三号店は
廃墟を拠点とし、貧民街の散策をしてみた。すると、明らかになる恐ろしい生活環境。
瓦礫やゴミで溢れ、中には死体もある。
そんな環境下でネズミやらなんやらが走り回っているのだから尚のこと恐ろしい。
「ペストとかヤバいんじゃない?」
「さて、今のところそういった伝染病は流行っていないようですが、いずれ蔓延する可能性もありますね」
エリエゼルの言葉を聞いて唸り、辺りを改めて見回す。
ゴミは腐敗して異臭を放っているのに、廃墟の壁の奥には人の気配がする。息を押し殺し、こちらの様子を見ているようだ。
更に奥に入り込むと、ある一角だけ随分と綺麗な空間に出た。瓦礫はそのままだが、ゴミなどは落ちていない。
「フルベルド、あの辺りの壁を除けてみてくれるか?」
そう言うと、フルベルドは返事をして巨大な瓦礫に近付いていく。二階の壁がそのまま剥がれ落ちて建物にもたれ掛かっているようになった瓦礫だが、その大きさは縦二メートル、横三メートル以上はあるだろう。
そんな瓦礫を、フルベルドは持ち易そうな側面の部分を両手で持ち、枯れ枝を掲げるようにゆっくりと持ち上げた。
すると、そこには巣に潜ったウサギのように丸くなった子供達の姿があった。
「……っ」
息を飲む声がしたので、フルベルドに降ろすように指示を出す。瓦礫が元の状態に戻ったところで、俺はエリエゼルを見た。
「さて、貧民街でも真面目に働きそうな人材がいたな?」
「はい、洗脳は極めて簡単でしょう」
「食事さえ与えれば馬車馬のように働くでしょうな」
何故か二人の耳を通すと俺の一言は凶悪なものに捻じ曲げられる。不服である。
「……貧民街は王都の中でも屈指の人口密集地だ。ここで心理的な味方を増やすことは長い目で見ればプラスになるだろう」
「はい、貧民街の飢えた者達は、必ずやご主人様の言葉に命を懸ける最高の精鋭となるでしょう。無知で盲目的な兵は死ぬその瞬間までご主人様を疑いません」
「ふむ、まさに地獄の歩兵ですな。武器さえ行き届けば貧民街の者達だけで王都滅亡も可能に……」
何故か二人の耳を通すと俺の言葉は悪魔のような台詞に変わる。遺憾である。
まぁ、ある意味では同じ意味なのでわざわざ訂正はしない。
貴族街、倉庫街、職人地区、商人地区、一般民の住宅街、貧民街。
フルーレティー達から聞いて調べた限りでは、この順番に人口は過密していく。
そんな貧民街には働く者も多いが、殆どの者がきちんとした衣食住を手にできていないのだ。
ならば、そこに極上の食事を提供したらどうなるか。そして、その食事を提供してくれる食堂が、もし王国から弾圧を受けたらどう思うか。
暴動は必至である。
「くっくっくっく……」
自らの想像に笑っていると、エリエゼルが目を輝かせて俺の腕を抱きしめた。
「子供の姿なのに、凄く悪そう! 素敵です、ご主人様!」
「まさに悪魔の子。人間とは生来、悪という存在に強い魅力を感じるものです。私もムラムラしてきました」
頬を染めて荒ぶる吐息を見せる二人。どうやら人選を間違えたらしい。
「……まぁ良い。とりあえず、さっきの廃墟と此処に入り口を作ろうか」
「二つ入り口を?」
不思議そうな顔をするエリエゼルに、口の端を上げて答える。
「イメージは地下フードコートだ」
そう告げると、フルベルドが首を傾げた。
「フードコート……聞いたことのない言葉ですな」
「まぁ、色んな店が囲むように壁側にあって、客は好きなところの料理を食べられるって感じだと思ってくれたら良いさ。複数人で出掛けたりしたら便利な場所だな」
「なるほど。色々な手法があるものですな」
感心するフルベルドに苦笑しつつ、俺も頭を捻る。
「ただ、沢山の店を用意なんてできないからな。真ん中に料理を並べていくバイキングスタイルの方が……いや、バイキングだと食い逃げが多発するか?」
「お金を取るのですか? 正直、あまりお金を持っているとは思えませんが」
俺の呟きにエリエゼルが困ったような顔でそう口にした。
「大丈夫。そこは有り得ないコストパフォーマンスを発揮するアクメコーポレーション企画のフードコートだ。凄い安さで提供できる。無一文の奴には一時間働かせても良いな。一時間で一食分。丁度良い」
そう答えると、エリエゼルは苦笑して頷いた。
「納得致しました。それでは、早速ダンジョン拡張の準備をしましょう」
「おう。今回はちょっと距離があるからな。掘り進めるのに時間かかりそうだ。店ができるのは明後日になるかな?」
「……時間が掛かる? 明後日にできるのに?」
エリエゼルは可愛らしい子供の姿で「解せぬ」と呟いていた。
【貧民街にできた看板】
人目を気にしながら、中学生から小学生ほどの子供達が表に出てきた。
「本当だって……あの壁を持ち上げられて……」
「嘘ばっかり。あんなの誰にも持ち上げられないよ」
「貴族の子供がいたなんて話も嘘っぽいよねぇ」
「嘘じゃないってば」
子供達は皆痩せ細っており、身なりは汚かった。何とかずり落ちずに着れる程度のボロボロの衣服に身を包み、子供達は周りを見渡す。
そして、一人の少年が真新しい看板に気が付いた。
「ねぇ、何かあるよ?」
「犬か猫か死んでたか!?」
「違うよ、看板みたい」
湧き上がりそうになった歓声が萎み、皆は面白くなさそうに歩いてくる。
「皮とか貼り付けてあったら食べられるんだけどなぁ……」
そう言って、一番背の高い少年が看板を見た。表に書かれた文字を読んでいき、少しずつ表情を変えていく。
「なになに?」
「早く読んでよぉ」
急かされるが、少年は無言のまま二回看板の文字を目で追った。
そして、呆れたような表情で顔を上げる。
「ここに、食堂を出すんだって……働く人を募集してるみたいだ」
「えぇ、ここに?」
「無理だよー」
口々に否定的な意見を言う子供達を見ながら、少年は腕を組んで考える。
ワイワイと騒ぐ子供達を眺めて「頑張れば皆のご飯くらい、盗ってこられるかも」と、口の中で呟いた。
感想欄で書かれている少年が文字を読める問題について…
まだ少年の設定も何か書いておりませんが、少年が貧民街で産まれたとも書いておりません。
ここで少年について書き出すのは変になってしまうかと思うので、また少年が登場する時までお待ち頂けると幸いです。