革命後
地下に降り、ドアを開けると鈴の音が鳴った。
「いらっしゃいませー!」
可愛らしい少女の声の歓迎を受け、私は足を踏み入れた。
優しく椅子やテーブルを照らすオイルランプの灯り。ごてごてと装飾があるわけでもないのに、高級感を感じさせる椅子やテーブル。その一つ一つが恐ろしく手が込んでおり、品がある。
「……私達の拠点の下にある店とはまただいぶ趣きが違うのね」
そう呟くと、ヤクシャが頷いた。
「確かに……しかし、私は普段利用してる店の雰囲気も好きですぞ」
「別に、あっちが悪いとは言ってないわ」
でも、こっちの店の方が可愛い。
口には出さないが、頭の中でそう言葉を続けた。
店の奥へと向かうと、冒険者の一団らしき人達がもう酒盛りをしていた。確か、今日は革命に協力した者達だけの慰労会だとかなんとか言っていたけど、あの人達も協力したのだろうか。
私は何処かで見たことがある冒険者達を横目に、一番奥の席に向かう。
長いテーブルをくっ付けて、囲むように私、ヤクシャ達親衛隊、スレーニスなどが座っており、他のテーブルに主要なメンバー三十人弱が座った。
「こちらメニューでございます。今回は全て食べ放題飲み放題となっておりますので、じゃんじゃん注文してくださいね」
可愛らしい少女がそう言った瞬間、男どもが下品な大声を張り上げて喜び出した。
まったく、男どもときたら、下品だし落ち着きが無いしスケベだし……。
私が眉根を寄せて自分の部下である男達を眺めていると、私の側に大きな椅子が置かれた。
「……邪魔をする……」
そう言って、あの馬鹿みたいな巨体の大男、ウスルが隣に座った。
「……どうも」
突然現れたため、思わずなんとも言えない挨拶をしてしまったが、ウスルは特に気にした様子も無く少女に自分の分の酒を頼んだ。
そういえば、このウスルという男だけは別な気がする。常に冷静で落ち着いており、あの恐ろしいまでの力を誇示することも無い。よく見たら顔も良いし、声が低くて渋い。
あ、目が意外と可愛いかもしれない。
「……今回は助かった……」
「えっ!? あ、え、ええ……しっかり報酬も貰ってるから大丈夫よ。むしろ、裏の世界では私達の暗躍はそこはかとなく伝わってるし、他の組織に対してこれでまた一つ差をつけることができたわ」
気が動転しながらも、なんとか取り繕ってそう口にすると、ウスルはゆっくりと頷き、背もたれに身体を預けた。
「いや、お嬢。これだけの大事を成したのですから、ここはグッと強気に出たほうが……」
私とウスルの会話を聞いていたのか、ヤクシャがそんなことを言い出した。
このウスル一人に壊滅しかかったのを忘れたのだろうか。
私はヤクシャを半眼で睨みながら、小さく溜め息を吐く。ヤクシャが言いたいことは分かるが、はっきりと力関係は示されているのだ。
自分達のトップが良いように使われているという姿は見たくないだろうし、部下たちの自尊心の為にも傍目からでも対等に交渉しているといった画を示さなくてはならない。
私は、ウスルが怒らないように気を使いながら、されど卑屈には見えないように薄い笑みを浮かべ、口を開いた。
「……そうね。元々の繋がりがあるとはいえ、貴族達や衛兵に嘘の情報を流したり、騎士団が動けないように遅延工作をしたり……中々大変だったわ。ああ、王城の地下通路の場所も私達が国王配下の騎士から聞き出したのよね……これだけ色々と手を尽くして、結果も十二分に出したわけだし……何か、特別な報酬とか無いの?」
私がそう言ってウスルを見ると、ウスルは静かに頷いた。
「……確かに、お陰で革命は成功した。その働きは十分理解しているし、元より、追加報酬は考えていた……」
ウスルはそう告げると、腰に下げた革袋に手を入れる。
「……手を出せ……」
「え? 手を?」
言われるままに手を出すと、ウスルの巨大な手が私の手を握る。
「えっ、えっ!?」
