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9、ゲーム

 麻樹は上りのエスカレーターに乗った。1階に下りるのはいかにも負けたみたいで悔しかったのだ。

 思いっきり不機嫌な麻樹に気を使いながら、後にくっつくメンバーがごにょごにょ言った。

「あの女さあ、なんか、昨日の人形に似てなかった?」

 麻樹は『あん?』と、『なに下らねえことを』と思ったが、無視した。

「んなわけねえじゃん」

「だよなー……。でもさ、なんか周りの反応も、変じゃねかった?」

「まあ、なあ……」

「もしかしてさ、あの女が見えてたの、あたしらだけだったりして?」

「馬鹿言うなよ。それじゃお化けじゃん?」

 ケタケタ笑い出した二人に、

「うっせーよ! バーカ!」

 と麻樹が怒りを爆発させ、二人はしゅんと黙った。

 イライラと前を向いた麻樹は、

『んなわけねえだろ、くっだらねえ』

 と思いつつ、ゾクリと体が冷たく震えるのを避けることが出来なかった。


 トイレに入って顔を洗った。まだ鼻の奥がむずむずするが、鼻血は止まったようだ。

 電子音とじゃらじゃらコインの音がうるさいゲームセンターに入った。

 黒い空間にごちゃごちゃと目に痛い赤や青の蛍光が浮かんでいる。

 騒がしい環境の中、かえって落ち着くことが出来た。

 ぶらぶら歩いていると、

「あ、プリクラ撮らね?」

 大型のボックスが並んでいるコーナーがあり、でかでかときらびやかなポスターが張り出され、最新の機種が揃っているようだ。

 麻樹はきっつい、見るからに不良っぽい顔をしていたが、他のメンバーはもともとそんなに悪い子たちでもなかった。付き合ってしまった友だちが悪くて、ノリでワルを気取っている程度の子たちだった。

 中学生の頃の無邪気な感覚で誘ったメンバーに、麻樹は思いっきり『くっだらねえ』顔を向けた。

「てめえらとプリクラして何が嬉しいんだよ? 馬鹿か?」

「ごめーん……」

 叱られたメンバーはしゅんと下を向いた。

 舌打ちをしてイライラした目を周りに巡らせた麻樹は、

「おっ」

 と、面白そうな物を見つけた。

「あれやろうぜ?」

 そう指差したのは、


『恐怖!・絶叫! 呪いの館3D』


 という、どうやらゾンビ物らしい、ホラー・シューティングゲームのボックスだった。

 ボックスはひび割れて汚れた洋館のデザインをしている。

「い、嫌だよお、恐ええよお~~」

 二人はビビって抱き合うように後ずさった。麻樹はケタケタ笑い、

「いいからやれよ」

 と一人の手を引き、一人はもう一人を道連れにして、けっきょく二人はボックスに押し込められた。

 2人用で、2つのシート、それぞれ前に両手で握るガンがある。

 200円入れて、前方スクリーンの案内に従ってボックスから取り出した3Dメガネをかけた。

 ボックス横の入り口には外光を遮断するカーテンが下がっていて、麻樹はそれをめくって二人の様子を眺めていた。

 ゲームが始まった。夜の墓場で地面から続々、甦った死体、ゾンビがはい出してきて、追われて逃げ込んだ洋館。ほっとしたのも束の間、ドアを破って大量のゾンビがなだれ込んでくる。プレイヤーはいやがおうにも奥へ奥へと進まなくてはならない。館の主の銃器のコレクションが展示してある部屋に辿り着くまで握ったガンも使えない。「走れ!走れ!」とせき立てられて、追いすがるゾンビたちを右に左に避けながら必死にコントローラーであるガンを前に押し続けなければならない。

 ボックスの前後左右に設置されたスピーカーから迫力の立体サウンドが「バン!」「バン!」と響き渡る。プレイヤーの二人は一々「ひっ」と飛び上がるように肩を震わせた。覗いている麻樹は可笑しくてならなかった。麻樹にはスクリーンの画像は2重映しに見えているが、3Dメガネをかけた二人にはリアルな立体映像で見えているはずだ。

