『幸運な俺』
その日は雨が降っていた。
自宅から学校までの間をリムジンで移動していると、ずぶ濡れになっていた彼女を発見したので、運転手に声をかける。
停車した車の窓を開け、呼びかける。
「お前傘はどうしたんだ?」
「高級車が停車したと思ったら、あんただったのね。傘は...忘れたわ」
「そうか、それは残念だったな」
そう告げ、再び車を走らせる。
「ちょっと!ここは乗せてくれるシチュエーションじゃないの!?」
後方から聞こえてくる叫び声をスルーして、欠伸をし横になる。
「眠い」
そしてそのまま眠りについた。
学校に着くと、傘をさしてくれる運転手の執事に連れられ校舎に入る。
教室に向かおうとすると、執事に傘を二本渡された。
「帰りは来れないのか?あと二本も傘は要らないぞ」
「いえ、今日は歩いて帰るのがよろしいかと」
執事はにこやかに、意味深な事を言って去っていく。
「良い友達が出来たのですね」
「?」
去っていく執事の先に、走ってくる彼女が映る。
怒りで満ちている彼女の矛先は明らかにこちらに向いているが、知らんぷりして教室に向かう。
「待ちなさい!バカ、アホ!」
俺にタックルをかまそうと突進してきた彼女だったが、水で足を滑らせ廊下を転げ回っていく。
俺の足元でバタンキューしたので、声をかけてやった。
「大丈夫か?」
「そう見えるかしら?」
愚問だった。
どっからどう見ても、そうは見えなかった。
◯
帰り道、下駄箱付近で準備運動をする彼女を見つけた。
何をしているのだろうかと疑問に思い、声をかける。
「何してんだ?」
「何って、走って帰ろうとしてんのよ」
なるほど。
意味が分からない。
「意味が分からない」
「声に出てるわよ」
そういえば執事が傘を二本渡してくれていた。
じゃあこの傘は、彼女に対する気づかいで持たせてくれたのだろう。
優秀な執事だが、余計なお世話である。
忘れてきた本人が悪いのだ。
濡れて帰るのは当然である。
しかし、受け取ってしまったのはしょうがない。
「傘余ってるから、使えよ」
「え?いいの?!」
「執事が持たせてくれた」
「さすが、優秀ね」
「だろ?」
傘を一つ渡して、歩き出す。
そういえば、彼女の家は俺の家の道中にあった気がする。
そこで傘を回収すればいいだろう。
そう思った時、強い風が吹いた。
「ぎゃあああああ!!!」
奇声とともにひっくり返る傘は、そのままバキバキに骨を折っていく。
結構風に強い傘なのだが、どうしたらこんな事になるのだろうか。
涙目の彼女は申し訳なさそうにこちらを向き、謝罪した。
「今度、弁償します」
「これ数万するけどな」
「〜〜〜〜〜〜!!」
もはや声になってなかった。
◯
壊れた傘をなんとかたたみ、濡れながら歩き出す。
しかし、これでは執事の気づかいが無駄になってしまう。
仕方なく、片側のスペースを譲る。
「入れよ。濡れるぞ」
「...ありがと」
つくづく不幸な奴だ。
そう思いながら彼女を見つめる。
何故こんなに真っ直ぐに生きていると言うのに報われないのか。
自分の幸運を分けてやりたいくらいだ。
「...そうか」
そう、分けてやればいい。
間接的に、出来るかわからないけど。
「どうしたの?」
「まぁ見てろ」
傘を投げ捨てる。
このままでは俺はずぶ濡れになってしまうのだが、
「嘘でしょ?」
曇り空が真っ二つに割れ、青い空が顔を出す。
ここ周辺だけが晴れ、虹が現れた。
なんだ、やれば出来るもんだ。
捨てた傘を彼女は拾い、俺に渡そうとしてくる。
「やるよ。俺がまた持つと雨が降る」
「あんたは何者よっ」
再び歩き出し空を見上げる。
どうして俺はこんな事をしたのだろう。
改めて考えると不思議だった。
俺は今まで、誰かのために動いたことがあっただろうか。
記憶を探っていると、彼女が声をあげ走り出す。
「無事だったねぇ〜」
彼女は地面に落ちていた傘を拾い上げると、そこにいた子猫をダンボールの中から抱き上げる。
帰り道、急いで帰ろうとしていたのは、この猫を気にしていたからだろうか。
「だから傘無かったのか?」
「何の事かしら?」
惚ける彼女は、無邪気に笑う。
それだけで、さっきまでの疑問はどうでもよくなった。