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百鬼夜行

いつもありがとうございます。

 定食屋で夕飯をたべてかえると、すでに夜はふけ、辺りは真っ暗であった。

 沢田さんの息子さんが見つかったということで、小さなアパートの前には、マスコミが押しかけていた。

 どうしたものか、と、電柱の前で音無氏と立っていると、201の田室さんがおいでおいでと手招きした。

「凄い騒ぎになっていますね」

 音無氏がそう言うと、田室さんは、金歯をみせながらニカっと笑った。

「午後からすごいことになっているよ。あたしゃ、もう、五回も取材された」

 どこか誇らしげに、田室さんはそう言った。

「あんたたち、訳ありだろう? テレビとか映ったらまずいンじゃないかい?」

 田室さんは訳知り風にニヤニヤと笑った。

 どう答えたらいいのだろう? と、私は戸惑う。

「いまどき、一つ屋根の下で男女が生活するのに、兄妹だなんて、見え透いた嘘をつくなんて、訳ありとしか思えないだろう?」

「兄妹に見えませんか?」

 音無氏がそう言って、苦笑した。

「兄妹だったら、そんなに『魂』のいろが違うわけないだろうよ?」

「魂のいろ?」

 なんのことだろうと、私は音無氏を見上げる。

「魂のいろが、お判りになるので?」

 音無氏の言葉に、田室さんはニヤリと笑った。

「長年、生きているババをなめるでないよ」

「かないませんねえ、田室さんには」

 音無氏はもはや、田室さんに逆らう気はないらしい。

「そうです。俺たちは、兄妹ではありません」

 あっさり認めると、私の腰を急に抱き寄せた。

 展開についていけず、私は顔が真っ赤になった。

「実は、かけおち中です」

「なるほどね、若いって良いねえ」

 いや、一般的には、若くない年齢です。と、言いたくなったけど。

 しかし、これ以上、嘘に嘘を塗り固めたら、どちらの方角に行くのか、もはやわからない。

 なんだか、不安になってきて。

 音無氏に腰を抱かれている状況を、嫌と感じることもなく受け入れている自分に気づく。

 この状況はマズイ。こんな美形に心惹かれても、苦い思いをするだけである。

 私は、深呼吸をしながら、『これは仕事』と自分に言い聞かせた。

「よっしゃ。あたしが、引きつけておいてあげるから、あんたらは、うまいことかわして行きな」

 田室さんは胸を叩く。

「昨日はすまなかったね」

 彼女は私に向かって、小さく呟いた。


 田室さんのファインプレー? で、私たちは、誰に止められることもなく階段を昇り、扉へとたどり着いた。

ふと見れば、202号室の新聞受けに、相変わらず、新聞の夕刊は配達されたままだ。

 私がそれを指摘すると、音無氏は「ああ」と頷いた。

「裏野ハイツの大家は、裏野セツという婆さんでね。いまは長患いで病院に入院している。数年前までは、入居者の管理を自分でしていたようだが、最近は、不動産会社に丸投げみたいだ」

 彼が、パチンと指を鳴らすと、アザミさんがガチャリと扉を開いた。

 ほぼ、自動ドアである。一家にひとり、式神様だ。

 しっかり空調も効いていて、快適である。明かりがついていない部屋の中で、アザミさんの身体がわずかに燐光を放っていて、彼女が「ひと」でないことをしめしている。

 音無氏が、電灯のスイッチを入れると、アザミさんの身体にまとっていた光は見えなくなった。

「少なくとも、今、住んでいる住人は、水道光熱費や家賃の支払いが滞ったりはしていないようだ。ただ、どんな人間が住んでいるのか、たぶん、大家である婆さんも把握していないだろう」

