07:友情は見返りを求めない
やっとここまで漕ぎ着けたか。
トールは感慨深げにハウスキーパーほどのサイズのそれを見てほぅ、と溜息をつく。
ドームの中央管制だけにパーツの供給を依存していては埒が明かない、そう考えた結果宇宙船の中央管制の修繕を優先することにしてひと月あまり。家庭用のそれに比べれば小規模で性能も最低限ではあるがそれでもこの星の旧式に比べれば高性能の部類、それが漸く完成したのである。
ひとまずはこれをドームに運んで電源を確保すれば二台体勢でパーツの供給が出来る。
「フル稼働になるが、いい子にしててくれよな」
そう言って金属質の表面を撫でると、うん、と伸びをして辺りを見回す。
そういえば、さっきから二人の姿が見えない。
「あいつ、また泳いでるのか」
暑さのピークを越えたとはいえまだまだ気温は高いままで、相も変わらずの水遊び日和だ。そうしたくなるのも頷ける。先日の『事件』でトラウマを抱えられたらどうしようとは思っていたのだが幸いにも水遊びの魅力には勝てなかったらしく、ひまわりは中央管制で水着を作るという対策までして手伝いの合間を縫って泳ぎにでかけるようになった。
トールとしてもプログラムがメインの修復作業だ。暇を飽かされるよりはその方がいいということで、ハウスキーパーに『お守り』を任せて作業に専念していた。
「たまには、遊んでやるか」
一緒に遊びましょう、などとひまわりが言うことはなかった。そういったところをしっかりとわきまえることを学んだのは彼女の美点だとは思うが、本音がそうでないことは――都合のいい解釈かもしれないが――表情を見ていればなんとなくわかるというものだ。
2、3度しか遊んで遊んでやれなかった罪滅ぼしだ。中央管制の移動は後回しにして泳ぐことにしよう。そう決めてトールは湖に歩みを進めることにする。
「トールっ!!」
そんな矢先のことだ、向こうからひまわりの悲鳴に似た呼び声が飛び込んでくる。パステルピンクのワンピース風の水着を揺らして駆け寄るその表情は青ざめており、何かのっぴきならないことが起こったのだということを伝えている。
「どうした? またドラゴンさんでも出たか!?」
勢いよく飛び込んでくる少女を受け止め問い返すと、ひまわりは銀髪から水滴を散らせながら首を振る。
「違います。でも、でもっ、ピーちゃんが……ピーちゃんがっ……」
狼狽して肝心の内容が伝わらない。けれど少女がその手に何かを握りしめているのに気づき、
「これは……ピーちゃんの『足』か」
多輪駆動の数ある駆動部の一つ、それがポッキリと折れた形でひまわりの手に収まってしまっている。通常一カ所程度の損傷であれば『多輪』の名の通り他のローラーが補う形で稼働するのだが……何らかの原因でままならないのだろう。
いや、この心優しいウェザーロイドならばたとえハウスキーパーが何食わぬ顔で稼働したとしても、これくらい動揺するだろう。
「落ち着け、ひまわり。とりあえず行こう」
手を引いて湖まで駆けると、果たしてその岸辺に妙な形で闊歩するロボットの姿があった。
両腕で機体を浮かしてドス、ドス、と不安定に地面を抉りながらこちらに歩み寄る様は、システムに致命的な不具合でも起こったのかと驚かざるを得ない。
「ピーちゃんっ! 待っていてくださいって言ったじゃないですか!」
今にも泣き出しそうになりながらひまわりはそれを静止するが、『守護者』である彼が彼女の傍から離れたくないのは仕方のないことともいえる。
「もう大丈夫だ。頼りないが、俺がいる……何があった?」
唯一事情を知るトールがそう囁くと、ハウスキーパーは漸く得心したのか浮かせていた身体を地面に下ろす。と、ガタンと音を立てて筒状の機体が地面に斜めになる形で着地する。
「……立てないのか」
スッ、と目を細めトールはしゃがみ込んでハウスキーパーの足下を覗き込む。
「横にするぞ? 駄目ならこのままでいい」
そう告げるとトールがそうする前にハウスキーパーは問題ないと両腕で身体を持ち上げてごろん、と地面に転がってみせる。
「悪いな」
