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掌編集2 心マルチプル  作者: 石屋 秀晴
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四十九日

 上だけを見て散歩をするのだ! と言って僕はさおりを連れ出した。

「なんでさ」

 さおりはそう言ってかなり迷惑そうではあったけど、おまえが最近下ばかり見てるからだ、とは言う訳にもいかず、いいからいいからと、強引にひっぱり出したのだ。

 首がダルい。鼻の穴丸見えで恥ずかしい。足元が見えないと不安。転ぶ。車にひかれる。通報されそう。

 さおりは次々と不満を述べたてる。

 でもそのくせ僕が「斜め四十五度!」という号令をかけるたびに、はっとしたように顎を上げるのだ。

 僕はつい笑ってしまった。

 怒られるかと思ったが、さおりもつられて笑顔になった。


 そうして近所をぶらぶら歩いていると、

「何あれ!」

 さおりが何かを指差した。

「おっ?」

 僕も思わず声を上げる。

 前方に建つ何の変哲もないビルの上に、立派な家が建っている。

 屋上にプレハブを置いてるビルならば珍しくもないが、それとは規模が違った。屋敷と表しても違和感のない、庭付きの一軒家なのである。

「ウチよりでかくない?」

「でかい」

「こんなのあったんだー。知ってた?」

「いや、ぜんぜん」

「だよねー。近所なのにねー」

 へー、へー、としきりに言いながら、さおりはその屋上の家をしげしげと見つめている。首はダルくないのか? と訊こうかと思ったが、やめておいた。


 上を見て歩こうなんて、単なる僕の思い付きでしかなかった。

『上を向いて歩こう』とか、たぶんそういう歌の影響で口走ってしまっただけだ。

 けど実際やってみたら、驚くほどたくさんの発見があった。

 家々の間がこんなにも電線や電話線で埋め尽くされてたなんて知らなかった。

 ビルの窓拭き用ブランコに跨ったまま、おにぎりを食べてるお兄さんを見た。

 ベランダでシャツを着たまま乾布摩擦しているお爺さんに、二人してツッコミを入れた。

 音もなく飛んでいた飛行船にも、きっといつもなら気づけなかっただろうと思う。


 下ばかりを向いていたのは、僕も同じだった。

 空を見上げることなんて、そういえば信号待ちの間とか、雨が降り出したときぐらいだった。もしもUFOの大船団が東京を訪れても、僕はテレビを見るまで気づかなかったかもしれない。

 ひたすら斜め四十五度に目を据えて歩く僕ら怪しい二人組は、住宅街を抜けて川辺に出た。

 するとさおりは真上にまで視線を上げて、

「町が消えちゃった」

 と言った。

 僕も真似して、視界のぜんぶを空にしてみた。

「空って広いな」

「広いね」

 それきり僕らは黙った。

 いっそのこと寝転がってしまえばとも思ったけど、両足をしっかり広げて大地を踏むのも、それはそれで気分がいいものだと知った。


「お兄ちゃんごめんね」

 さおりが言う。

「お母さんに、しっかりしろって言われたのにね」

 その声が涙声だったから、僕はわざとさおりを見ないようにした。

「俺頑張るよ。お袋の稼ぎにはほど遠いけど」

「あたしも。しっかりする」


 そうして僕らの母親の四十九日は、滞りなく済んだのだった。


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