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7、邪魔者は

 翌朝。

「おはよう」

「はい、おはよう」

 テーブルに着いた博美はタブレットでニュースを見ている父に言った。

「ねえ、パパ。昨日夢にマリーさんが出てきたの」

「ほお」

 父は大きく開いた目を娘に向けた。

「あのね、新しいドレスが欲しいんですって。ほら、ずいぶん汚れちゃってたでしょ?」

「ああ、そうだねえ。うーん……、街に売っているお店はあるかなあ?」

「あのね、ビアーレに専門のお店が入っているの」

 ビアーレは郊外にある大型ショッピングモールだ。

「そうか。学校からバスはあるかい? まあ、タクシーを使いなさい。ではお金を渡すから、マリーさんの気に入るドレスを選ぶんだよ?」

「はーい」

 母がキッチンから湯気の上がるオムレツを運んできた。西川家のオムレツはバターたっぷりだ。

 母親は娘同様小柄で、並ぶと親子よりも姉妹に見える。

「なあに? またパパにおねだりしてるの?」

「違うもーん」

「パパも、あんまり博美を甘やかさないでください」

「違うもーん。なあ?」

「ねー?」

 母は二人の様子を怪しみながら、笑顔で自分の席に着いた。トーストが飛び出して二人に先に配って、自分の分と夫のお代わり分をセットした。

「さ、いただきましょう」

「いただきまーす」

「いただきまーす」

 西川家では朝食にテレビを付けず、ラジオを付けている。

 ちょうど食べ終わって後片付けをする頃にニュースが終わってクラシック音楽の番組が始まった。

 キッチンに自分たちのお皿を運ぶついでに、父は博美にこっそり耳打ちした。

「書斎に来なさい。10万円もあればいいかな?」

「うん」



 放課後になると、博美はさっそくビアーレに向かおうとしたのだが。

「博美。今日は付き合うんだろうね?」

 と、メンバー3人を従えた麻樹に声をかけられた。

「あ、ごめん。今日もちょっと用があるんだ」

「なんだよ、付き合い悪いな。用ってなんだよ?」

「え……と……、お父さんのおつかいものを買いにビアーレに……」

 学校は中心街の北にあり、南の郊外のビアーレまではけっこう遠い。それでつい言ってしまったのだが。

「ビアーレか。いいぜ、付き合ってやるよ」

 と麻樹はあっさり言った。

「なんかおごれよな?」

 後ろのメンバーも「クレープが食べたいなあ」とか「たこ焼き食いてえ」とか勝手に盛り上がっている。

 人形のことはもちろん内緒で、博美はすっかり困ってしまった。

 そうっと助けを求める視線を一人大人しい彩美に向けた。


 助けを求められた彩美も困ってしまった。昨日のことで博美が本来自分たちとは住む世界の違うお嬢様だということが分かった。あのパパのおつかいものと言うのはきっと高級な専門店の物で、がちゃがちゃうるさい麻樹たちなんてお呼びじゃないんだろう。

 けど、麻樹はそんな気を回す細かい神経なんて持ち合わせていない。

 下手なことを言えばすぐに機嫌が悪くなって当たり散らすし…………

 博美には悪いけれどここは諦めてもらって、向こうで出来るだけフォローしてやろうか、

 と、彩美は思った。


『ごめんね~~』

 と、申し訳ない顔を作って博美にサインを送ろうとしたが。

 ふと、

 何かぞっとする違和感を感じた。


『ひいっ・・・・』


 彩美は顎を引きつらせて息をのんだ。

 博美の肩に、小さな白い顔が乗っている。

 あの、フランス人形だ。

 心の中で悲鳴を上げて、『ごめんなさい! ごめんなさい!』と必死に謝って、おそるおそる様子をうかがうと、フランス人形は自分の前にいる麻樹を見ているようで、ほっとした。と思ったのもつかの間、

 人形は微妙に顔の向きを変えて、彩美の方を見た。

『ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!・・』


「あ、あのね、麻樹」

「あん? なんだよ?」

 またバックレる気か?とギロリと恐い目で睨んできた。

「実はさ、わたしちょっと臨時のお小遣いが入って、カラオケとか、思いっきり歌いたい気分なんだよねー。ビアーレは距離的にちょっと辛いかなあ~……って」

「ふうん……」

 麻樹は睨んだまま考え。

「彩美がおごるんだな?」

「ま、ね。付き合ってくれる?」

「しょうがねえなあ」

 麻樹はリーダーらしく懐の深いところを見せて言った。

「よし。おまえの積極的なところに免じて付き合ってやるよ」

 博美はほっとして、

「じゃあわたしは今日はごめんね? また明日」

 と、カバンを持って、ちらっと彩美に感謝の視線を送って、廊下に出て行った。


 彩美は内心、あーあ、せっかくの臨時収入が……、とがっかりしていたが。

「おい、てめえ、なに隠してやがる?」

 気のいい笑顔から一転、麻樹がドスを利かせた声で凄んできた。

「え? なに?」

「昨日から博美と二人でこそこそしやがって。てめえ、ヤキ入れるぞ?」

 麻樹は馬鹿だが、思っていたほど馬鹿じゃなかったようだ。

 完全に疑ってかかっている険悪な怒り顔に、彩美はどう言い訳しようか、じっとり冷や汗が浮かんできた。


 ひょいと、麻樹の肩から人形の顔が飛び出して、


 彩美は『ひいーーーー・・』と引きつった。

 彩美の突然の変な顔に麻樹は、「あん? なにふざけてんだよお?」と、ますます機嫌が悪くなった。


 人形は、すぐ近くから麻樹を、物凄く不機嫌そうに見ていた。

 作り物の顔が変化はしていないのだけれど、微妙な陰のつき方でそう思えた。


「ご、ごめん……、お、お腹痛い………」

 彩美は本当にお腹が痛くなって、近くの机に手をついて体を支えた。

 顔色が急激に悪くなり、メンバーが思わず、「大丈夫か?」と声をかけた。彩美は、うん、うん、とうなずき、

「ごめん。今日はちょっと無理。ご、ごめん……」

 と謝った。

 麻樹もその様子を見てさすがにこれ以上強くは言えず、

「保健室行けよ。明日、しっかり報告聞くからな?

 さ、あたしらはビアーレに行くぜ。……彩美からおごってもらい損ねたからな、やっぱ博美からおごってもらおうぜ」

 と、メンバー二人を引き連れて出て行った。

 麻樹たちが行ってしまってしばらくすると、彩美の腹痛は治った。腹痛の原因は分からない。


 …死ぬわね、麻樹。


 彩美はそう思ったが、特に同情もしなかった。

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