覗き込むと、駆動部の折れた箇所が見えてくる。砂利だなんだが他の駆動部に絡んではいるが構造そのものに影響があるようには見えない。
「水平機構か……」
破損はしていても稼働している下半身、その癖真っ直ぐに立つことが出来ないとなればその可能性が高いとトールは結論づける。
「ピーちゃん、自己診断もそう言ってるだろ?」
問いかけると、ハウスキーパーは電子音と共に投影画面を表示する。内容はほぼトールの予想通りでご丁寧に予備パーツがドームの倉庫に眠っていることも示されている。早く治して欲しい、ということだろう。
「トール、トールっ、あの、ピーちゃん大丈夫ですよね?」
なるべく邪魔をしないように、そう堪えていたのだろうが我慢の限界を迎えたらしいひまわりが肩に縋り付いて問いかけてくる。目元には薄らと涙まで浮かんでいて、不安がらせてしまったかとトールは少女の銀髪をくしゃりと撫で付けて、
「大丈夫だ、致命的な奴じゃねぇ。とりあえずドームに戻ろうぜ。な?」
静かにそう囁くのだった。
「妙だな」
ドームの倉庫を見回しながらトールは首を傾げる。
日用品に混じって並ぶえらく古臭い部品たちが、家庭用補助機械や中央管制の保守用のそれであるのはわかる。けれど、肝心なものが足りないのだ。
ひまわり――天候案内用人型自律機械の換装パーツが。
自律式であるならばどれだけ旧式であろうと自己診断と自己保守の機能は備わっているものだし、それ故に彼らの耐用年数は非常に長い。しかしながらどんな機械にも摩耗は起こる。それは保守機能そのものにも当てはまることで、小さな見逃しが重なればピーちゃんのようにある日突然故障が起こるというものだ。
WA120型とやらがどのような構造なのかは知らないが、いくらなんでも予備の部品が一つも見当たらないとなれば修理屋としては危機感を覚えざるを得ない。
混凝土のドームを合金で覆い、ハウスキーパー兼護衛まで用意しておきながら換装パーツを用意していないなど片手落ちもいい所だ。旧世代とは思えない完成度の彼女を作った人間がそのような真似をするようには思えないのだが……
「っと、いけねぇ。まずは修理だな」
この星に流れ着いて4ヶ月。生活に慣れると、環境そのものに疑問を抱くこともしばしばだ。例えば本当にこの星に人間はないのか、だとか、どうしてあのハウスキーパーはひまわりを守っているのか、だとか……別に不快である訳でも、ひまわり達を信用していない訳でもない。ただの違和感だ。
余計な考えを頭を振って放り捨て、トールは部品を見繕って倉庫を出る。
「……ひまわり。心配なのはわかるがいい加減着替えてこいよ」
なるべく優しい声になるよう心がけながら、トールはひまわりにそう告げる。
広間にシートを敷いてハウスキーパーを寝かせた傍ら、そこに濡れた水着のまま座り込んで腕を握りしめ祈るように見つめていた少女はゆっくりと顔を上げて首を振る。
心配で片時も離れたくない気持ちは、十分わかっている。
「風邪引かないのか知らねぇけど……やっぱり身体に悪い。お前にまで倒れられたらこいつだって悲しむだろ? それに……今からそいつを弄るんだぞ? 電気系統に水は厳禁だ。な? 頼む」
少し前ならば、修理の邪魔だから出ていけと一蹴していたところだが、そんな愚をトールは犯さない。何も出来ない自分が悔しいだろうことまで想像できるのは、重ねた月日のお陰か、彼女らと触れ合ってまともになれたからか。
「Pi. PiPi!」
ハウスキーパーの後押しもあって、漸くひまわりは立ち上がる。
「安心しろ、ってのも無理な話だよな。着替えたら、見てていいからな?」
そう言って濡れた髪を撫でてやると、少女はぎゅう、と濡れた身体のまましがみつく。
「泣くなって。俺は星間修理業者だぞ? 絶対修理してやる、このハンマーにかけて。失敗したらこれで俺をカチ割ってくれていいぞ」
金剛石製の鎚を手に取って俺は神様なんだろ? とおどけてみせると、ひまわりはおずおずと顔を上げて、
「ごめんなさい、信じてない訳じゃないんです。でも、でも……っ、お願いします、トール」
泣き出しそうになるのをすんでの所で堪えて不恰好に笑ってみせると、自室へと走り去っていく。