 廊下の先から、曲がり角から、柱の陰から、鎧の陰から、ゾンビは現れる。1プレイ5分くらいに設定されているのか、駆け足で突き進んでいく。

 3階まで上がって、ようやく銃を手に入れた。途中邪魔されて行けなかった通路までゾンビをやっつけながら引き返し、通路の奥、ますます妖しくなっていく階段を下っていく。

 1階に着いたと思ったら、バキッ、と床が抜けて、地下へ真っ逆さま。連動した椅子がグンと下がって、二人はキャッと慌てて立ち上がろうとした。

 レンガの壁からじくじく水気がしみ出した通路には巨大化したネズミのゾンビがいて、本格的なガンシューティングを求められる。

 左右に鉄格子の並んだ牢屋に出て、中からゾンビたちが捕まえようと腕を伸ばしてくる。すると鉄格子が外れて、ゾンビたちが襲いかかってくる。「うわああ」「ぎゃああ」と悲鳴まじりに叫びながら二人は銃を連射してゾンビたちの腐った肉体を吹き飛ばしていく。麻樹は大笑いだ。二人とも死なずに頑張ってるじゃんか。

 廊下を抜けると、光がいっぱいにあふれ、

 ムービーが流れた。


 そこは広い円筒形の部屋で、天井が開いて重い雲の垂れ込めた暗い空が覗いている。

 円筒の底の地面には、ぐるっと、ローブを被った聖職者らしき男たちが中央向いて円になり、中心には、柱が立てられ、女が一人、後ろ手に高々と縛り付けられていた。

 女の足下には累々と薪が積み上げられ、その中にはいくつもの骸骨が混じっている。

 リーダーの男が険しい顔で何事か糾弾するように女に激しい言葉を投げつけた。

 女が憎しみの目で男を睨みつけると、


 ゴリゴリゴリゴリゴリ……

 回転する機械に張り付けられて、女が拷問される様がフラッシュバックする。

 ろうそくの炎でオレンジ色に照らされた石ブロックの部屋には他にも複数の女たちが拷問を受けていて、

 泣き叫ぶ女が立てられた鋼鉄の棺桶、鋼鉄の処女、に男たちの手で押し込められ、蓋が閉められると、「ガタガタッ」と重く震え、足下からザーッと大量の血が流れ出した。


 柱の女が激しい憎悪で睨みつけているが、

 男は動じることなく冷酷に睨み据え、

 男に命じられた刑吏が、たいまつの火を持って近づき、薪に火を入れた。

 炎はたちまち大きく、高く、燃え上がっていき、女の体を包んでいく。

 女は身悶えながら呪詛の言葉を吐いていたが、やがて完全に炎にまかれて、黒い影になった。

 炎が火の粉を噴いて、悶えていた黒い影ががっくり動かなくなる。

 厚い雲間から黄金の光が射し、

 男たちは天の栄光に賛辞を贈る。ところが、

 光の中から呪いの黒い灰が降ってきて、

 それに触れられた男たちは肌にどす黒い血管を浮き上がらせて悶え苦しみ出す。

 男たちの肌が見る見る青黒く変色していき、

 ついに呪われたモンスターへと変貌してしまう。


 ムービーが終わってゲーム画面に戻った。

 聖職者のゾンビたちが襲いかかってくる。こいつらはこれまでのゾンビたちより強力なようだ。

「うわあああああああ」

「ひいぎゃあああああ」

 プレイヤー二人は必死になってゾンビたちを撃ち続ける。声を張り上げての本気ぶりに麻樹は「いいぞいいぞ!」と大笑いした。

 画面いっぱいに迫るゾンビたちをギリギリ踏ん張って吹っ飛ばしていく。しかし後から後から互いを押しのけるように迫る強力なゾンビを防ぎ切れずに「ガブリ」とやられて、画面が血痕で赤く染まる。

「ぎゃあああうぎゃあああああ」

「いいやああああああああああ」

 3Dメガネで半分隠れているが、二人とも物凄い顔で叫んでいる。

 ダダダダダダダダダ、

 ブチブチブチブチブチブチ。

 画面に被いかぶさるように迫る、大口を開けた物凄い形相のゾンビを、

 至近距離からマシンガンを撃ちまくって、顔面をぶち抜いて破壊していく。画面に赤黒い血液が飛び散る。


 ビチビチビチビチッ。


 大量の飛沫がプレイヤー二人を打った。

 え?と思った麻樹も、「ビチッ」、と頬を打った物を指先で拭って、眉をひそめた。

 ゲームのギミックか?

