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13、正体に迫る

 博美は街の高級スイーツ店でケーキを買って帰宅した。

 アンティーク室に入り、マリードールの前に椅子を持ってきて、

「ケーキを買ってきたの。どうぞ召し上がって」

 と、マリーの前に皿に盛って出した。ぎこちない沈黙が流れて。

「マリーさんの代わりにわたしが食べればいいの? それじゃあいただきます」

 仏壇のお下がりみたいな感覚で食べ始めたが、気のせいか、ひどく味気なく感じた。もっとも、博美は緊張で喉がからからだったのだが。



 学校は1日休校を挟んで再開された。

 警察の検証は終わったようだが、プールはブルーシートで周りを覆われたままで、きっとしばらくはずっとそのままだろう。

 授業中、突然、茉奈が奇声を上げた。

「人形よ! 人形の呪いよ! 今度はわたしが殺される番よ! いやあ、いやよおお! 誰か、助けてよお!……」

 泣きわめき、子どもが地団駄踏むように暴れて、手に負えなかった。

 博美は忌々しい目でその様子を見た。

 よしてよ。そんな風に騒いだら、人形ってなんなんだ?って、マリーのことがばれちゃうじゃない。

「先生」

 すっかり困っている男性教諭に挙手したのは彩美だった。

「わたしが保健室に連れて行きます」

 彩美は、暴れて、彩美が近寄ると怯えた目で睨む茉奈に、そっと耳打ちした。

「大人しくしなよ。本当に、人形が来るよ」

 茉奈はぴたっと泣くのをやめて、大人しく彩美に廊下へ連れ出されていった。


 けっきょく茉奈はそのまま早退し、美乃里も気分が悪いと申し出て早退した。もっとも、他に3人の女子生徒が早退したが。


 重苦しい空気の中授業が終わり、放課後になった。

「彩美ちゃん」

 博美がニコニコしながら彩美のところにやってきた。

「麻樹ちゃんもいなくなったし、彩美ちゃんとはまた前みたいに仲良くしたいなあ」

 彩美はうさん臭そうに博美の笑顔を見て、顔を逸らした。

「ごめん。ちょっとそういう気にはなれないよ」

「そうだ、前に約束したよね?二人でカラオケ行こう?」

「全然気分じゃないよ」

「じゃあさ、何か美味しいもの食べようよ? おとといルブラン亭でね…」

「しつこいなあ。もうあなたとは付き合いたくないの。ごめんね」

「駄目だよ、彩美ちゃん」

 博美は自分を避けて帰ろうとする彩美の腕を掴んで引き止めた。

「わたしに嫌われちゃ駄目だよ。麻樹ちゃんみたいになっちゃうよ?」

「……分かった。じゃあ、何か食べに行こう」

「うん!」

 博美は嬉しそうに笑ったが、彩美の腕を掴む手は震えて、その腕と背中にはぽつぽつと鳥肌が立っているのだった。



 西川家を一人の女性が訪れていた。

 遠山詩穂の母だった。

 訪問の理由は博美に詩穂の服の形見分けを持って来たのだが、その目的は違っていた。

 博美の母にお茶を出してもらって、二人の娘たちが仲良く遊んでいた時の思い出をしみじみ語り合っていたが、ふとした沈黙の後に、詩穂の母は言った。

「夫と詩穂は、西川さんのご主人に殺されたんだと思います」

「まあ……」

 のほほんとした善人そのものの博美の母もさすがに顔をこわばらせた。

「奥様。疲れてらっしゃるんでしょう? だからそんなことを…」

「最近ご主人はアンティークの人形を手に入れられたでしょう?」

「いえ……、さあ……、わたしは存じませんが……」

「娘さん、博美ちゃんはご存知のはずです」

「あ……」

 そう言えば最近二人がやたらこそこそ話しているようなのを思い出して、思わず声を漏らしてしまった。詩穂の母はこの機にたたみ込んだ。

「やっぱりそうなんですね? その人形はとてもいけない物です。持っていては危険な物です。

 マリードールという物だそうです。

 持つ者にすばらしい幸運をもたらすと言われていますが……、呪われた骨董品なんです。幸運を得て幸せを味わっていると、一気に深い落とし穴に突き落とすんです。歴代の所有者はみんな、殺されたり、家族が不幸になったり、自殺したり、みんな悲惨な目に遭って、人形を手放しているんです」

「そんな……」

 博美の母は詩穂の母の狂気を秘めた熱っぽい眼差しに射抜かれて、すっかり落ち着きをなくしてしまった。詩穂の母は身を乗り出して博美の母の手を両手に包み込み、悲痛な思いで言った。

「博美ちゃんには詩穂のような目に遭ってほしくないんです。あんな、あんなひどい目には……。先日博美ちゃんのクラスメートも異様な死に方をしたんでしょう? 呪いは博美ちゃんの身近にも迫っているんです!

