三章:高揚感
藤二がカーニア、パドと共に港へ向かった頃。亮はというと狭く暗い物の中に隠れていた。
「おい、あの野郎どこいきやがった!?」
「まだ近くにいるはずだ、探せ探せ!!」
暗闇の中で、周囲から聞こえる物々しい足音と声を聞きながら、亮は声を殺していた。やがてその声が遠くまで行ったのを確認すると、ゆっくりと蓋を上げながら頭を出した。
樽の中から頭だけ出して左右を見て誰もいないことを確認すると、大きく深呼吸をしながら蓋を横に置いて体を起こした。
「っ…はー……ようやく行ったか~」
狭い樽の中でずっと籠っていたおかげで凝った足腰を伸ばす。
「しかし、ここはどこなんだよ…?気が付いたらなんか赤い絨毯の敷かれたでかい椅子のある広間にいるし、誰か来たかと思いきや侵入者とか言われて追い回されるし…」
そうぼやきながら周囲を見回す。食料の貯蔵庫なのだろうか、辺りには木箱や樽、麻袋に入れられた果物が所狭しと並べられていた。壁は灰色の石造りで、かなり分厚いように見える。
「それに、こういう感じってあれだよな。ドラ○エとかの城ン中みたいな」
ここまで走ってきた道中にも、時折壁に槍が掛けられていたり、国旗のようなものが掲げられていたりした。さらに内部は細い通路から広い通路まで入り組んで作られており、曲がり角がやたら多く作られている。利便性よりも襲われた時の対処を考えて作られているようだった。
とはいえ、そこまで詳しく亮は考えておらず、ただ城っぽいとしか考えていなかった。
「とにかく、こんな所早く逃げ出さないと。それに藤二のやつ一体どこに――」
樽から出ようと足を樽の縁へかけたところで、亮の動きが一点を見たまま止まった。その先は扉、そしてそこに一人の兵士が立っていた。赤く短い髪の前髪右側をピンで留めている、女兵士のようだ。
『…ぁ』
二人合わせて間抜けな声を出した直後、その女兵士のすぐ後ろから別の男の声が響き渡った。
「いたぞーーっ!!」
「わーーーーっ!?」
その声に弾かれる様に亮は叫びながら樽から飛び出すと、自分の入っていた樽を掴んで扉の前にいた兵士二人へ思いっきり転がす。
「うぉぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁ!?」
兵士二人は慌ててその樽を躱す。亮はその隙をついて二人の間を走り抜けると、城の通路を走り出した。
「逃げたぞーー!!」
「なんなんだよもーーー!!」
状況を全くつかめないまま、亮は城の中を迷走していくのだった。
一方、亮がそんな騒ぎに巻き込まれていることも知らない藤二は、カーニアとパドと共に月明かりで照らされた街道を馬車で進んでいた。
藤二は外の様子が気になり、荷台の後ろから少し身を乗り出して辺りを見回すと後ろには長く伸びた道と、だいぶ遠くになった山の影が見えた。そして周囲を見回すと草原が広がり、そこには先ほど遠目から見たウォルブと呼ばれる狼のような獣が近場で歩いているのが見えた。
「こいつら、襲ってこないのか?」
これだけ物音を立てて横を進んでいるにも関わらず、彼らはこちらを見向きもしない。先ほど山で隠れていた時は、十メートル程は離れているにも関わらず音に反応したというのに。
「ん?あぁ、これのおかげよ」
荷台によりかかっていたカーニアは、そう言うとパドの座る御者台のすぐ後ろにある円柱型の台座を指した。台座は荷台に打ち付けられて完全に固定されているようで、その上には留め具で固定された正立方体の形をしたキラキラと光る石が乗っている。
「これは魔除けの水晶。モンスターにこの馬車の存在を気づかせなくする旅の必需品よ。…まぁ、魔素の弱いモンスターに限るけど」
「へぇ…。その魔素って?」
藤二が尋ねると、カーニアは荷台によりかかるのを止めて座り直した。
「魔素というのは…まぁ簡単に言うと、モンスターとしての”濃さ”かな?」
「濃さ?」
「うん。モンスターというのはそもそも百年くらい前まではこの地に存在しなかった生き物なのよ。誰かが造り出した存在だと、今の研究では言われてる」
「造り出した…あんなゴブリンとか、狼――ウォルブとかを?」
「そそ。で、それらが野に放たれて子供を産んで、こんな数に増えたらしいわよ。”濃さ”っていうのは、その原初の魔物からどのくらい距離があるか、ってとこ」
それにしても増えすぎよねー、とカーニアは肩をすくめる。
山道で聞いたカーニアの話だと、ここは大陸から離れた小島らしい。しかしそこにもこれだけのモンスターが生息しているということは、大陸には一体どれだけの数がいるのだろう。
今までいた世界でもクローンの研究などは行われているようだが、それでも明らかに違う生物を造り出すことができるだろうか?
