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04:喧嘩と雨とガーディアン(前編)

 星間修理業者スペースマシーナリが法外な金銭を対価にする理由の一つに、お世辞にも効率のいい仕事ではないことが挙げられる。

 救難信号をキャッチすべく『流し』で飛び回るだけでもコストがかかるし、あらゆる型式に対応するためには大量のパーツや機材を常に抱えておかなければならない。

「頭が痛い話だよなぁ……」

 この星に流れ着いて一ヶ月。地道に地道を重ねる修理作業が続くとつい愚痴っぽくなってしまう。

 宇宙船の状況は半壊といったところだった。

 エンジン周りの入れ替えと航行管制ナビのプログラミング、あとは種々の装甲の補強。とりあえず飛べるようになるだけでも作業が山積みなのだが、遅々として進まない。

 原因は資材の不足だ。

 食料や医療品、それに日用品などは操縦席付近に収納していたお陰で無事で、いずれ航海に出るためにもそのままにしてある。しかし船体後部――在庫を山積みにしていた倉庫部分は墜落時の火災にやられてしまっていた。お陰で圧倒的に部品パーツが足りない。辛うじて起重機クレーンやら溶接ロボットあたりの機材は使い物になるが、それらで組み上げるべきモノがない状態。

 仕方がなくひまわりに許可を得てドームの中央管制メインシステムに設計図を流し込んで製作しているのだが、旧式故の演算速度が作業を遅らせる。

 直近の問題としては修理に遅れが、そして先の問題としては失った在庫を埋めて業務再開するのにいくら金が要るのか。

 実に頭が痛い。

 と、目の前を何かが横切ってヒヤリ、と額に冷たい間隔。

「熱はありませんねぇ……」

 ウェザーロイドの目なら感熱機構サーモグラフぐらいついているだろうに、わざわざこちらの額に手を当ててひまわりは首を傾げる。表情には心配というよりは不思議なものを見るような感じ。そりゃあそうだろう。突然隣りで作業をしている人間が独り言を呟き始めたのだから。

「独り言だ。どうも癖でなぁ」

 基本的には単独行動。そのせいだろうか、考えが時折口から漏れてしまう。

「そうでしたか。でも、わかりますよ。私もよく、声だしちゃいます」

 機械の回路にも癖なんてものがあるのか。そんな驚きもあったが、何にせよお互いに寂しい癖がついたものだ。

「すまん。ちょっとそこのボルトとってくれ」

 修繕箇所を片手で押さえながら言うと、ひまわりがとてとてと走って地面に転がる部品を拾い上げる。と、同時に腰にぶら下がるホルスターが重たげに揺れる。

 もうちょい軽い奴があればよかったのだけど。

 思案しながら礼を言ってボルトを受け取る。

 ホルスターの中身はもちろん銃――光線銃ブラスターだ。大トカゲから身を守る為、ということで幸いにも火災を免れたものを与えたのだ。もちろん、トールの腰にも同じものがぶら下がっている。

 あの大トカゲ――ドラゴンさんとやらはひまわりの住む市街には現れないらしくこれまで危険はなかったそうだ。それこそ散歩がてらに遠出して、眠っている所を見かけた程度。まさか人を襲うとは思いもしなかったそうな。

 そんな棲み分けが崩れた原因など、トールが思いつく限り一つしかない。

 宇宙船の墜落だ。

 恐らく彼らの巣なり餌場なりに重なる形で落ちてしまったのだろう。住処を追われた大トカゲが生息地を変えたとしても不思議ではない。

 不可抗力とはいえ悪いことをしたな……そんな負い目がトールにはあった。手当や食事の世話になっているというのに、ひまわりの平穏を乱し挙げ句に彼女の身体に不釣り合いな重い銃を持たせる羽目になってしまった。だが、致し方がない。ハウスキーパーの見せてくれた資料に寄れば、あのトカゲは大きさだけでも脅威なのに、歯に毒を持っているらしいのだから。

