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10、嘲笑

 麻樹たちがゲームセンターでひどいことになっていた時、

 博美はそんなことつゆ知らず、マリーがお気に入りのグリーンのゴージャスなドレスを買うと、麻樹たちに鉢合わせしないようにさっさと階段を使って1階に下り、建物から出た。

 タクシーを捕まえられる表通り向かって駐車場を横切ろうとした時、パアアン、と柔らかくクラクションが鳴らされて、

「博美さあん」

 と呼ばれた。博美が振り返ると、やっぱり遠山詩穂だった。

 黒い大型セダンが、ぴったり後部座席の窓が博美の前に来るように止まった。博美の父の車とは別の国内メーカーだが、発売されたばかりの最高グレードの車だ。

 開いた窓から清楚なブラウスを着た、小さな顔の、子猫のような少女がにこやかに話しかけた。

「博美さんもお買い物? これからご帰宅でしょ? 送るわよ? どうぞお乗りになって」

 と、シートベルトを外して反対側へ移った。

 博美は仕方なくお言葉に甘えることにした。


 車の乗り心地は素晴らしくよかった。帰宅時間になって道路は混んでいたが、カーステレオはコンサート会場のように素晴らしい音響で、とてもリラックス出来る……のだろう、これが詩穂の家の車でなかったら。

「来週お父さんの誕生日なの。そのプレゼントを注文に来たのよ」

 運転手は父親ではなく、初老の男性で、執事、なのだろうか? バックミラー越しではあったが博美にも丁寧に挨拶した。

 博美は、だったら庶民向けのビアーレじゃなく、中心街の老舗デパートに行けばいいのに、と思ったが、中心街は駐車場が少なくて車の便が悪く、対してビアーレは広い駐車場が完備されている。

 詩穂の父親は博美の父と同じ会社に勤めていて、役職も同じ事業部長。博美の父とはライバルで、社長派と専務派という派閥争いでもライバル関係にあった。

 会社は会社名を冠した青少年向けの文化イベントを毎年定期的に行っていて、詩穂とはその会場でよく会っていた。お父さんの会社の女の子で同い年ということで、子どもの頃は会うのが嬉しかったが、だんだんと憂鬱になっていった。周りからライバル関係にあるエース二人の同い年の娘さんということで比較されているのが分かったからだ。

「博美さんは第一高校なのよねえ?」

 詩穂が博美の紺色の制服を見て言った。

「博美さんも星蘭高校に入学してくれたら、ご学友になれたのになあ」

 星蘭高校はまだ新しい私立の学校だが、優秀な講師を揃えて有名大学への進学率をぐんぐん伸ばしていて、スポーツ系、文化系ともクラブ活動も活発で、全国レベルで活躍していた。対して第一高校は伝統ある公立校だが、麻樹みたいな生徒がいることからも、まあ、そんなレベルの学校だった。

 モールにいたなら詩穂も博美を呼び出すアナウンスを聞いていただろう。ひょっとしたら、博美に会えると思って案内カウンターに行って……麻樹たちを見たかもしれない。博美はとてつもなく恥ずかしくなった。

 博美は詩穂の屈託のない笑顔に「ねえ」と曖昧に笑顔を返しながら、

『この腹黒女』

 と、心の中では思っていた。けれど、

 詩穂の母親はモデルみたいな美人で、詩穂も、長いまつげがクリンとカールして、少女マンガのヒロインみたいにキラキラした大きな瞳をしていた。

 博美はこの子と比べられるのが嫌でしょうがなかった。



 翌日。

 登校してきた麻樹は最悪に不機嫌だった。

 メンバーの美乃里と茉奈も登校してきた。


 二人はあの後しばらくして目を覚まして、どこにもけがはしていなかった。

 全身に浴びた血のような物がなんだったのか?

 ゲーム機には霧やエアーを噴出する装置は付いておらず、メーカーのサービス員が至急点検に来たが、機械に故障や不具合は見つからなかった。

 目を覚ました二人は、ゲームを始めてしばらくしてからの記憶がなかった。ゲームに入り込み過ぎて、すっかりトランス状態になっていたらしい。

 ショッピングモールの店長もやってきて、二人の容態と事態の解明を心配して見守っていたが、事故が起こる前に総合案内カウンター前で騒ぎがあり、麻樹が大量の鼻血を出していたことが報告され、一気に疑いの目が麻樹に向かった。

