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02:武器よさらば

「……」

 気を失う前の状況を思えば覚醒は格段に穏やかだった。一目で人工物とわかるグレーの天井と照明が目に飛び込むと、

混凝土コンクリート?」

 茫洋とした目覚めから一気に現実に引き戻される。骨董レベルの素材じゃないか。

「痛っ……」

 ベッドに寝かされていた身体を起こすと、悲鳴が口をつく。

 毛布から剥き出しになった裸の上半身には見たこともない白い帯がいたる所に巻き付けられていて何かしら拘束されているのかとぎょっ、とする。だが、痛みの源泉が帯の内側にあることに気づくと、それが何かしらの医療行為であることが見て取れる。

 確か、包帯だったっけ?

 自己治癒装置ナノマシンを注射すれば数日寝込むだけであらゆる傷や病が癒える……そんな時代に生きる彼からすればコンクリート造りの部屋も含めて時間跳躍タイムスリップでもしたのだろうかという考えさえ浮かんでしまうのも仕方ないことなのかもしてない。

「馬鹿馬鹿しい……」

 そんなおとぎ話があってたまるか。まだ、ここが『あの世』だとかそういった場所だと言われた方が納得する。

「Pi」

「ん?」

 ふと、電子音が聞こえてそちらを見やると、上側を半球上に溶接した燃料缶のような物体がアームローラーをバタバタさせている。

「ロボット、だよな?」

 自信が無くなる程に旧式のそれは何度か『Pi』と鳴いて、『ドアノブ』を回して部屋を出て行く。

「手動かよ……」

 今時、ここまでアナログな扉も珍しい。旧世代趣味アーンティーク業者ですら見たことがないレベル。

 そんなことを考えているとパタパタと音を立てて先程のロボットと共に少女が部屋に駆け込んでくる。

「目を覚まされたんですね、ニンゲンさん!」

 2、3……いや、5つぐらい年下だろうか。銀の長い髪が印象的な白い肌の少女だった。頭についた猫のようなデバイスがより幼さを強調している気がする。

 それにしても。

 ニンゲンさん、などと人を指してそんな言い方をする人類はいない。それはつまり彼女が『人外』であることを示していて、トールは目を見開く。人型自律機械アンドロイドの類だというのだろうか。この旧文明レベルの世界の中では出来がよすぎる気がするが……

「あんたが助けてくれたのか? 助かった……ありがとうな」

 だが、詮索は後だ。

 『礼と仕返しはなるべく早めに』――それが親方の口癖であり、トール自身の矜持だ。貸しも借りも時が過ぎれば利子がつく。恩は仇に、義理は束縛に――ロクなことがない。

「いえいえ、お役に立てて何よりです……といっても、手当とかほとんどのことはピーちゃんがやってくれたんですけれど」

 はにかみながら少女が応えると、その足下でロボット――ピーちゃんとやらが、まるで人間が力こぶを作るように機械腕を振り上げて、

「Pi」

 と鳴く。

 『えっへん』といったところだろうか? ボロのくせにやたらと芸が細かい。

「そっか、じゃあそっちもありがとうな? ピーちゃん」

 ずっとベッドの上、というのはなんとも収まりが悪い。礼を述べながら毛布を払いのけて立ち上がると、

「あ……」

 少女の笑みが凍り付く。

「?」

 首を傾げていると、顔色が見る見るうちに真っ赤になっていく。

「きゃ……」

「きゃ?」

 それにしてもどうしたというのか。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 耳をつんざくような悲鳴。

 突然のことにトールは目を丸くし、ハウスキーパーは驚いたようにPi、Piと鳴きながら少女の周りを走り回す。

「お、おい、どうした……」

 とにかく落ち着いてくれ、そう思いながら一歩踏み出すと少女は相棒をガシッと掴んで、ザザザザッ、と部屋の隅まで後退する。

「ち、近づかないでくださいっ! それ以上近づいたら、ぴ、ピーちゃんが黙ってませんよ。電磁砲レールガンでどかーんですからっ! 大人しく武器をしまって投降してくださいっ!!」

