表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
掌編集2 心マルチプル  作者: 石屋 秀晴
9/21

くずの神様

 90年代つったらお前なんか、まだほんのガキだったんだろうな。

 でも名前ぐらいなら知ってんだろう。オーファル・キングってラッパーがいたよな。ツアー中のステージで、狙撃されて死んだ奴。

 あれをやったのは俺なんだ。


 当時は本当に、エラい人気でね。どこ行ってもO・Kばっか回ってた。それで俺も名前だけは知ってたが、顔は知らなかったんだ。

 だからあいつ本人から、「ステージの上で合図を出すから、その瞬間におれを殺してくれ」って依頼されたときも、正直眉唾だった。

 じっさい、ただの気弱そうな兄ちゃんだった。いい服着て指輪だのジャラつかせてたけど、あれは裸で震えてる奴の眼だったよ。

 でもさすがにカリスマってやつかな、当日のパフォーマンスじゃ別人だった。仕事で来てる俺でさえ鳥肌がたつ位に。

 リリックっていうんだっけか? あの、歌詞。出だしのところ、まだ覚えてるよ。


 行きたいところがねえんなら

 俺の車に乗ってこい

 道に迷ったことはねえ

 着いたところで楽しくやるだけ


 ただ俺はあいつの言う、殺しの合図ってのを見逃すわけにはいかない。迅速に仕留めなきゃならない。俺は安定剤を噛んで合図を待った。

 今思うと、あの日のあいつはヤケに楽しそうだった。火の玉みたいだったな。死ぬことを決めた奴ってのは、みんなああなるもんなのかもしれねえ。口がよく回ってた。

 でも、ステージが始まって二時間経った頃だ。あいつの足が急に止まった。何も音がしなくなった中で、煙草を出して喫い始めた。

 会場も静まり返っててな。何事だろうって固唾をのんでるのよ。

 俺はそのとき、会場の一番後ろの、投光機の脇にいた。でもマイクも通してないジッポーの音が、俺のとこまで届いたよ。

 しばらくしていきなり、くわえ煙草のメシヤみたいに両腕広げて、あいつが叫んだ。

「おれは絶対に、ここから降りねえ!」

 って。

 合図だ。

 俺は確信した。一発で額を撃ち抜いた。あいつは倒れて、客席からは靴の裏しか見えなくなった。

 その後、肺の息が押し出されたんだな。煙草の煙が口から、魂みたいに抜けたんだ。

 見事だった。あいつは多分、くずの神様に拾ってもらえたんだろうな。


 はは。なんだそりゃって顔してんな。

 いるんだ、きっと。俺たちみたいなくずを拾わずにいられない、趣味の悪い神様が。出来の悪い子ほどかわいいって、言うじゃねえか。

 まあ、死んじまう当人にとっちゃ、どっちでもいいんだがな。

 死後の生とかよ。うんざりだ。


 ああ、まあ、いろいろ言ってきたが。

 いいか、お前は次世代の主力だ。将来を期待されてる。悪い話なんか誰もしないだろう。

 でもな、よく覚えておけ。

 この世にはな。上がったきり、自分の意思じゃ降りられなくなる階段ってやつがある。

 O・Kも俺もそうだった。駆け上がってくてめえの足が、どうにも信用ならなくなっちまったときにはお前、用心しなよ。



 さて。汐時だ。


 やってくれ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