出店しようかな
皆様のお陰で二巻の書籍化作業進行中です。
ウスルの活躍が大幅に加筆されております!乞うご期待!
「貴族街に店を出さないか、だってさ」
「……今のところ出すつもりは無い……」
「そうだろうと思った」
ウスルの言葉に、フルーレティーが楽しそうに笑った。その様子を眺めるヤクシャと、歯を食い縛り過ぎて嚙み鳴らすスレーニス。
「生ビールをくれ!」
「少々お待ちを」
スレーニスの追加注文にナナが返事をする。
「酒だ……俺の味方は酒だけだ!」
「飲み過ぎると酒も敵になるぞ」
「俺に味方はいないのか……!」
ヤクシャの一言に項垂れるスレーニスを他所に、フルーレティーがウスルに問い掛ける。
「でも、有力で友好的な味方だからね。とりあえず何処かに三号店は出せないの? 一先ず経常利益が上がれば文句を言われないと思うけど」
「……主人に聞いておこう……」
「私も会ってみたいな」
「……それも聞いておこう」
「ほんと? やった。期待してるわよ?」
年相応に明るく笑うフルーレティーに、ヤクシャは目を細め、スレーニスは肉を親の仇のように睨んで噛み付いた。
フルーレティーの指にはミスリルの指輪が慎ましやかに光っている。
第三号店。
実は、すでにフルベルドに頼んで視察してもらい、候補地は絞り込んでいる。
貴族街とは反対側になる場所であり、ある意味で最も王侯貴族の目に止まらぬ地。
貧民街である。
王都の中でもかなり広い区画になるのだが、それでも人が溢れるほどの人口密集地だ。建物は古いものばかりでいつ崩壊してもおかしくない。
工業区や商業区に働きに出るものも多いが、無職の者や犯罪者の類も多かった。
そんな貧民街にはまともな商店や飲食店なぞ皆無である。何故なら、隙を見せたら商品を盗まれたり食い逃げされたりするからだ。
当たり前といえば当たり前だろう。
だが、そんな貧民街であろうと、俺ならば店を出せる。
「ふふふ」
寝室にて俺がそんなことを考えて笑っていると、エリエゼルが曖昧に微笑む。
「……まぁ、ご主人様。楽しそうですね」
「なんか含みがあった気がする」
そう言うと、エリエゼルは乾いた笑い声をあげて手を左右に振った。
「はは。そんなことありませんよ。それで、三号店の話ですか?」
「むぅ……まぁ良い。とりあえず、実際に貧民街に行ってみる。店のイメージはその後だ」
そう言うと、エリエゼルは口を手で隠して驚く。
「あら。久しぶりに小さいご主人様が見られるのですか?」
何処か嬉しそうなエリエゼルに、俺は不敵に笑ってから目を瞑る。
イメージするのはまるで人形のように均整の取れた小・中学生ほどの子供の身体。
手早く魔素を込めていき、形にしていく。
もはや手慣れたものである。陶芸家が茶碗を作るように滑らかに魔素を凝縮し、作り上げる。
目を開くと、そこには黒髪のイケメンとエリエゼルの姿があった。隣を見れば、小学校高学年ほどの美しい少女が眠るように目を瞑っている。
長い金髪と透き通るような白い肌の美少女だ。それを見て、エリエゼルが目を丸くする。
「二人分!?」
驚くエリエゼルに微笑を浮かべ、目を瞑った美しい金髪の少女を指差した。
「さぁ、入るが良い!」
俺の口から若々しく高い声が出た。
人でごった返した街中。
埃っぽいが、それもまた味わい深い。
「ご主人様、あの屋台気になりますね」
「えー? あの鞄屋みたいなやつか? 多分安物だと思うけど」
「見てみましょうよ」
「まぁ良いけどさ」
子供の姿になると思考も身体に引っ張られるのか、無邪気に街を観光するエリエゼルの姿があった。それに合わせているうちに自分も若干幼児退行気味な気がする。
「ほら、革がちょっと臭い。革じゃなくて皮だろ、これ」
「意味が分かりませんよ」
笑いながら、エリエゼルは買ったばかりの安物の鞄を肩に掛けてその場で回った。
「でもほら、可愛いです」
「……まぁ、そうね。臭いけど可愛い。クサ可愛い」
「もう、ご主人様ったら」
頬を膨らませてぷりぷりと怒るエリエゼルに苦笑し、俺達は徐々に行き交う人の少ない方向へと歩いていく。