 明らかにそんな機能を搭載していないロボを盾にしてしゃがみ込み、まくしたてる。

「武器って、こっちは怪我人だっての……あ」 

 困惑しながら我が身を見下ろして理解する。こちらの『相棒』が『また会えたな』とニヒルに笑っているではないか。上半身が裸だった時点で気づくべきだった。

「えーっと、あのな?」

「ひぃっ、妊娠させられてしまいますっ!」

「させねぇよ!」

「おーかーされーるー!」

「お前実は余裕だろ! 服、服はどこだ!」

 聞く耳を持たない少女の代わりに、しがみつかれて身動きの取れないロボットがかろうじて動くアームでベッドサイドを指し示す。

 ピーちゃん、有能。

「よ、よし、ちょっとまってくれ」

 慌ててベッドテーブルに置かれた己の航行服スーツを掴む。

「うわぁ……」

 ボロボロである。破れて血が滲むのは当たり前、左の肩口から腕――丁度包帯を巻かれている部分など炭化してしまっている。数世代前の医療行為とはいえ、このレベルの傷を負いながら無事に歩き回れるのだから感謝しなければならない。

「ってそうじゃねぇ」

 これでは毛布に包まった方がましだ、とスーツを払いのけるとその下に下着が置かれていた。こちらはどうやら無事のようだ。あわててそれに足を通して、

「おい、これでいいだろ? 武器はしまった。攻撃しないし、襲いもしないし、犯しもしない! ていうか命の恩人にいきなりそんなことするかっ! 落ち着いてくれ」

 諸手を上げて訴える。

「うぅ、本当ですかぁ?」

 ピーちゃんの影から涙目で顔を覗かせた少女はおっかなびっくりこちらの『武器』が隠されたことを確認する。

「ああ本当だ、この通り」

 アンドロイドだというのは勘違いなのではないだろうか、そう思える程に感情表現――というか妄想逞しい少女に頭を抱えながら告げると、漸く納得したのか立ち上がる。

「ごめんなさい、ニンゲンさん。資料アーカイブでは知っていても実物は初めてだったもので、つい」

「いや、こっちこそ。もっと早くに気づくべきだった」

 妙な感じだ。九死に一生を得てどこともしらない惑星に流れ着いて、していることといえば狭い部屋で男と女(アンドロイドにも立派な市民権が与えられているのだ、そう呼んで差し支えないだろう)が『武器』だのなんだのと……平和すぎる。

「そういえば自己紹介がまだだったな、俺は……」

 そう言いかけた矢先だった。

「ウェザー・インフォメーションの時間です」

 チカチカと少女の猫耳型デバイスが明滅したかと思うと、突然少女が声を響かせる。

「へ?」

 今度は何事だ。そう、呆気にとられるトールなどお構いなしに、少女はその場でクルクルと舞い踊る。

 オルゴールに備え付けられた回る人形、あるいはファッションブランドの広告映像ホログラフかバーチャルアイドルか。その類いの妖精のような踊りと共に、少女は歌うように口を開く。

「アーバラナ地方 25℃ 西南西の風1.1m 降水確率0% 晴れになるでしょう。晴れになるでしょう」

 きっと飛び出して来るのはこの星の舞踊曲シャンソンだろうと思っていただけに、トールは二度驚くことになる。

「天気予報?」

 このタイミングで、一体何の為に?

 首を傾げる彼を他所に天気予報は続く。

 アーバラナ、ブランドン、キャスカ、ドルエンタ、エストラーニャ……この星の地名だろう、それぞれの天気予報を口にすると、少女はピタリと動きを止める。

「すいません、これがお仕事なもので」

 呆気にとられるトールに少女ははにかんでみせる。

「仕事?」

「はい。私は天候案内用人型自律機械ウェザーロイド。WA120型、個体識別コードPD-0019AC、ニンゲンさんがつけてくれた名前は『ひまわり』です」

 少女――ひまわりは、誇らしげに胸を張ってそう名乗るのだった。


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