 霧の噴射装置があるのだろう。

 それにしては、てらてらと全身の濡れ光る二人の状態は、度が過ぎている。

 ノズルが詰まって、大量に噴き出してしまったのだろうか?

 スクリーンは押し寄せるゾンビに占領されて、二人はとうとう捕まって、血が飛び散り、食い殺されているようだ。

「あーあ、残念」

 ゲームオーバーだ。しかし、


「ガアッ、ガアッ」


 ビチビチ、グチャグチャ、と液体の弾ける音がいつまでも続いて、ゲームオーバーにならない。プレイヤーの「ライフ」を示すゲージはとっくに「0」になっているのに。

 ボックスの中は暗い。プレイヤー二人はガンのグリップを握ったまま、ガタガタ揺れていたが、

「おいっ、おまえら!」

 異変を感じた麻樹が手前の一人の肩を揺すり、カーテンをめくり上げると、


「!?」


 二人は真っ赤になっていた。多量の赤い飛沫に染められ、液体がメガネと頬をつーっと垂れていく。

「おいっ! おいっ!店員! 早く来い! 事故だ!」

 二人に呼びかけ、外へ大声で怒鳴った。女子高生の本気すぎるプレイに面白がって集まってきていた客たちが騒然とする。

 笑い声が響いた。

 麻樹がハッとスクリーンを見ると、勝ち誇った女がこう笑を上げている。

 ぞっとする思いで麻樹が見つめていると、女は、

 麻樹を見てニヤリと邪悪に笑った。


 GAME OVER


「どうしました?」

 慌てた店員たちが駆けつけ、麻樹をどかせて中に体を入れ、「どうしました? 大丈夫ですか?」と声をかけ、外の仲間に合図して二人を順々に引っ張り出した。

 ひっ…、と周りから息をのむ声が漏れた。

 3Dメガネを外されると、二人とも白目をむいて、意識がなかった。

「おい、死んでんじゃねえだろうなあ?」

 麻樹が訊くと、専門家でもない男性店員二人は、申し訳ないように少女二人の胸に耳を当てた。

「あ、心臓動いてます」

 ほっとしたように言って、遅れてきた女性店員に、

「緊急。警備室に医者手配してもらって」

 と命じた。

「おい、美乃里、茉奈、しっかりしろよお」

 麻樹は呼びかけたが二人は反応しなかった。

 この血はなんなんだろう?

 二人を見える範囲で調べた店員は、

「けがは、ないみたいだけど。どうしたんです?」

 と麻樹に訊いて、

「知るか、馬鹿野郎!」

 と麻樹は怒鳴り返した。

「てめえんところのゲームで事故が起きたんだからな、慰謝料、覚悟してやがれよ!」

 店員は嫌な顔で謝り、ボックスの中を調べていたもう一人は、

「なんなんだろう、これ」

 と、後方の至る所に散っている血飛沫のような物を見て不思議そうにしていた。

 やがて、制服の警備員と共に白衣の医療スタッフが駆けつけ、二人を調べ出した。麻樹は、

『けっきょくお世話になるのかよ』

 と、警備員を見てげんなりした。

 それにしても、

 ゲームオーバー画面に現れたあの女、

 白くて綺麗な、高慢ちきな顔をしていた。

 気のせいか、メガネをかけていない麻樹にもリアルに立体的に見えたような……

 そして、


 あの女に似ていた……、


 と、麻樹は忌々しくも、ぞっとするのだった。

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