「ったく、水は厳禁だって言ってるのにな?」
すっかり濡れてしまった上着を脱ぎ去りながら肩を竦めてみせると、ハウスキーパーも苦笑のように一鳴きする。
「かなわねぇよな、ひまわりには。天候案内用人型自律機械がずっと『雨』だなんて、洒落にならねぇ」
そう言って機体を撫でると、ピーちゃんは少しトーンを落とした電子音を響かせる。
「そうだな、お前があいつを泣かせたことなんてこれまでなかっただろうしな。この前の喧嘩は俺のせいだし、初だ」
相変わらず言葉はわからない。だが、伝わるものもある。
「でもまぁ、喜んどけ。あれだけ心配してもらえてんだ……お前はあいつにとって大事な奴なんだ」
言いながら、トールは少しばかり嫉妬する。自分も同じように心配してもらえるのだろうか、そんな子供染みた考え。
馬鹿だな、そんなこと考えるまでもない。
「よし、始めるぞ。明日までに『晴れ』にしないとな」
威勢のいいハウスキーパーの返事に頷いて、トールは腕を回して修理作業にとりかかるのだった。
ハウスキーパーを眠らせて多輪駆動の換装、その後は中央管制と接続して水平機構の具合をモニタリングしながら調整……作業手順はそんなところだ。
正直に言えばロボットの修繕など専門外もいいところだ。しかしながらそこは星間修理業者、数多の宙域を飛び交い修理を行っていれば顧客から専門外の依頼も受けることなど茶飯事だ。そのため皆それらに対応できるようあらゆる知識を身につける。トール自身、親方に引き取られたその日にいきなり何のロボットのものかも知れぬ『腕』を投げつけられて、修理ができるまで飯抜きだと宣言されたものだ。今思い返しても最悪な出会いだとは思うが、まぁ、お陰でどんな修理にも立ち向かえる胆力と柔軟な発想は身についた気がする。
「…………」
作業そのものは旧式ゆえに単純だ、しかしそれだけ故障に対するサポートが少ない。換装すればそれにあわせてシステムを書き換えねばならないし、水平機構の調整はもはや手動に等しい。
結局、どれだけ技術が進歩しても修理にかかる時間はそうかわらないというわけだ。
「さて……」
作業に一区切りをつけて、うん、と伸びをすると傍らで控えていたひまわりが、ぴくんと顔を上げる。
着替えを終えてからずっと作業を見つめ続けていたのだ。
「順調だ。ちょっと休憩しようか、ひまわり。疲れちまうだろ?」
何もしなくても、いや何もできないからこそ疲労は本人の知らない所で蓄積するものだ。そう気遣ってトールは声をかけたのだが、ひまわりは物言わぬ金属の塊と化した相棒と彼の間で視線を何度か彷徨わせ、
「大丈夫です。ピーちゃんの方がもっと大変なんですから……わふっ」
いきなり頭をくしゃりと撫で付けられて少女は首を竦める。
「ばーか。どっちが大変か、なんて比較で話するんじゃねぇよ。修理するのも、心配するのも、大事な仕事だし疲れることだろ? 疲れてちゃいい仕事はできねぇんだ」
それだけ言って、トールは中央管制でアイスコーヒーとミルクを一杯ずつ生成する。
「ほら、飲もうぜ」
テーブルの席について手招きするとひまわりはのろのろとトールの隣りに座りミルクを口にすると、長い息を吐く。
「な、疲れてるだろ?」
そう笑いかけると少女は返事の代わりに、こつん、と頭をトールの肩にもたれかからせる。
「私の記憶は、ピーちゃんから始まったんです」
ぽつり、とつぶやいたその言葉にトールは視線だけ移してコーヒーを口にする。
「目を覚ましたら、自分が天候案内用人型自律機械であること以外何も覚えていなくて……ピーちゃんはすごく慌てていました」
記憶喪失。いつか、彼女がそう言っていたのを思い出す。
「何も知らない私にピーちゃんはいろいろ伝えようとしてくれました。けど、私ったら何を言っているのかさっぱりわからなくて……気がついたら天気予報の時間で、目の前で突然始めたものでしたから……ピーちゃんは故障したのかって思ったんでしょうね? 私の周りをグルグル回って警告音を鳴らしてました」
思い出し笑いにしては力なく、それでも肩を揺らして少女は笑う。
