イブリス登場
今日は少し短めです!
あ、今日といえば、社畜ダンジョンマスターの食堂経営が発売するらしいですよ!
もの凄い改稿頑張ったらしいですよ!
本当ですよ!
「時は来た」
緩やかなウェーブのかかった見事なプラチナブロンドの髪を揺らし、男はそう言った。年齢は三十代中頃に見える。整った顔立ちだが、頑固で実直そうな男である。
男は一目で質が良いと分かる真っ白な服に金の装飾が施された暗褐色の上着を羽織り、腰には金と銀をふんだんに使った直剣を差していた。
現国王の腹違いの弟、イブリスである。
イブリスは広い部屋の中で周りを見回し、十数人からなる男達の視線を受けて再度口を開く。
「皆、よくぞここまで我慢した。リセルス王国を想う皆には耐え難い日々だっただろう。今こそ、祖国を食い物にする暗君を座から引きずり下ろす機会だ」
イブリスがそう告げると、一同に会した貴族や騎士達が顎を引き、目を鋭く細めた。
イブリスはその様子を眺めると、顔を横に向けて口を開く。
「入れ」
そう言うと、左右を兵士に挟まれて一人の男が入ってきた。コルソン男爵である。
コルソンは自分に向く突き刺すような視線を受けながら喉を鳴らし、そっとイブリスへと歩み寄った。
「さぁ、語れ」
イブリスにそう言われ、コルソンは部屋に集まった者達の顔を横目に、口を開いた。
「……こ、今回のダンジョンの探索では、国王陛下の指示の下、宮廷魔術師五人と兵士千人を引き連れて挑みました。け、結果は、ひゃ、百人弱の兵士達が生き残っただけでした……」
コルソンの発言にざわめきが起きる。
「宮廷魔術師五人。生き残ったのは?」
「だ、誰も……全滅です……」
恐る恐るコルソンがそう答えると、何人かが立ち上がって怒鳴り声をあげる。
「なんだと!?」
「どういうことだ!」
怒鳴られたコルソンは思わず身を竦ませた。すると、イブリスは眉間に皺を作り、皆に顔を向ける。
「……コルソン男爵は国王に言われてやっただけだ。これまで、一部の貴族と結託してやってきた様々な横領や民への仕打ちも全て話してくれた」
イブリスがそう口にすると、貴族らしき男がコルソンを睨みながら口を開いた。
「イブリス殿下。発言をお許しください」
イブリスが頷くと、男は立ち上がって低い声を発した。
「そこの男は、これまで国王の手先として最も甲斐甲斐しく働いてきた者です。国王が気に入った大商人の娘を連れていくために、その商人を罠に嵌め、商人の家だけでなく関係する複数の民の家を破産に追い込んだこともあります」
男はそう口にして、コルソンを強く睨みつける。
「私は、信用すべきではないと思います」
男のその台詞に、同意する声が次々と追従する。その声の一つ一つを吟味するように目を瞑り、イブリスは押し黙った。
見る見るうちに顔色を悪くしていくコルソン。室内の空気は一気に緊張感を帯びていく。
そんな中、一人の老齢な騎士が立ち上がり、喋り始めた。
「……私が仕えた家も、国王の手により取り潰しとなりました。その男も一端を担ったことでしょう」
騎士がそう呟くと、皆が騎士に目を向ける。
「本当ならば、すぐさま剣を手に斬り殺しにいきたい……これまで我慢してきたのは、私の剣が奴の喉元に届き得ないと知っているからです。奴を殺すことができる、決定的な何かをその者は握っているのですか?」
騎士が静かに、されど重くそう尋ねると、イブリスはゆっくりと頷いた。
「ああ。これまでやったことの全てを話したのだ。既に一部の証拠も受け取っている」
イブリスがそう答えると、騎士はただ黙ってその場に座りなおした。それを受けて、他の者達も黙り込む。
「……その者が言っていた通り、現国王の座に座るあの男の力は強い。どんなに義を訴えたとしても、国王が我らを反乱軍であると断ずれば多くの兵が国王に付くだろう。そうなれば長い期間を要する内乱となり、国力は一気に落ちる。その上、確実に国王を誅することができるとは限らないのだ」
イブリスはそう言ってからコルソンに目を向けた。
「だが、今は違う。このコルソン男爵が持ってきた証拠を掲げ、堂々と王城へ踏み込むことができる」
皆の目がコルソンに向くと、コルソンは小刻みに震えながら何度も首を縦に振る。
イブリスは一同の顔を順番に眺めながら、口を開いた。
「今一度言おう。時は来た! 国王を、あの男を玉座から引きずり下ろす時だ!」
イブリスのその言葉に、怒号のような歓声が上がる。今までの怒りを解放することができる歓喜の声だ。その声に、コルソンは身体を震わせて身を小さくしていた。
地下食堂二号店。
倉庫街の地下にあるその店は、今日もガラの悪い男達で賑わっていた。
薄い青紫の長い髪の少女。少女という年齢ではないが、そう呼びたくなる小柄な女がテーブルに肘をついていた。
背中を丸めたまま溜め息を吐き、対面に座る男をジロリと見上げる。
「疲れたわ」
「……そうか……」
少女の言葉に、驚くほど大柄なその男は淡々とそう返した。少女、フルーレティーは面白くなさそうに男を見上げて口を尖らせる。
「とりあえず、言われた通り証拠は作ってきたわよ」
「……うむ……」
大柄な男、ウスルが返事をし、フルーレティーはますます不機嫌そうに溜め息を吐く。
「王の弟の情報一つで良くここまで色々と考えるわね? そろそろ主人とやらに会わせてくれないかしら。興味が湧いたわ」
フルーレティーが上目遣いでウスルを見上げるが、ウスルはそれを一瞥してから首を左右に振った。
「……ダメだ。主人は忙しい。今も事後処理に動いている……」
その返答に、フルーレティーは肩を竦める。
「そりゃそうよね。ある意味、この大国の情勢を裏で操っているんだもの。革命が成功したなら、それは間違いなくあなたの主人の力ね。手伝いをしてる私達だって信じられないわよ。そんな大事件に絡んでるなんて」
フルーレティーはそう呟くと、背もたれに身体を預けて両手を上にあげ、背伸びをした。
「ん……とりあえず、これでようやくゆっくり休めるわね。なんて、流石に気が早いかしら?」
フルーレティーがそう言うと、ウスルは口の端を上げた。
「……いや、問題無い。今日で国王は代わる……」
ウスルのその一言に、フルーレティーも悪戯っぽく笑みを浮かべ、席を立つ。
「そう。なら、私は帰って寝るわ。おやすみ」
「……ああ……」
フルーレティーが去り、店内の喧騒を耳にしながら、ウスルは独りで琥珀色の液体を口に流し込む。
その横顔を半眼で見ながら、アクメは小さく呟いた。
「あいつの方が陰の首領に見える……」
アクメの悩みはどうでもいいものだった。