 音無氏は苦笑して「婆さんから見たら、俺も相当、アヤシイ住人さ」と、続けた。

「202号室の人間は、会ったことはないが、何らかの手段で金を稼いで支払っていることは、間違いない」

「……昨日の夜、壁の向こうで音がしたような気がしたのですけど」

 私は、アザミさんが出してくれた座布団の上に座った。

 音無氏は、首を傾げる。

「202号室の人間が、昨日、君を襲った怪異と関係があるのかどうかは……よくわからないが、術者ではあると思う」

「術者?」

「拝み屋ってこと。まあ、俺とご同業さまってことかな」

 なんでも、結界をやぶろうと試みたことがあったらしいのだが、上手くいかなかったらしい。

「龍治さまよりお相手が上、というわけではなくて……たぶん、このアパートのせいだと思いますが」

アザミさんが口をはさむ。

「そういえば、磁場がどうとか?」

「ああ。なんというか……もともと霊的なものが集いやすい場所でね」

 さて、と、音無氏はそう言って、私が開くことが出来なかった桐箱に手をかけた。

 箱は、あっさり開いた。

 中には、麻ひものようなものが入っていた。

「何ですか、それは?」

 私の質問に、音無氏は笑った。

「今は、見ての通りのただのひもだよ。昨日の晩で、悪霊退散のしゅは使ってしまったからね」

 音無氏はひもで床にぐるりと人が二人くらいはいれる大きな輪を描いた。

「有野さん、髪の毛をちょっとだけもらえるかな?」

「え、ええ」

 音無氏は取り出した人の形をした白い紙に私の名前を書いて、髪の毛を載せ、目を閉じて、ふうっと息を吹きかけた。

「え?」

 私そっくりの人間が現れた。私もどきは、そのまま、ベッドに腰かける。

「有野さん、俺と一緒に、この輪の中に入ってくれる?」

 音無氏にうながされ、私は音無氏と一緒に先ほどの輪の中に入った。

 パチン。

 音無氏の指がなり、アザミさんの姿が消える。

「何があっても声を出さないで」

 音無氏はそう言うと、胡坐をかいてじっと私もどきに目をやった。

 私は、音無氏の隣に正座をする。

 時計の針だけが響く、静寂の中で、私もどきは、手にした本をパラパラとめくり、大きく伸びをした。

 どれくらいたったのであろう。

 突然、背中がゾクリとした。肌がざわざわとしたものを感じ、ガタンと大きな音がした。

 天井がミシミシと揺れ始め、私もどきの動きが止まる。

 部屋にたくさんの異形のものが現れ、私もどきのまわりをくるくると踊りはじめた。

 イヌのようなもの、魚のようなもの。鳥のようなもの、それら、すべてが、楽しそうに踊り狂う。

 どこから来るのか。どこへ行くのか。

 彼らは、次々にやってきて、私もどきのまわりをまわって、どこかへと消えていく。

 やがて。揺れ続ける天井から、黒いシミが滴るように垂れ下がって、ひとの姿を取り始めた。

 あの男だ。

 痩せた男は、ベッドに座っていた私もどきを押し倒した。

 はあはあ、と、いやらしい呼吸をしながら、私もどきの服をはぎ取って、その体にのしかかる。

……これは、かなり嫌な図だ。

 いくら自分じゃない、とはいえ。自分そっくりの人間が襲われているというのは、吐き気がする。

『縛』

 音無氏は、おもむろに符を取り出して、男めがけて、投げつけた。

 符は、男の背中にピタリと張り付き、男の動きが止まる。

臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前


 音無氏は、両手で印を結んだ。

 ぐわっ

 まばゆい光が生まれて、男の身体が光に溶けていった。

 それを見ても、異形のモノたちは、踊りを止めない。

「ごめん。嫌な想いをさせたね」

 音無氏はそういって、私の肩を抱き寄せた。

 その広い胸に思わず顔を埋めかけて、私は慌てて身を離した。

 このまま、甘えてしまったら、気持ちに歯止めがかからない。

 天井と窓はまだ、音を立てている。

 私もどきはベッドに乱れた服装で倒れていた。

 もう動かないのか、動けないのかわからないが、ふたつの乳房は、むき出しにされていて、乱されたスカートから太ももが丸見えである。

音無氏は表情のない顔でそれを見て、ついっと指を振った。

 すると、ふっと私もどきは消えて、白い紙がふわふわと宙に舞った。

 本人のものではないけれど。

 裸をみても、何の感情も示さない音無氏の姿にチクリと胸の奥が痛んだ。

「百鬼夜行はまだとまらないな」

 音無氏はそういって、異形のモノたちの踊りを見る。

「冥界の扉が開いているな」

 音無氏は眉をひそめた。

「誰かが、意図的に開けている」