「なかなか賑やかな目覚めだな」
「はい。だからこの星に誰もニンゲンさんがいないって知っても、不思議と怖くなかったんです。今思えば、寂しいって気持ちはあの頃からあったのかもしれませんけど……でも、怖くはなかったんです。ピーちゃんが一緒だから、って」
コーヒーを口にしながら、トールは思う。きっとあの有能なハウスキーパーのことだ、彼女が孤独に囚われぬよう細心の注意を払い続けたのだろう。
「何度、ありがとう、って言ったかわかりません。でも、言っただけでした。優しくしてもらったくせに、大切な友達だって思ってるくせに……ピーちゃんが壊れかけていることに気づけなかったんですから。やっぱり私はポンコツです。ダメダメです」
自嘲の笑みを浮かべて、ひまわりは再び吐息を漏らす。涙を流さなかったのは泣いてしまえば結局自分が可愛いだけの存在にならぬための最後の矜持だ。
「ふーん」
相変わらず機械生成のコーヒーは不味い。そして、ひまわりの考えも不味い方向に向かってしまっている。
「ま、たしかにポンコツだよ、お前は」
くしゃりと銀髪を撫で付けて、そう答える。
「前々からお前のことは人間みたいによく出来てるって思ってけどな、違った。さっぱりわかっちゃいねぇ。ポンコツだ」
いつもならば馬鹿にしないでください、と反論して来る所なのにひまわりは黙ってそれを受け入れてしまう。
本当にわかっちゃいない。
「あいつがお前に何か求めたのかよ」
無理矢理に顔を上げさせて真っ直ぐに少女を見つめると、蒼の瞳が驚きを含んでこちらを見返してくる。
「あいつはお前に見返りを求めたのか、って聞いてるんだよ。一緒にいることに、優しくすることに、何か対価を求めたのかって」
乱暴な言葉の代わりにゆっくりと頭を撫で付けて問いかけると、少女はふるふると首を横に振る。
「お前だって同じことしてるじゃねぇか。俺の命を助けたくせに、何一つ要求してこねぇ。どうしてだ?」
目を丸くして、ひまわりはトールを見つめ返す。そんな考え思いつきもしなかったと顔に書いてある。
「礼と仕返しはなるべく早めに――これは俺の矜持なんだが、ちっとも返せやしねぇ。何か言えよ、今すぐドラゴンさんとやらの巣に乗り込んで殲滅してこいとか、最近つまんねぇから今すぐ裸踊りしろとか、なんかあるだろ?」
「お礼なんて要りません! だって、トールは優しくしてくれます。いろいろなこと、教えてくれます。それに、一緒にいてくれます。それだけで、十分……あ……」
よし、合格。
「前言撤回、お前はやっぱよく出来てる。多少頭の回転は悪いがちゃんとわかってるじゃねぇか」
ぽんぽん、とひまわりの頭を叩いて、トールはすっかり温くなったコーヒーを飲み干す。
「でも、悔しいです。何も気づいてあげられなかったこと……」
どれだけ見返りを求めない関係であっても、やはり後悔は残る。それは過剰な優しさなのかもしれない。あるいは自己満足の産物なのかもしれない。けれどそれこそが『情』という奴なのだろう、とトールは考える。
「そうだな。だからその気持ちは大事にとっとけ。その分、何かしたいって思えるだろ? 俺なんか今、絶好のチャンスだからな。修理なんて俺の活躍の場だからな……ってこれは流石に不謹慎か?」
そう肩を竦めると少女はクスクスと笑い、それから少しだけ考えて。
「私には何ができるんでしょう?」
と小首を傾げる。
それは自分で見つけるものだと済ませることも出来たが、トールは少し考えて。
「なぁ、天候案内用人型自律機械のひまわりさんよ。天気予報する奴が『くもり』だの『雨』だの、景気が悪いとは思わねぇか? 俺も、ピーちゃんも、『晴れ』が好きだ」
別にハウスキーパーとの約束があったから言った訳ではない。
自分に出来ることは『修理』くらいのもの。ならば、明日の朝になれば全てが元通り……いや、これまで以上に素晴らしいものになるようにしたくなるというのが『情』というもの、と考えたからだ。
「トールは本当に、すごいですね」
言葉の意味を噛み締め、少女は笑みを浮かべてトールを見上げる。そんなに真っ直ぐに褒められると何だかくすぐったくて、
