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6、人形のいわれ

挿絵(By みてみん)



 夜中2時過ぎ、博美がトイレに起きると、どこからか不気味なぶつぶつ言う声が聞こえた。

 声を辿っていくと、「アンティーク室」の扉から光が漏れて、声はそこから聞こえていた。

 アンティーク室は父のコレクションを納めた部屋で、普段は鍵がかかって、家族……母と博美も父の許可なしに入ることは禁じられていた。

 樫の扉に耳を当てると、父の声が誰かに話しかけているようだった。こんな夜中にお客でもないだろうし、電話でもないようだし。父の声は、博美に話す時以上に甘ったるく、幼い子どもをあやすようだった。

 ノブを回すと、鍵はかかっていなかった。博美は思い切ってそっと開けた。

「パパ?」

 部屋には奥に向かって2列に頑丈な脚の長テーブルが並び、その上に壷や絵皿、陶器人形などの西洋アンティークが置かれていた。

 一番奥に1台横向きにテーブルが置かれ、その上には一番のお気に入りである大型のオルゴール時計が飾られていた。

 父はこちらに背中を向けてその前にひざまずいていたが、博美の声にハッと振り返った。

 父の顔に博美はビクッと震えた。

「ああ、博美か。なんだ、トイレかい?」

 立ち上がってこちらを向いた父に博美はうなずいた。この部屋は雰囲気を出す為に壁に燭台に見立てたランプが配置され、それぞれ紫のカーテンで覆って照明の調整が出来るようになっていた。

 今灯りは奥の方の左右一基ずつしかついておらず、左右からオレンジ色に照らされて顔の中央が暗く陰になった大きな体の父は、パパ大好きっ子の博美にも不気味で恐く感じられた。

「あれ?」

 博美は父の後ろのテーブルの脇の床にお気に入りのオルゴールが置かれているのに気づいて驚いた。オルゴールが下ろされて、じゃあ、今、テーブルの上には何が置かれているんだろう?

 後ろを覗き込もうとする博美に気づいて、父は照れたように笑って、

「おいで」

 と手招いた。

 博美が雰囲気にドキドキしながら入っていくと、父は横に避けてテーブルの上の物を見せた。

「あれ? その人形」

 あの人形が、斜めに立てられた立派な箱に紫色のビロードをクッションに入れられていた。

「どうしたの?」

 博美は興味深そうに眺めて、訊いた。

「うん、実はね」

 父は、昼間、彩美の家に入った空き巣が盗み出したのを奪い取ったことを話した。どうやって奪ったか、血なまぐさい描写は割愛したが。

「なあ博美、彩美ちゃんには黙っていておくれよ? お金が惜しくて言うんじゃない、これは、選ばれた特別の人間しか持ってはいけない物なんだ。間違った人間が持ってしまうと、その人は、必ず不幸になってしまうんだよ」

「えー? どういうこと?」

 素直に興味を持った娘に満足して、父は得意げに話した。


「呪われた宝石というのを、博美も知らないかい?

 かつてマリー・アントワネットも所有者であったホープダイヤモンドがそれだ。

 この世にも珍しい、赤く光る、青い大粒ダイヤは、所有する者を次々不幸にしていったことで有名だ。もっとも、

 この、呪われた伝説、は、オークションでダイヤを高く売る為にでっち上げられた作り話の部分が多いようだ」

「呪われたダイヤが、高く売れるの?」

「そうだねえ。人は、普通じゃない、他の誰も持っていない、特別の物を欲しがるんだ。もちろん、特別ならなんでもいいわけじゃないけれど。でも自分が、あの、マリー・アントワネットと同じ運命をたどるなんて、魅力的じゃないかな? まあ、それで本当に死んでもかまわないなんて思う人間もそういないだろうけれど。

