うへへ……って感じ
これは……これも行き当たりばったりです
「……ふぅ。やっぱり、ほうじ茶が一番好きだ」
どこかの道場であろうか。
練習場の中央に座布団を敷き、そこへ正座しながら湯のみに両手を添え、茶をすする人、一人。
腰まで伸ばされた黒髪を後ろで水色のシュシュを使い一つに纏め、シンプルな作りである黒一色の袴に身を包んでいる。
顔の作りは十人に問えば八人が女と答え、残りの二人は悩んだ末に女と答えるほど。
だが、彼はれっきとした男である。
その考えに至る一番の原因は何かと問われれば、少ない意見では華奢な体格もある。だが、ほとんどのものはタレ目であると答えるだろう。さらには右目の下に泣きぼくろがあることもまた、一役買っている。
しかし、それは彼自身"だけ"を見た場合である。
周りの景色も含めて彼を見ると、今現在も茶をすすりながらニコニコと笑みを浮かべている姿は異常であると分かるだろう。
「いい眺めだけれど……匂いはいらないなぁ……」
壁、床一面が血塗られており、人だったものが肉塊となってあたりに散らばっているが、彼を中心に半径二メートルのサークル内だけ、血や肉片が一切ない状態であった。
おそらく血肉となったものたちは本来、今頃はここで掛け声を出しながら稽古をしていたのであろう。
ただ、彼がここにきたことが不運なだけであった。
「…………」
ゆっくりとした動作で懐から布を取り出し、血で汚れている床の上へと放る。
右手の指を五本使い、湯のみを上から掴むように持ち替えて立ち上がり、その場から移動して布の上へと片足でつま先立ちする。
「…………」
そのすぐ後。
先ほどまで彼が座っていた場所に白い光を放つ魔法陣が表れる。
黙ってそれを見ていた彼だったが、さらに一際強く魔法陣が輝いた瞬間。袖の中から手榴弾のようなものを取り出し、ピンを抜いて魔法陣の中にある座布団の上に乗るように投げる。
――ボフッ
うまく座布団の上に手榴弾のようなものが乗った音を最後に、部屋一面を白い光が埋め尽くし……光が収まると魔法陣の上にあったものがすべてなくなっていた。
部屋一面を白い光で埋め尽くされたと同時に目を覆っていた彼は、光が収まった道場内を見回し、座布団。加えてその上に乗っていたものも消えたことを確認すると、何も知らなければ惹きつけられるような魅力を含んだ笑みを浮かべる。
やることもやったとばかりの満足顔をし、戻ろうかと彼が足に力を込めた瞬間。
先ほどと同じ場所に黒い光を放つ魔法陣が表れる。
「……ほう」
足に力を込めた状態で動きを止めていた彼は、それを見て目を細めた。
そして数瞬の間を思考した後、面白そうだとばかりにその魔法陣へと自ら入っていく。
☆☆☆
一瞬の浮遊感の後。瞬きをするとすでにそこは道場内ではなく、黒い空間にいた。
どこを見回しても黒一色であり、光などないはずであるのに自身の姿は見える。
それに足場があるかもよく分からないが、しっかりとその場に立っている。
ここへ来て……いや、飛ばされてから何も起こらない。
ふと、後ろを向いてみた。
「……あ」
「やべっ、以外と気づくの早い」
ただなんとなく。後ろを振り向くと七人の男女、一頭のロバがいた。ただ、七人と数えたけれど……数え方が人であっているのか分からない。
人の形をしてはいるものの、ツノが生えてたり翼生やしてたり。尻尾も生えているな。
「…………ねえ、アスタロト」
「はい、何で…………しょう、か?」
明らかにこの場ではいるのが不自然な動物がおり、一つの可能性に思い至った。
たまたま覚えていただけで、本当かどうかの信憑性もあまり高いものではなかったが……ドンピシャだったとは。
名前を呼ぶと、ロバは素直に頷きながら返事をしてくれた。
話している途中で失態に気がついたのか、ロバの顔で器用に顔を歪ませている。
…………ずっと見ていると気持ち悪い。
「…………わ、我が名はアスタロト! 皇帝ルシファー、君主ベルゼビュートにならぶ地獄の支配者の一人――大公爵であるぞ!」
その気持ちが通じたのか人の形へと姿を変え、自己紹介を始めた。
見た目はぺったんこ美人である。
肩より長い黒がかった緑色の髪はクシャクシャ……フワフワ? しており、黒を基調としたフリルのたくさん付いているドレスに身を包んでいる。
だが残念。フリルで多少誤魔化そうとしているのかもしれないが、壁は突き詰めても壁である。努力は虚しいかな。
「る、ルシファー! なんかあいつ、すっごい憐れみの目で私のこと見てくるんだけど!」
どうやら、見た目に出てきてしまったらしい。
アスタロトは少し涙声になりながらルシファーと呼んでいた人物の背後に行き、俺のことを指差してくる。
彼女が隠れ蓑に使ったルシファーと呼んでいた人物。
背中に黒い翼を生やし、髪の色はくすんだ金色をしているイケメンである。昔の古代ギリシャの人たちがしていたのに似た格好をしている。
「それはあなたの胸がぺったんこで、どうしようもないからですよ」