「お前はもう寝ろ。朝までには終わらせるが俺は多分、いや、間違いなく疲れ果ててぶっ倒れる。目を覚ましたピーちゃんの相手が出来るのはお前しかいねぇ。役割分担だ。ほら、さっさといっちまえ」
顔を逸らしてしっしっ、と追い払うジェスチャで答える。
それが、彼の照れ隠しであることはひまわりも知っていて。少女ははい、と頷いて寝室へと消えてゆくのだった。
全ての工程を終えたのは明け方過ぎのことだった。
電子音を響かせ、全機能異常なしを伝えるハウスキーパーを満足げに見つめて、トールは大きく息を吐く。
「っしゃ、終わったぁ!」
シートにゴロンと転がって喝采の声を上げると、途端に眠気が襲ってくる。
「Pi」
と、そんなトールを見下ろす形でハウスキーパーは礼のつもりなのだろう、以前より快適に稼働する多輪駆動でもってクルクルと回ってみせる。
「おう、快適だろ。水平機構の余計な癖も全部修正しといたからな」
寝転んだまま笑いかけると、ハウスキーパーは何度も電子音を響かせてトールに礼を言う。
「ま、いいってことよ。それより、眠い。ちょーねみぃ、俺はこのまま寝るから……ひまわりに元気なとこ見せてやれ」
それだけ言うとトールは大の字になったまま、瞳を閉じる。
集中に集中を重ねた頭が、緻密な作業に凝り固まった身体が、泥の中に沈んでいくような感覚。
久しぶりにいい仕事ができた、その満足感と共にトールは眠りに……
「トールっ!!!!」
その安らかな微睡みは大声と共に打ち破られる。
うるせぇ、そう叫ぶより先に身体に何かがのしかかる感覚。ぶっ倒れるって言っただろうに、と薄らと目を開けると。
そこに、ひまわりが咲いていた。
蒼い瞳を輝かせ、喜びで白い肌を桃に変えて笑顔を浮かべるその様は、『晴れ』そのものだ。
「トールっ、ありがとうございます。ピーちゃん、元気になってくれました!」
そいつは何よりだ、とトールは笑う。
修理は万全、そして天候案内用人型自律機械は快晴なり。世は全てこともなしってもんだ。
ああ、それにしても騒がしい。
嬉しいのはわかるが傍らでピーちゃんが寝かせてあげようよ、と袖を引いているのにも全く気づかずに何やら捲し立てられては敵わない。
安眠妨害だ、黙らせよう。
そう決断したトールは寝ぼけた頭で、ぐい、と少女を引き寄せると、抱き締めるようにして身体を横に倒す。
こりゃあいい抱き枕だ。
「ふぇぇっ!? トール!?」
突然の暴挙にひまわりは頬を朱に染め、目を白黒させるが、
「うるせぇ、抱き枕が喋んな」
トールはさらにひまわりを抱き締めて、寝息を立て始める。
後に残るのは、鼓動のやり場を失った少女とそれを見つめるロボットばかり。
「えっと、ピーちゃん……どうしたらいいんでしょう?」
小声で助けを求める少女を見て、ハウスキーパーはよかった、と胸を撫で下ろす。
いつもの、ひまわりだ。
トールはちゃんと、ひまわりを『晴れ』にしてくれた。
そして僕の身体も新品みたいに軽くしてくれた。
「Pi」
喜びを表すようにくるり、と小回りすると、ハウスキーパーはいそいそと部屋に散らばる部品や工具の片付けを始める。
ひまわりには悪いけど、恩人の眠りを妨げるなんてできやしない。
「え? え? ピーちゃん? あの、ピーちゃんってば……」
遠のくハウスキーパーの足音に、ひまわりは万事休すと項垂れる。
強引に身を振り解けば離れることはできるだろう。けれど興奮のあまりトールの眠りを妨げてしまったことも事実で、それを繰り返すのはなんだか悪い。
でも、この張り裂けそうな胸の鼓動はどうすればいいのだろう。
初めての水遊びの夜のように頬が熱くて仕方がない。
風邪なのかなぁ?
ちらりと青年の顔を見上げると……普段の皮肉げな表情とは真逆の、少年のようにあどけない寝顔があった。
こんな顔もするんだ、なんだか可愛い。
そう思うと、厚い胸板も、抱き締められる温もりも、どこか心地よくなってくる。トクン、トクン、跳ねる鼓動は相変わらずだったがそれさえも自然に思えてきて……
「おやすみさない、トール。どうも、ありがとうございました」
ひまわりはゆっくりと目を閉じるのだった。