「Pi」

 受け取ったボルトをひょいと持ち上げ、ハウスキーパーがトールが支える合金板にボルトを打ち込んでいく。家庭用だというのに器用なもので、痒い所に手が届くサポートをしてくれるものだから思わず口元が緩む。

「いいねぇ、ピーちゃん。お前スジがいい」

 ロボットに才能もへったくれもないが、なかなかどうして。土木系のプログラムでも入力されているのだろうか。

「あのあの、私も手伝います!」

 それを見て工具を片手に作業に参加しようとするひまわりの細腕をトールはやんわりと制する。

「あぶねぇからやめときな」

 見るからに非力で天気予報限定な上、どうにもドジな彼女に作業を任せればどうなるか……火を見るよりあきらかだ。ただでさえ彼女の生活を脅かしているのに怪我までさせては命の恩人に申し訳が立たない。

「大丈夫ですっ。お役に立ちますから!」

 これまでも何度かこのようなやり取りはあったが、今日は妙に頑固だ。

 荷物を運んだり、食事を用意してくれたり……あと、たまには当たる天気予報だって、十分役に立ってくれている。

「ちゃんと手伝いは頼んでるだろ? いいって」

 それでも首を振ってひまわりは工具を離さない。

 頑固なのはいいが、そもそもそのレンチはサイズが合っていないのだが。   

「ったく、ドジやらかして怪我でもしたらどうすんだよ」

 困った奴だ、と笑っていたトールだが、二言三言と押し問答を繰り返していくうちに語気が荒くなる。

 全く、心配してるのにどうしてそれがわからないのか。

「大丈夫ですっ! 私だってピーちゃんみたいにできるんですから!」

 なおも引かないひまわりに苛立ちが募りだすと、つい心にもない言葉が飛び出してしまう。

「できねぇよ、ポンコツのくせに」

「……っ!」

 言った瞬間、しまった、とトールは心の中で独り言ちる。

 遅々として進まない作業に辟易していたせいだったのかもしれない。

 あるいはひまわりへの罪悪感のせいだったのかもしれない。

 だがそんなものは言い訳で……

 みるみるうちに曇ってゆくひまわりの表情など見なくても、それがどれだけ酷い言葉なのか火を見るよりも明らかだ。

「あ、えっと……あのな、ひまわり。今のは違うんだ……」

 悔しそうに、悲しそうに、ぽろぽろと大粒の涙を零し始める少女にそれは逆効果でしかなかった。

「トールの……トールのいじわるっ!!」

 レンチを足下に投げつけて顔を覆う。

「Pi!!」

 驚いたハウスキーパーが声をあげるがそれも追い打ちだ。

「きらい! ピーちゃんなんてきらい! トールもピーちゃんもきらい!! 二人して邪魔者にして……だいっきらい!!」

 ありったけの声で叫ぶと静止の声も聞かず浮遊駆動ホバーを駆って走り去ってしまう。

「……あー、やっちまった」

 大人げない、そう指摘できる者は残念ながらこの星にはいないが……そんなことはトール自身が一番わかっていることだ。

「なぁ、ピーちゃんよ。あいつ、追えるか?」

 役立たずのポンコツなどと言われて笑っていられる方がどうかしている。兎にも角にも追いかけて、謝らないと。

 そう思いながらハウスキーパーに声を掛けると、返事がない。というかアームをがくりと落としてじっと動かない。擬音で表すならば『ガーン』といったところだろうか。

「あれ? もしかしてお前、落ち込んでる?」

 こいつはこいつで妙に感情表現が豊かにプログラムされてるよなと感心していると、項垂れた機体がくるりとこちらを向いて、

「Pi!! PiPiPi!! Pi!!」

 アームを振り乱し、回路を明滅させて喚き立てる。

 何となく言いたいことはわかる。

 お前のせいで僕までひまわりに嫌われてしまったじゃないか!