 普通の物では飽き足らない大金持ちにとっては、そういう物を所有するのが、特別の大金持ちの、ステイタスになるんだよ。だから、

 呪われたダイヤを所有するにも、所有する為の資格がなければならないのだよ。


 ホープダイヤモンドの呪われた伝説は作り話だけれど、

 この人形の力は本物だ。

 この人形は、マリードールと呼ばれている。

 マリーと言う伯爵夫人が所有していたからと言うが、真偽のほどは分からない。

 その存在は一部の、特別のコレクターの間でしか知られていない。

 時たまアンティークドールのオークションに登場して、とんでもない値で落札される。

 普通のアンティーク愛好家にはこの人形に何故そんな高い値がつくのか分からない。何故なら、

 ちょっとした専門家には、この人形は、偽物、にしか思えないからだ。

 この人形にはアンティークのビスクドールとしては、歴史的にありえない特徴が多々あるんだよ。だから、裏の知識のない専門家には、最近作られた偽物か、個人の作ったオリジナル品としか思えない。しかし、ビスクドールの歴史が1840年代からなのに対し、なんとこのマリードールは、

 200年以上前から、その存在が知られているんだよ。

 とてもそんな昔の物には見えないよねえ? ごく最近作られた新品にしか見えない。

 この白い肌は、ビスク、つまり陶器ではない。

 はっきりとは分からないが、ムーンストーンに近い鉱石を彫刻したと思われるが、

 普通、ビスクドールは顔と手足だけが陶器で、胴体は布に詰め物をして作られている。大きい物はたいていこのタイプだ。

 全身が陶器で作られたオールビスクもなくはないんだが、小型のおもちゃのような物か、アート指向の彫刻的な作品で、手足を動かすことが出来ないからフローズンシャーロットなんて呼ばれることもある。

 マリードールはフローズンシャーロットで、いっさい、分割して作られた継ぎ目がない。つまり、

 身長69センチ、それ以上の原石から切り出されたということだ。そんな大きなムーンストーンは、ないんじゃないかなあ?……


 これだけでもマリードールがいかに特別の人形か分かるだろう。

 けれど、

 マリードールが特別の高値で売買されるのは、この人形が、持ち主に、

 特別強力な幸運をもたらすからなんだ。

 マリードールを所有する者は、軒並み大成功して、超のつく億万長者がざらだ。もっとも、

 さっきのホープダイヤモンドのように、オークションで落札出来るのは事情を知る超大金持ちだけだから、最初から大金持ちなんだがね。

 しかし、

 時おり、このマリードールはふいに所在の分からなくなることがある。

 所有者が死亡して、価値の分からない相続者が、価値の分からない業者に言い値で売ってしまったりして、どこぞの街角の骨董店に『偽物』として流れていったりするんだろうが、

 しかし、次の所有を狙う世界中の事情通たちの監視の目をすり抜けて処分されてしまうというのも不思議な話で、

 やっぱりマリードールは、気まぐれに、自分から姿をくらましてしまうことが、度々あるんだよ。

 そうしてひょっこり、日本の地方都市のアーケード街に現れたりする。


 マリードールは持ち主に特別強力な幸運をもたらす。

 けれど、強すぎる薬が毒にもなってしまうように、大きすぎる幸運は、持ち主がその器ではない場合、大きな不幸となって、その者を滅ぼしてしまう。

 歴代所有者の中にも、破滅し、悲惨な最期を遂げた者が数多い。

 だからマリードールは次々人手を渡っていくんだが……。

 マリードールには、持ち主の好みが激しいらしい。

 つまり、マリーが持ち主を気に入らないと、さっさと破滅させて、次の持ち主へ引っ越ししてしまう、というわけだ。だから、

 マリードールを所有してしまった者は、けっしてマリーに嫌われないように、細心の注意を払う必要があるんだよ」


「まあ、恐ろしいお人形さんなのねえ」

 博美は目をパチパチさせて人形を見つめ、父は慌てて、

「これこれ、言ったそばから」

 と娘の不注意をたしなめた。博美はいたずらっぽく笑うと、またまじまじと人形に見入った。

「あの女の人も気に入らなかったのねえ、かわいそうに。

 綺麗なお顔。

 パパ、わたし、この子、好きだわ」

「おお、そうかそうか。うん……、そうだなあ……。

 博美。おまえに彼女のお世話係を頼もう。

 わたしみたいなおじさんがお世話するより、マリーも嬉しいだろう。

 博美、頼めるかな?」

「うん。いいわよ、パパ」

 博美は人形に目線を合わせて、ニッコリ笑って言った。

「よろしくね、マリーちゃん」

 マリーは、遠くの方へ視線を向けたまま、うっすら開けた唇に、ほんのわずか、愛想笑いを浮かべていた。

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