 音無氏は、パチンと指を鳴らした。

「ついていけ」

 アザミさんが現れて、異形のモノたちの踊りの行列に加わった。

「俺は行くけど、有野さんはどうする?」

 どうするって……。

 ついていかない場合は、ここに残ると言う意味だろう。

 どうやら、この輪の中にいれば安全は確保されるらしい……けど。

 たったひとりで、この状況下で平気でいられるほど、私の神経はずぶとくはない。

「……いっしょにいきます」

 私がそう言うと、音無氏は私の手を引き寄せ、自らの腕に絡ませた

 私の胸がまたドキリと勝手に音を立てる。

「絶対に、俺から離れるな」

「はい」

 状況的には、全く色っぽい状態ではないが、恋人のように腕を組み、私達は玄関を出た。

 二階の通路を、異形のモノの行列が踊りながら歩いている。彼らが、向かう先は、201号室だ。

 201の玄関は、アザミが開けたのであろう。開いていた。

 部屋の照明は消えていて、異形のモノたちの放つ、淡い燐光が弾けては散っている。

 玄関をのぞくと、洋室に置かれたベッドのそばに蝋燭が灯っていた。

 異形のモノたちは踊り狂いながら、洋室のベランダのほうがくにある、黒々とした渦に向かっている。

 渦の中心には、青白い光の帯があって、異形のモノたちは、その光の帯の上を進んでいるのだ。

 部屋の中に入ると、ベッドには田室さんが寝ている。

 蝋燭のそばには、なにかの紋様の描かれた紙と、ボロボロの写真が一緒におかれていた。

「田室さん」

 音無氏が小さく呟いた。

 音無氏の視線の先に、田室さんがいた。小さな子供と手を取って嬉しそうに踊っている。

 踊り狂うモノたちといっしょに、無邪気に笑い、娘のように軽やかに踊る。

 私はギュッと音無氏の腕を抱きしめた。

 田室さんは、私たちに気が付いたようだった。

 にこやかに笑みを浮かべ、くるくるとこっちへとやってきた。

 小さな子供は、踊りの列の中で、踊りながら待っているようだ。

「行かせてくれるのかい?」

 田室さんは音無氏にそう言った。

「昨日も邪魔するつもりはなかった。彼女が色情魔に襲われなければ」

 田室さんはニカッと笑った。

「あれは、悪かったよ。でも、このお嬢さんが来てくれたおかげで、ようやくに道が開いた」

長年の夢がかなった、と、私に頭を下げる。なんのことだかわからない。

「しかし、音無さん、お嬢さんをひとりにするのは不用心すぎるんじゃないかい?」

「反省はしている」

 音無氏は、そう言って肩をすくめた。

「田室さんは、どこへ行くの?」

 私は、思わずそう口にする。

「孫のところさ……ようやく行ける」

 田室さんは本当にうれしそうに笑った。

「そうそう……202号室の八代やしろさん。あたしがいなくなると、『オサエ』がきかなくなるかもしれない」

「誰かの干渉があるとは思っていましたが、あなたでしたか」

 音無氏がそういうと、田室さんはすまなそうに「そういう契約でね」と肩をすぼめた。

 じゃあ、幸せにね、と、いって、田室さんは踊りの列に戻っていった。

 くるくると踊る異形のモノたちと一緒に、光の帯を歩いていく。

「部屋へ戻ろう」

「このままですか?」

 音無氏は黒い渦のなかへと消えていく異形のモノたちに目をやった。

「もうすぐ、冥界の扉は閉じる――俺たちのすることは何もない」

 私達は、玄関を出た。

 踊る百鬼夜行は、終わりを告げたのか。

 夜の闇だけがそこにあった。

 私は、ずっと音無氏の腕を抱きしめていたことに気がついて、慌てて手を離した。

 あまりに、異常なことがありすぎて、すっかりその温もりにすがりついていたけれど、私と音無氏の関係は、本来、ビジネスであって。この裏野ハイツを出たら、なくなってしまう関係なのだ。

「アザミさんは?」

 私は、彼女を捜すふりをしながら、音無氏から距離を置く。

 胸のドキドキも、悟られたくなかった。

「ああ、アザミ? 呼べば来るけど、どうかした?」

 音無氏は、首を傾げながら、私を見る。

「え? あ、なんとなく」

 私は気まずい気持ちを隠しきれず、ずんずんと部屋へと向かった。

 ザワッ

 刺すような冷気が首筋に走った。

「有野さんっ!」

 音無氏が叫ぶ。

 ガシッと、202号室の扉から手が伸びて、私をグイッと引っ張った。

「え?」

 次の瞬間、私は泥の中に引きずられるように強い力で、暗闇の中に落ちていく。

 遠いどこかで、音無氏が私を呼んでいたが、私は……意識を手放していた。



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