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4、人形を欲しがる人

 教室に入ると、馬鹿な麻樹が得意そうに、昨日交通事故を目撃したことをクラスメートたちに自慢していた。さすがに殺人事件のあった骨董屋に行ったことは黙っていたけれど。

「彩美、ちょっち来て」

 カバンを置いた彩美のとなりをすり抜けて博美が廊下へ出て行った。

 彩美が廊下に出ると、待ち構えていた博美に手を取られて柱の陰に連れ込まれた。

「あのね、お願いがあるんだけどお……」

 甘えた声でおねだりするみたいに言われて、彩美はうなじをかきむしりたくなった。

「昨日の人形、あのお店から取り返せないかなあ?」

 何となく、人形がらみのことじゃないかと思っていた。

「なんで? あんな人形、気味悪いじゃない?」

「わたしもそう思うんだけどさあー。

 ……パパがね、どうしても欲しいって言うんだあ」

 背の低い博美のつやつやした黒髪からは高級そうなシャンプーの匂いがしていた。いつも誰かにべたべたくっついてないと心細そうな彼女は、実はけっこうなお金持ちのお嬢さんらしい。

「しゃべったの?」

「え? うん……」

 駄目だった?と甘えた上目遣いで覗いてくる。こういう仕草をしてかわいいと思っているんだろうところがむかつく。

「なんで欲しいの? 博美のお父さん、変なオカルト趣味とかあるの?」

「違う違う。アンティーク趣味だよお。なんだかね、あの人形、その筋では有名な、伝説の人形らしいんだよ」

「えー……」

 彩美は疑うふりをして考えた。

「博美、あんた、そんなに詳しく観察して報告したの?」

「そうでもないけど……」

 博美は思い出すように天井を見た。

「こんなことがあったんだよ、って話してたら、急に顔色が変わっちゃって、詳しく教えてくれ、って」

「ふうーん……」

 博美の話のどこにピンと来たんだろう? あまりいい予感はしなかった。

「あんな事件が起こっちゃってねえ? でも彩美、買い取り証明書に記入してたよね? まだ翌日だし、事情を話して、なんとか取り戻せないかなあ?」

「ええーー……」

 嫌そうな顔をして反応を見た。博美は大好きなパパの為に一生懸命に言った。

「あのね、取り戻したら、それ相当の金額で買い取らせてもらうって。んーとね、5万とか、10万くらいは、出すと思うなあ。あ、麻樹にはないしょだよ?」

 いたずらっぽく舌を覗かせた。

 彩美は、あんなおっかない呪われた人形、さっさと手放してしまいたいし、正直なところ10万円のお小遣いは魅力的だった。

 問題は、わざわざ自分のところへやって来た人形が、快く売られてくれるかどうかだが……

 どうしようか迷っていたら、まだ始業前なのに担任が急ぎ足でやってきて、教室に入りかけて、廊下の二人を見つけて、おっ、という顔をした。

「おい、西川。おまえのお父さんが来てるぞ」

 え?、と博美は小さな目をパチパチさせた。

「それがなあ……」

 担任はうかない顔で、彩美を見た。

「島田。なんか、おまえにどうしても急ぎの用があるんだそうだ」

 え?、と彩美も驚いて、二人で顔を見合わせた。


 担任に連れられて応接室に入ると、博美のお父さんがそわそわした様子でソファーから立ち上がった。

 博美のお父さんは体の大きな人で、顎ががっしりして、ちょっと外国人っぽい感じだった。

「パパ。どうしたのお?」

 娘は純和風だけれど、もしかしたら少し西洋の血が流れているのかもと思った。

 5分前の鐘が鳴った。

「じゃあわたしはこれで。二人とも、話が済んだら教室に来なさい」

 と言い残して担任は出て行った。

 途端に、博美のお父さんは入り口付近に突っ立っている彩美のところへ大股で迫って来て、ガシッと両肩を掴もうとした手を、愛想笑いを浮かべて下ろした。その手を落ち着かなくこすり合わせたり握り合わせたりして、脂汗の浮かんだ顔で見下ろして言った。

「君が彩美ちゃんだね? 娘がいつも仲良くしてもらってありがとう。ところで……」

 いささか怪物っぽい外見によらず声はソフトで、口調は滑らかだった。けれど。

「パパあ。会社はどうしたのお?」

 西川氏は仕立てのよさそうなスーツ姿だった。娘の呆れた抗議に、

「いや、会社に向かう途中で、やっぱりどうしても気になってね」

 と困った顔で言い訳し、

「君が昨日もらった人形、わたしはどうしてもそれが欲しいんだよ」

 と彩美に、焦りと興奮が抑えられないようで、油が浮いたようにギラギラした目を向けた。

「ねえ彩美ちゃん、お願いだ、どうかその人形を取り返してください。取り返してくれたらわたしが、10万、いや、20万、いや……、50万…………、200万円で買わせていただきます」

「200万円!?」

 金額の大きさに彩美は目を丸くした。

「その人形にはそれだけの価値があるんだよ」

 西川氏はニイッと大きく白い歯を見せた。

「あの、その……」

 彩美は自分も頭が多少パニックになりながら訊いた。

「わたしのもらった人形がその人形だって、間違いはないんですか?」

「君は、手に取って間近で見たんだろう? どうだった? どんな感じがした?」

 女のぬくもりが残っていて気持ち悪かったのだが……

「……目が透き通ったグリーンで綺麗だなあ……って……」

 すうっとその瞳に意識が吸い込まれるように感じたのを思い出した。

「うん、やはりそうだ。その人形に間違いないよ!」

 彩美は、たったそれだけの情報でどうして確信出来るんだろう?、もしかしてあの瞳は本物のエメラルドなのかな?、と思ったが……、そういうことじゃないんだろうな、と、興奮で目の周りを紅潮させた西川氏の大きな笑顔を見て思った。

「あの、実は、その人形、わたしの家にあるんです」

 えっ?、と西川氏の顔から表情が消えて、彩美はぞっとした。彩美は慌てて言い訳を考えた。

「やっぱり未成年者から買い取るわけにはいかないって、えーと、娘さんが返しに来たんです」

 我ながら苦しい言い訳だと思ったが、西川氏の思考はそんなことは素通りして、

「あるのかい? 今、君の家に?……」

 と声を震わせた。

「う、売ってくれ! 今すぐ200万円用意する! ね? いいだろう?」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 彩美は困りながら言った。

「もう授業が始まるし……、えーと……、お母さんにどう説明したらいいか……」

 200万円なんて大金受け取って、人形のことをどう説明したらいいのか、面倒くさいし、出来るなら、自分の口座を新しく作って、こっそり貯金したいと思った。

「うん……、そうだねえ……」

 西川氏も残念そうに身を引いた。今押し掛けていったら面倒なことになりそうだと考えるくらいの冷静さは残っていたようだ。

「それじゃあ、放課後迎えに来ます。お家まで送っていくから、そうしたら、譲ってくれますか?」

「はい。約束します」

「ああ、ありがとう」

 西川氏は嬉しそうに言い、

「間違いなく、200万円用意してきます」

 と約束した。

「パパあ、ちゃんと会社行ってお仕事しなきゃ駄目よお?」

「ああ、ちゃんと行くよ」

 娘に叱られながら、西川氏は子どもが欲しくてたまらなかったおもちゃを買ってもらったみたいに嬉しくてたまらないようだった。

 彩美は、200万円もらってさっさとあの人形ともこの親子とも手を切ってしまおう、と思った。

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