突然のことに驚く私を見もせずに、ウスルは私の手のひらの上に白銀に輝く見事な装飾の指輪を置いた。
その美しさに、私は惹き込まれるように視線を奪われる。
「……これ、もしかして……」
そう呟くと、ウスルはなんでもないことのように口を開いた。
「……ミスリルの指輪だ……」
「み、み、み、ミスリル!?」
「なんだと!?」
硬直する私の代わりに、ヤクシャやスレーニスが大声を上げて立ち上がった。
え、指輪ってそんな……。
混乱する私に、ウスルは再び革袋に手を突っ込み、次々と何かを出してきた。
「……これがミスリルの腕輪、イヤリング……後は、ティアラだ……」
ウスルは置く場所が無くなったと判断したのか、私の頭の上にティアラを無造作に置いた。
そして、また背もたれに体重を掛けて座る。
「……以上だ……足りない時はまた言え……」
ウスルが最後にそう言うと、ヤクシャもスレーニスもあんぐりと大口を開けて私の手と頭を交互に見た。
「……ぷっ、あはははは! た、足りないわけないじゃない!」
私は思わず噴き出してしまい、声を出して笑った。部下たちまで私を見ているが、我慢できそうにない。
「み、ミスリルをそんなオモチャみたいに……!」
そう言って笑いながらウスルの肩をバシバシと叩くと、ウスルは不思議そうな顔で私を見ていた。その顔を見て、私はまた笑う。
あぁ、面白い。こんなに笑うのはいつ振りだろうか。
ボスとしての威厳も何も関係無い。面白いから笑う。そんな単純なことが、物凄く嬉しかった。
【アイニ視点】
随分と楽しそうな笑い声が聞こえて顔を向けると、ガラの悪い男達に囲まれた若い女が、あのウスルの肩をバシバシと叩いていた。
「うっわ、怖……」
普通の人間とでも思っているのだろう。私なら絶対にあんなことはできない。
「……あの連中が、今回の王座交代劇の陰の立役者か」
対面に座るヴィネアが小さな声でそう呟くのが聞こえた。
確か、王都でも有名な奴らである。ナナというヴィネアの知り合いの少女に引き合わせられ、今回協力することになった相手だ。
実際には騎士団が動けないように工作するのを手伝っただけだが、数十人も出てくるとは思わなかったので驚いた記憶がある。
「それにしても、楽しそうにしてるね」
「あぁ、そんな連中とは思えないな。特に、あの女は」
無邪気に笑う女を見て、ヴィネアもそう言った。
「おい、お前ら呑んでるか!?」
「わっ!? や、止めろ酔っ払い!」
と、横から既に出来上がったグシオンが絡んでくる。酒を手に上機嫌にヴィネアの肩を抱き、ヴィネアに鼻を殴られている。
「い、いや、鼻はちょっと可哀想な……」
私は自分の鼻を手で押さえて背中を丸めた。鼻は痛い。涙が出るくらい痛いぞ。
だが、ヴィネアは気にせずにグシオンの耳を引っ張るという追撃を加える。
「今回は私とアイニが一番働いたんだぞ、グシオン。なんでお前が一番遠慮無く呑みまくってるんだ?」
「痛い痛い痛いっ!」
「せめて大人しく呑め、馬鹿者」
珍しくヴィネアが怒っている。まぁ、酔っ払ったグシオンが鬱陶しいのは分かるので止めないが。
「よし、私も呑もう。せっかくだし、この一番高いシャンパンを……」
そう呟くと、グシオンを叱っていたはずのヴィネアがこちらに顔を向けた。
「アイニ、私も頼む」
「さっきも同じの呑んでるじゃないの」
指摘すると、ヴィネアは眉根を寄せて頷く。
「普段は呑めないくらい高いからな」
意外とセコいエルフだ。
冒険者としての収入から見れば月に一回くらいは呑める価格であるのだが。
「……頼んどくよ」
「ありがとう」
まぁ、無料なんだから良いか。そう思い、私は最高級シャンパンを追加注文したのだった。
皆様のお陰で2巻の原稿に取り掛かっております!
ちなみに、四月締め切り、五月締め切りと、連続です!
寝る時間を削ってパソコンに向かっております!
あ、新作始めました!