『プラマイエンド』
ある日を境に、彼女は学校に来なくなった。
どうやら家の事で忙しいとの事だった。
自宅の部屋で横になっていると、先日引き取った子猫のラッキィがお腹に乗って鳴きだした。
「どうしたラッキィ」
鳴き止む事なく、何か訴えるような瞳が俺を見つめる。
同時に胸が騒ついたのを感じた。
「ラッキィ?」
俺は、
「...!!」
気付けば走り出していた。
理由はわからない。
ただ、嫌な予感がした。
汗だくになりながら辿り着いたのは彼女の家。
インターホンを押し、息を整えながら返答を待った。
ドアが開く。
「お兄ちゃん?」
そこに現れたのは、彼女の妹だった。
枯れた声に赤い目。
「お姉ちゃんは!?」
「そこの、大っきい病院」
それを聞き再び走り出した。
思い当たる大きい病院は、一つしかない。
そこに彼女がいる。
車を使えばいいものの、そんな事も忘れ、ただ無心で走った。
◯
病室で彼女は眠っていた。
どうやら過労で倒れたらしいのだが、思ったより衰弱していて危険な状態との事だった。
両親はすでに他界していて、一人で家族の生活費を稼いでいたみたいだった。
そんな事、一言も言っていなかったじゃないか。
少しやつれている彼女の手を取り、俺は強く握る。
「俺を不幸にするんじゃないのかよ」
記憶が巻き戻っていく。
どんなに不幸でも、常に彼女は彼女らしくそこに存在していた。
笑えば俺まで幸せを感じた。
泣いたとこなんて見た事がない。
強くて、真っ直ぐで、誰よりも思いやりのある奴だった。
思い出す。ある日の彼女の台詞を。
「知ってる?幸せも不幸も、最後にはプラマイゼロになるのよ」
「そんなのありえない。人それぞれに決まっているだろう」
俺はその言葉の本当の意味を、実は知っていたが言わなかった。
あまりにも彼女には残酷だったから。
【死んだら誰だってプラマイゼロだ】
「俺が否定してやる」
こんなの俺が許さない。
「持っていけッ...俺の幸せ、全部__」
◯
彼女は一命を取り留めた。
でも、一向に目を覚まさなかった。
彼女の家族は俺の家で預かり、一緒に彼女の目覚めを待っている。
あれから三年、俺は医師を目指し大学に通っている。
今までの幸運は一般レベルに低下したが、持っている才能は確かだ。
今やトップの成績を誇っている。
「今日も寄っていくか」
俺は暇さえあれば病院に通っていた。
少しでも幸運を分けてやりたいと、非科学的な事を繰り返している。
しかし、『光子の非局所性』と言って、人の選択が他所に影響を与えるというのが証明されている。
要するに『運命論』の否定である。
俺は、この運命を変えようと、変えれると信じて動いているのだ。
病院の外、空を見上げる。
「...え?見間違いか?」
屋上に見える人影。
俺は走り出す。
◯
屋上のドアを開ける。
晴天の中、気持ち良さそうに背伸びをする彼女がいた。
「あっ!おはよう!」
「おはようじゃ...ねーよ」
長く伸びた髪が風でなびき、筋力が低下しているからかよろける身体___
「危ない!!」
__を、俺は抱き支える。
驚いた表情の彼女は、吹き出すように笑った。
「あっはっは!大きくなったんだね」
「あれから三年だぞ、バカ」
いつからこんなに彼女の事が、愛おしくなったんだろうか。
不思議でしょうがない。
「ラッキィは元気?」
「あぁ、元気だ」
「もう大学生?」
「医学部だ」
「頭良いんだね」
「そうだ」
「いっぱい話したい事があるよ」
「俺もだ」
彼女の言った事は、確かに正しかったのかもしれない。
「なぁ」
きっと俺たちならちょうどいい。
「俺がやった幸運全て____」
俺たちじゃないと釣り合わない。
だから、
「____俺に返してくれないか?」
俺を不幸にさせてくれ。
「あっはっは!えーっとね〜、」
彼女は笑って、
「私も付いてくるけど、いい?」
幸せそうに、そう言った。
完結
これで完結でございます。
なかなかチープで申し訳ない。
その後、彼女達はどうなったのでしょうかねぇ〜。
まぁ、きっと幸せでしょう。
ではではこれで、また会いましょう!