 麻樹は、

「あたしらのせいじゃねえよ! あの変な外人女が何かしやがったんだよ!」

 と抗議したが、担当スタッフに確認したところ、

「そういう方はいらっしゃらなかったそうです。失礼ですが、お客様が一人で何事か大声で騒がれていたそうで」

 と、麻樹を見る目がますます険悪な物になっていった。

「は? なに寝ぼけたこと言ってやがんだ! いたじゃねえか、馬鹿みたいなお姫様ドレス着てよお」

 激しく抗議する麻樹にうんざりした顔をして、時刻も遅くなってきて、

「とにかくお二人には病院で検査を受けてもらって、場合によっては警察の方へ連絡して詳しく調べてもらうことに」

 と促す店長に、

「もういいよ。あたしら平気だから」

 な?、と二人が白けた顔でうなずき合い、

「帰ろうぜ、麻樹」

 とベッドから立ち上がった。

「あたしは認めねえぞ! ぜってえ訴えてやる!」

 と吠える麻樹を「いいから」と二人は引っ張ってドアに向かい、店長も、

「どうぞ」

 と見送った。


 麻樹はまず先に登校してきた博美を捕まえて詰問した。

「おい、博美。おまえなんで昨日呼び出したのに来なかったんだよ?」

 博美は、え?、と眉をひそめ、

「なんのこと? 知らないわ」

 と迷惑そうに見返した。なんだ?と、麻樹はいつもと違う博美の態度に内心戸惑いを感じた。

「ごまかすんじゃねえよ。あたしらも昨日ビアーレに行ったんだぜ?」

「そうなの? ふーん。会えなくて残念だったわね」

「てめええ……、よくもしゃあしゃあと……」

「悪いんだけど、七尾さん。もうわたしに話しかけないでくれる?」

「なにい?」

「お友達に言われたの。お付き合いする相手を選びなさい、って。だから選ぶことにしたの。あなたとはもうお友達をやめるわ」

「なんだとお? 誰だよ、そのクソむかつくお友達ってのは?」

「七尾さん」

 博美は思いがけず強い目で麻樹を睨んできた。

「わたしのお友達を侮辱するようなこと言わないで。とても、怒るわ」

「へ……」

 どんなおっかないお友達なんだよ?、と麻樹は笑おうとしたのだが、博美の変に自信に満ちた、冷たい顔に、言い返すことが出来ず、

 ちょうど教室に入ってきた彩美を見つけて、逃げるようにそっちに向かった。

 彩美は麻樹を見てびっくりした丸い目をした。

「彩美! こっち来いよ」

 壁際に連れて行って、逃げられないように両腕で囲って凄んだ。

「てめえか?博美に下らねえこと吹き込んだのは?」

「ええ? なんのことよ?」

 彩美はいつものように気弱に視線を下にそらしたが、おそるおそる麻樹に向き直ると、

「あのさあ、麻樹。博美には関わらない方がいい……と、思うよ?」

 と、緊張した様子で意見した。

「どういうことだよ?」

「いや……、わたしの口からは言えないんだけど……」

 と、それ以上は本当に困ったようにまたうつむいてしまい、麻樹はらちがあかない様子に、チッ、と舌打ちして、

 前後の席で大人しくしている美乃里と茉奈のところへ行った。

「くっそお、博美も彩美も馬鹿にしてやがるぜ。へっ、放課後を楽しみにしてやがれってんだ」

「なあ、麻樹い……」

 ため息をついた美乃里が茉奈を振り向き、疲れた視線を交わすと、代表して言った。

「しばらくいっしょに行動するのやめようよ。なんかさ……、おっかないんだよ」

「何がだよ?」

「よく分かんないけど……」

 言葉を濁した美乃里だったが、やっぱりはっきりさせようと、言った。

「あたしらさあ、あの変な人形女……、ううん、あの人形に、呪われてるんじゃないか?」

 麻樹は笑った。

「馬っ鹿じゃねえか? そんなもんあるわけねえだろ?」

 美乃里と茉奈はいじけた目で麻樹を睨んだ。

「もうさ、ほっといてよ、あたしたち。……嫌なんだよ、あんな目に遭うのは、もう……」

 昨日、目を覚ました直後はぼうっとしてかえってなんともなかったようだが、時間が経つに連れ、自分たちの経験したことの異常さが思い出されてきたようだ。

 茉奈がブルッと震えて、美乃里も釣られたように震え上がった。

「けっ」

 麻樹は思いっきり顔をしかめて吐き捨てた。

「どいつもこいつもおかしくなりやがって。このサイコ野郎ども! てめえらまとめて病院行きやがれ!」

 チャイムが鳴り、麻樹はカッカと怒りながら自分の席に向かった。

 気弱な、自分で友だちを作ることの出来ない連中をまとめてやったグループだったが、

 けっきょくのところ、

 一番の独りぼっちは麻樹だったようだ。




 遠山詩穂の父親が会社で倒れた。

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