返る。


 眠そうな顔。それが大方の人が抱く印象だろう。上に上がった眉とぼんやりとアガリを見つめる半眼はやる気の無さを感じさせる。


 その少女はごろりと寝返りを打つと、アガリを見上げて口を開いた。


「どしたの?」


 そう聞くと、アガリは静かに少女の前に座った。


「面白いことがあったよ。貧民街に食堂ができるんだって」


「…………食堂?」


 アガリの情報に少女の目がわずかに輝く。


「なにそれ、面白い」


 少女が寝転んだままそう言うと、アガリは苦笑して頷いた。


「面白いけど無理だと思うよ。貧民街の人はお金なんて持ってないからね。たまに悪い人が物凄くお金持ってるけど、そんな人はだいたい普通じゃないから」


「……すぐ潰れちゃうの?」


「多分……でも、店を開ける時は大量の食材を用意するだろうし、皆のご飯が手に入るかも」


 アガリがそう言うと、少女は眉根を寄せて上半身を起こす。


「じゃあ、食堂が潰れる前にちゃんとした料理を食べてみたい」


「え?」


 アガリが疑問符を浮かべると、少女は身体を起こして口の端を上げた。


「お金は少しあるし、その食堂で料理食べてみたい」


 再度そう口にすると、アガリは少女の身体を見た。小柄な身体を覆うボロボロの布切れみたいな服を眺め、首を傾げる。


「そろそろ服が替え時だと思うけど、綺麗な布を買ってこなくて良いの?」


 アガリが尋ねると、少女は自分の着ている服を見下ろした。


 アガリが所属する孤児のグループは、集めた食べ物は皆で分け合い、物や金は全て少女が管理している。普段ならある程度のお金が貯まったら足りない衣服を揃えるのだが、今回はその費用を外食費に使いたいという。


 アガリが不思議に思っていると、少女は自分の服の裾を掴んで口を開く。


「まだ大丈夫。あと三ヶ月はいける」


「そ、そうかな」


 どう見てもボロ布を纏う少女に曖昧な返事をするアガリだったが、当の本人は満足そうに頷いて立ち上がった。


「衣と住は心配無用。後は食の満足度を上げる。そうすれば皆の元気も出る」


 そう言って胸を張る少女に、アガリは苦笑しながら頷いた。


「そうなのかもしれないね。でも、僕達が食堂なんて入れるのかな? 奴隷より汚いかもしれないけど」


「え? そう?」


 指摘を受けて小首を傾げた少女に、アガリは目を細めて首を左右に振る。


「……フラスって本当に宮廷魔術師の血を引いてるの? なんか、そういう家柄っぽくないよね」


 アガリが失礼なことを言うが、フラスと呼ばれた少女は特に気にせず肩を竦めた。


「父は宮廷魔術師でも母は違うから。それに、私は五歳から貧民街で暮らしてるし」


「そりゃそうかもしれないけどさ」


 何故か自慢げに答えられ、アガリは困ったように笑ったのだった。





【地下に広がる……食堂?】


 十人程の子供達が地下へと続く階段を降りる。足場と手摺りは金属製で、黒く塗られている。


「やっぱりおかしいよ。昨日はこんなもの無かったんだから」


 アガリがそう言うと、先頭を歩く少女がしたり顔で頷いた。


「じゃあ、これは魔術師の仕業。そんな話を聞いたことがあるもの。人の家の下に勝手に地下室を作って住んでたんだって」


「えぇー、怖いよぉ」


「悪い魔術師の人?」


 フラスの言葉に小さな子供が怯え、アガリの眉尻が上がる。


「悪い魔術師なら私が退治する」


「そんな魔術師に勝てるの?」


 アガリが緊張した面持ちでそう尋ねると、フラスは不敵に笑って歩を進めた。緩く弧を描く階段を下っていくと、足元から景色が開けていく。


 手摺りと足場の板を繋ぐ細い鉄の柱だけの螺旋階段は隙間が多く、周りをよく見渡せた。


「うわぁ! 何あれ!?」


「お店!? お店がいっぱいあるよ!」


 階段を降りる間中子供達は大きな声を出して騒いだ。


 見渡すほどの広い空間である。天井も高く、無数にある照明が室内を明るくしている。


 壁には縦に長い丸型の赤い灯りが規則正しく並んでおり、地下の空間を支える大きな柱にはカラフルな布が垂れ下がっていた。


 そして、奥の壁には店が立ち並んでいる。店はサンシェード付きの屋台のような店構えで、それぞれに色が振り分けられていた。


「これが食堂なの!?」


 興奮した様子の子供がそう尋ねると、アガリは目を丸くしながら周りを見渡した。


「……いや、僕はこんな食堂見たこと……」


「これが食堂。間違いない」


 台詞を途中で遮ってフラスが答え、アガリが無表情に横目で見る。


「へぇ、凄いね!」


「広ーい!」


 子供達が素直に感心していると、フラスは上機嫌に子供達を先導して奥へと向かった。


「いらっしゃいませー!」


 可愛らしい少女の声が響き、子供達は思わずその場で足を止めて店の奥を覗き込んだ。


 目に少し怯えの色を含んだ子供達を尻目に、フラスがふらふらと店の前へと歩いていく。


「ここでは何が食べられるの?」


 フラスがそう尋ねると、店の奥から三角の耳を生やした青い髪の少女が顔を出す。


「ここでは焼き鳥が食べられますよ! 甘辛くて美味しいタレが付いてて、焼いたら芳ばしい香りが……ふふふふ」


 少女が涎を垂らしながら説明すると、フラスの目がギラリと輝いた。


「買います」


「値段は聞かないの!?」


 背後からアガリが突っ込んだが、子供達がフラスと同じような顔で涎を垂らしている姿を見て諦めた。



7月10日に社畜ダンジョンマスターの食堂経営2が発売されます!皆さま、本当にありがとうございます!

ほぼ五割が書籍版オリジナルの書き下ろし……!

頑張りました・:*+.\(( °ω° ))/.:+

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