藤二の視界の端には、またウォルブの姿が映り、そしてそのそばにはゴブリンの姿も。二体は対峙する形で、どちらも臨戦態勢のまま攻撃の機会を計っているように見えた。
「(互いにそういう存在でも、やっぱり縄張りとか食物連鎖とか、あるのかな)」
「ところで君。実はかな~り気になってたんだけど」
「ん?」
不意に後ろからカーニアに話しかけられて藤二は振り向いた。
「もっと質問攻めにするとか、取り乱すとか、何かそうゆうの全然無くってむしろ怖いくらいなんですけど!?」
ビシッと音でも聞こえるような勢いで藤二を指さすカーニア。少し腕組みをして逡巡してから、藤二はそれに答える。
「えっと、あ、あぁ~…何ていうか…。たぶん、ゴブリンに襲われたショックでむしろ落ち着いちまったとか、かな?」
「なによそれ…」
カーニアは指していた指を下にへろんと垂れて、呆れたような顔をする。
「けど――」
そう言って藤二は、再び顔だけを草原へと向ける。人里が近づいているせいだろうか、モンスターの姿があまり見られなくなっている。
「どうしてかな。何か懐かしいっていうのかな…そんな感じもするんだよね」
「懐かしい…?それって――」
「門が見えてきました、もうすぐ到着致しますよ!」
カーニアの言葉を遮るように、御者台に座っていたパドが声をあげる。二人はパドの横から身を乗り出して進行方向へと目を向けると、道の先に左右を松明で明かりを灯した門が見えてきた。その左右には、人の大きさ程をした石の壁が闇の中で黒く伸び、四角く小さな港町を囲っていた。
「あれが港町?」
「そ。リーレンっていう小さな港町」
「あそこで捕れる魚はおいしいんですよ」
二人の言葉を聞きながら、改めてどんどん近づく港町を見る。門は閉鎖されているようで中の様子までは見えないが、仄明るく空を照らす光は、やわらかな火の光をしていた。つい数時間前までいたところではお祭りの時くらいしか見ない、生きた光だ。
それらを見ながら、自然と口元が緩んでいたことに気が付いた藤二は、それを確かめる様に頬へ触れる。
「(やっぱり、こういうのって好きなのかもな。俺)」
藤二は、異世界に突然来てなんで取り乱さないのかという問いに、先程答えた事とは別の答えを見つけていた。
「(たぶん、ワクワクして仕方ないんだ)」
小学生の頃亮と所狭しと”冒険”をしていた時のことを思い出していた。
自分の知らない新しい物に飛び込んでいく高揚感。この先には何があるのだろうと足を進めていく緊張感。高校生になり、普通の生活に浸っていた間ずっと感じていた不満。それがここに来て一気に解放されたような気がした。
この時、自分がどれだけ危うい場所にいるのかも知らずに。