「うがーっ! やっぱりルシファーも嫌いだ!」
アスタロトの頭を優しく撫でながら、彼はニッコリと笑みを浮かべてトドメを決めた。
そんな彼に蹴り一つ入れた彼女は、尻尾を生やし、ところどころの肌に鱗が見える女性のもとへと向かった。
「レヴィ、あいつとルシファーが虐めてくる」
「……いいじゃない、ぺったんこの胸。こんな脂肪の塊、あるだけ邪魔よ? あなたが羨ましいわ」
「…………」
レヴィと呼んでいたから、レヴィアタンのことであろうか。ならば、尻尾と鱗にも納得がいくような。
彼女は青色の髪のショートヘアで、肩を露出した濃い青色をしたドレスを着ていた。
そんな彼女は自身の胸を揉みながら本気の目でアスタロトのぺったんこな胸へと目を向けている。
「いい加減にせんか。いつまで経っても話が進まん」
今までずっと腕を組み、今にも怒鳴りそうな雰囲気を醸し出していた筋骨隆々のお爺さんみたいなのが少しの怒気を含ませながら静かにつぶやくと、先ほどまでの緩みきった空気は何だったのかと思えるほどに張り詰めた空気へと変わる。
「黒咲夜。よく来てくれた」
「おう。俺もこれて嬉しいよ」
「そうか。私を含めた他の者たちの自己紹介は必要か?」
「いんや、何となく分かるしいらない」
視線が交わり、しばらく互いに見つめ合ったあと。お互い笑みを浮かべる。
周りで見ていた他の悪魔らが引いているような気もするが、どうでもいいか。
「さて、本題に入る前に少し話でもしようか」
「そうだね。あの後どうなったのか聞かせて欲しい」
「ああ。天使たちが用意した魔法陣を避け、爆薬を送ったことについてだな。あれは見応えがあった。説教しようとミカエルやガブリエル、その他の上位天使たちが集まっていたが、そこで爆発。死んだ奴はいなかったが、ほぼ全員の顔がススで汚れていたな」
「そっか。んじゃ、本題いこうか。詳しくとか話す方も聞く方も面倒だろうし、簡単にでいいよ」
直接見れなかったことに関しては残念であったが、どうなったかを聞いて想像するだけでも面白いだろう。天使たちがどんな容姿をしているのか気にはなるが、知らなくても別に困らないし。
「簡単でよいならば。我らを愉快にさせた。おぬしをこちら側、我らと肩を並べる権限と力を与える。といった具合だな」
「あー、そんなに貰えるんだ。でも、まだ人でしょ?」
「ああ、一応は。すでに体の作り変えが始まっている。痛みが生じないギリギリの速度でだがな」
「ならさ、まだ"取引"ってできる?」
「あまり意味はないと思うが……できなくはないぞ?」
まだ可能であるなば、やる意味はある……よな。
俺は懐から小太刀を取り出し、後ろ髪を肩のあたりで切り落とす。
シュシュは回収して左手首につけ、髪の束を差し出す。
「これで、俺に関するすべての情報を教えて欲しい」
「この髪質、量ならばもっと"良いもの"とできるけれど?」
「え? 一つに対して一つなの? 取引って質じゃなくて数?」
「なるほど、そういうこと。ならばあなたに関するすべての情報分だけ受け取っておく」
そういってルシファーは五分の一ほどだけ取り分け、残りは返してきた。
いちいち渡すのも面倒だから、そっちで採算やってほしかったんだけどね。
「情報は直接頭に流し込んでおくよ」
その言葉が言い終わるとほぼ同時に、ズキリと頭が痛んだかと思えば俺のDNA情報や生い立ち、先祖の家系についても流れ込むようにして情報が入ってくる。
…………次、だな。
「次はさっき余ったこの髪、血液一・五リットル、前世……ここに来る前に過ごしていた世界で残っていた寿命六十八年分。…………これでどう?」
「…………っふ。満足も満足。何をしたいかは視させてもらっているから、あとはこちらでやっておく。ただ、寿命もそんなにいらない。半分も貰えれば十分だ」
「そう、そこらへんはそちらに任せるよ」
やることもあっさりと終わっちゃったし、あとは何をするか……。
「夜」
「呼んだ?」
「ああ。天使たちが呼んだのはお主だけでなく他にも数名おるそうだ。そ奴らは勇者として異世界転移をしたらしいが、どうする?」
「うげぇ……勇者とか怠いだけじゃん。なっても逃げ出すね」
俺の言葉に反応してか、強い視線を感じるが……。これに答えると面倒くさい方向に話が転がるような気がしたためにスルーする。
「ならば、魔王側として召喚するか?」
ん? 異世界転移は決定事項? ……ああ、俺のこと内まで。つまりは考えまで視ていたのだ。なら、どういったことを期待していたのかも分かっているのか。
「確かに、魔王側として勇者と対立するのも面白そうだけど、最初からそっちにつくのも芸がないね。召喚するんだったら、何か面白いことが起こっている最中のところがいいかな」
「分かった。ならば行ってこい」
「…………今ですか」
今のが最後の呟きとなり、俺に向かってアッカンベーをしているアスタロトを視界の端に収めながらも、再び浮遊感を味わうこととなる。
誤字脱字報告、大変嬉しく思います