 そんなところだろう。

「オーケイ、わかった。とりあえず落ち着いてくれ。悪かったよ。すまん。だから、まずは俺達から仲直りしようじゃないか」

 暴れるロボットをどうどうと宥めて、どかりと地面に座り込む。

 それを見て落ち着きを取り戻してくれたのかハウスキーパーも振り上げたアームを下ろして、

「Pi」

 と先を促す。

「まずは、すまなかった。お前にも、ひまわりにも、世話になってるくせに迷惑をかけちまった……ごめんな」

 ドーム状の頭部の中で回路がチカチカと明滅して、ハウスキーパーはくいっ、と頭を動かして首肯する。

「甘えてたんだな、きっと。俺の生活ってさ、基本一人な訳よ。その辺飛び回って、壊れた宇宙船見つけたらさぁお仕事。同業者はみんな商売敵で、それこそおかに上がったら酒は飲んでも、仲間じゃねぇ。そんなもんだからよ、多分、つい甘えちまったんだ……一人じゃないってことに。手伝ってくれって言ったのも、別に役に立つ立たないじゃなくて……誰かがいてくれるっていうその、安心? そんな感じのものが欲しかっただけなんだろうな」

 口にすればなんとも子供じみた、言い訳。

 寂しいなどと口にすればこの商売は成り立たない。

 他の連中がどうやって孤独を埋めているのかは知らないが、少なくとも自分は、口にすれば脆く崩れてしまうような虚勢でもってそれを補っていたのだと思い知らされる。

「だから、別に役に立ってなんてくれなくてよくて……それこそそこにいてくれるだけで役に立ってて……下手に怪我されたりする方が心配っていうか、申し訳ねぇっていうか……ああもう! つまりはそんな感じだ。独り立ちした男がこんなうじうじした考え口にできねぇんだよ。こっぱずかしい!」

 ロボット相手に何を赤面しているんだ、と吐き捨てると、

「Pi!」

 ちゃんと言え、と言わんばかりにハウスキーパーが鳴く。

「ああそうだよ、全部俺が悪い。俺の勝手で手伝えって言って、俺の勝手で何もするなって言って、『役に立つ』が命題のお前らを混乱させた俺が悪い! どうもすいませんでしたっ!」

 半ば自棄になって、そう叫ぶと漸く得心してくれたのかピーちゃんは回路を明滅させながら、両のアームで円を作る。

 合格、ということらしい。

「はぁ……そりゃあよかった。つーか、お前……ものっすごい旧式のくせに出来良過ぎ。なんで船の修理普通に手伝えるんだよ、俺だってつい甘えちまうっつの」  

 そう言って小突くと、ハウスキーパーはくるりと機体を360度回転させる。

 褒められた! と喜んでいるらしい。

「お前が、ひまわりを守ってるんだな? おかしいんだよ、いくらなんでも。ドラゴンさんだっけ? いくら棲み分けできてたとはいえあんなヤバいのとコトを構えずに過ごすなんてありえねぇ。それとなくお前が、あいつをそういう所に行かせなかったんだ。この前襲われたのは、計算外、あるいは俺がひまわりを連れ回したせい……だろ?」

 ハウスキーパーはピタリと動きを止め、じっとトールを見つめる。まるでこちらを値踏みするようにチカ、チカ、と回路が明滅し、

「Pi!」

 右のアームを人間でいう口の当たりに動かして万能手腕マジックハンドで一本指を作ってみせる。

「秘密だぞ、ってか? わかってるよ」

 そう答えると満足げにロボットは一回り。

 どういった理由かはわからないが、この小さな汎用家事機械ハウスキーパーは、実のところ護衛機械ガーディアンだったらしい。

「まぁ、なんだ……俺が言うのも変けどさ、お前はよくやってるよ。ありがとな」

 そう言ってつるつるとした半球状の頭部を撫でて、立ち上がる。

「さて、ひまわりを探しにいくか。ちゃんと、謝らないとな」

 身体を伸ばしてそう呟くと、一鳴きしてハウスキーパーはひまわりの現在地を投影画面ビジョンモニタに示すのだった。 


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