 正直申し上げてご主人を恨む気持ちはあります。でも、原因は人形なんです。あれが、人を狂わせるんです! あれこそが悲劇の元凶、人類の敵なんです! あれを、持っていてはいけません! 滅ぼさなければならないんです!」

 詩穂の母はモデルのように美しい人で、その熱弁は女優のようでもあった。

 すっかり気持ちを飲まれた博美の母はか細く震える声で訊ねた。

「どうしたらいいんです?」

 詩穂の母は、うんうん、とうなずき、自分も冷静さを取り戻すと、言った。

「実は既に神樹光子留先生にご協力をお願いしてあります」

「あの、かみきみつる先生? あの、どなたでしょう?」

「霊能師の先生です。テレビでも心霊相談などで出演なさってます」

「はあ……」

 博美の母は一気に気持ちが冷めてしまった。その先生をテレビで見たことはなかったが、その手の人は女性週刊誌などで悪い噂を読んでいた。それこそ関わり合いにならない方が賢明な人種だ。

「大丈夫です、神樹先生は本物です。先生もマリードールのことをご存知で、千載一遇のチャンス、ここでなんとしても滅ぼして悲劇の連鎖を止めなくては、とおっしゃってます」

 詩穂の母は神樹光子留なる人物に絶対の信頼を寄せているようで、また熱っぽい調子に戻って言った。

「奥様、ご協力ください。どうか博美ちゃんのことを考えて。どこです?どこにマリードールはあるんです?」

「多分……、アンティーク室に……」

「アンティーク室?」

「ああ、駄目です。主人が鍵をかけています。それに、もし勝手にコレクションを持ち出したりしたら、主人は……」

「ええ、ええ、奥様にご迷惑のかかるようなことはいたしません。でも、鍵はあった方がいいでしょうねえ……」

「鍵は多分博美も持っていると思います」

「ではご主人が留守の時に、博美ちゃんに鍵を借りて、神樹先生にこちらに来ていただきましょう。先生にお会いすれば奥様もきっと信用できる方とお分かりになるはずです。後は、先生にお任せしましょう。ね?それでよろしいですわね?」

「え、ええ、よろしくお願いします」

 詩穂の母の勢いにのまれて博美の母は承知した。

 詩穂の母は、はあ、と安心したため息をついて、悲しそうに微笑んだ。

「これで、主人と詩穂の敵が討てますわ。ありがとう……」

 パキンッ、と鋭く何かが割れる音がした。

 驚く博美の母の前で、「失礼」と詩穂の母は黒のブラウスのボタンを外し、首にかけていた紐を引っ張り出した。先に紫の小袋が巾着絞りでぶら下がっていて、その口を開けて中身を手のひらに出すと、大粒の真っ白なガラス玉がまっ二つに割れていた。

「あっ・・」

 それを見た詩穂の母はひどく驚き、声を震わせた。

「これは神樹先生から送っていただいた物です、ここに来る時に必ず身に付けておくようにと……。これ、透明の水晶だったんです……」

 えっ?、と博美の母も見入った。よくよく見ると、真っ白なのは無数の細かいひびが走っているのだった。

 詩穂の母は落ち着きをなくして立ち上がった。

「失礼させていただきます。またご連絡させていただきますので」

 そのまま慌てておいとまし、一人取り残された博美の母はひどく不安な思いで天井を見上げた。



 博美は彩美と一緒にファミリーレストランにいた。

 二人とも周りに適度に人がいて、明るくて、開放的な場所にいたかった。

 博美は自分からしつこく誘ったくせに、注文したケーキを胸焼けがしたようにいつまでもフォークでいじくり回しているばかりだった。

 彩美が言った。

「怖い?」

 博美はフォークの手を止めて、睨むように彩美を見た。

「何が?」

「あの人形。家にあるんでしょ?」

「なんのこと?」

「別にいいよ、あんな人形、持って行ってくれて助かったよ。だから、本当はあなたとも関わりたくないんだ。帰っていい?」

 博美の顔が泣きそうに歪んだ。

「怖いよ、マリーさん。彩美ちゃん、わたしを見捨てないで。じゃないと、じゃないと、わたし、彩美ちゃんも……」

「やめてよ。……もう、しょうがないなあ。あーあ、転校でもできればいいのになあー。

 マリーって言うんだ、あの人形。ふうーん……

 わたし、あの人形の正体、なんか、分かった気がするんだよねー……」

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