少しずつ商人や冒険者の数が疎らになっていき、代わりに路上に座り込むボロボロの衣服の者達が現れ出した。
路地を見れば、薄汚れた子供や目つきの悪い瘦せぎすの男が目立つ。
「フルベルドが言っていた場所はもう少し奥だったかな」
「路地を真っ直ぐ歩いた所でしたので、もうすぐ着く頃かと」
そんな会話をしていると、左右に伸びる細い路地からぞろぞろと痩せた男達が出てきた。
「……随分とまぁお上品な坊ちゃんと嬢ちゃんだ。ここはお前らが来るような場所じゃねぇぞ。帰りな」
真ん中の男がそう言った。
「おや? てっきり身ぐるみを剥がされるのかと」
俺が無邪気な笑顔を貼り付けてそう言うと、男は舌打ちをする。
「……どんな酔狂か知らねぇけどよ。お前ら貴族だろ? 貴族の子に手を出せばこっちは面倒なことになるんだ。あいつらは俺達のことを区別無くゴミだと思ってるからな」
男の台詞に、俺は素直に納得した。
「へぇ。ちゃんと考えてるじゃないか。もうちょっと奥に用事があるんだけど?」
そう尋ねると、男は目を細めて舌打ちをした。
「馬鹿にしてんじゃねぇ。俺らみたいに甘い奴らばっかじゃねぇんだよ。何も考えてねぇ奴らから見たらお前らなんぞ良い獲物だぞ」
「馬鹿にはしてないよ。おじさん達は良い人そうだし、依頼料は払うから奥へ案内してもらえる?」
俺の台詞を聞き、男は口籠もる。
一切怖がらない俺達を怪しく思ったのか、男達は顔を見合わせて何か話し合いだした。
その様子を眺めていると、最初に声を掛けてきた男がこちらを見て口を開く。
「……金貨一枚だ。それなら良いだろう」
「ほい」
手渡すと、男は自分の手のひらの上で光る金貨を見て驚いた。
「……余程の家柄みたいだな。いや、詳しくは聞かないでおこう。こっちだ」
男はそう言うとこちらに背を向けて歩きだす。他の男達も一緒だ。その後を、俺とエリエゼルは付いていく。
店などが無いためか、目につく人は皆ボロボロの服を着た者ばかりになってきた。
と、その時、またも道を塞ぐように立ちはだかる男が現れた。目の下が落ち窪んだ、暗い雰囲気の二十代ほどの青年達だ。
青年達は俺達を見て、男達に視線を向ける。
「おいおい。おっさん達、なんでそんな子ら連れて歩いてんだよ?」
「金になりそうだから攫うつもりか?」
下卑た顔でそんなことを言う青年達に、男は半眼で小さく息を吐く。
「ほら見ろ、こんな輩がすぐに出てくるんだ。次から近付くんじゃねぇぞ」
男は俺達に横顔を向けてそう口にすると、青年達を睨んだ。
「ちょいと奥に用事があるだけですぐ帰るさ。通してくれ」
そう言うと、青年は目を細める。
「嫌だね。滅多にお目にかかれない上玉じゃないか。人質にしてたらたとえ貴族でも何もできないに決まってる」
「本当の馬鹿か、お前ら。貴族怒らせてタダで済むと思ってるのか? お前らは逃げ切る自信があっても他の奴らはそうじゃねぇんだよ。貧民街全体の問題になるだろうが」
「はぁ? 馬鹿はお前だよ、おっさん。こんな屑が集まった街に迷惑掛けるだのなんだの……死んだところで泣く奴なんかいるかよ」
そう言って笑い出す青年達に、男は溜め息を吐いて手を振った。
「悪いが、案内は此処までだ。金は返すから、振り返らずに走って帰れよ」
男はそう言ってこちらに貨幣を投げて寄越した。足元に転がった貨幣を見ると、それは銅貨だった。
「足りないけど?」
「寸前まで案内はしたからその分だけ差し引いたんだよ」
適当な言い訳をすると「早く行け」と手を振る男。俺は苦笑しながら銅貨を拾い上げ、指で真上に弾く。
空はもう薄暗くなっていた。
「そんなに近くなら、釣りを貰うよりそいつらを倒した方が早いな」
俺がそう言うと、男はこちらを見て目を吊り上げる。
「お前、冗談じゃ……」
男はそう言ってこちらを振り返り、固まった。隣を見ると、俺とエリエゼルとの間に大きな人影が立っている。
黒いコートと、つばの広い帽子を被った男だ。
「……後は、私にお任せを」
フルベルド・ヴァームガルデンはそう言って口の端を上げる。
※フルベルドさんは夕方以降なら起きてます。
夕方でも陽を浴びると火傷するので、基本的には陽の強い昼間は外に出ません。




