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15/15

15:惑星は明日も晴れ

 季節は巡り、再びの夏。

 小型宇宙船ライトシップの修理を終え荷造りも一段落、出発をいよいよ明日に迎える夜のことだった。

 不意に目が覚めたトールは、ドームの外へと歩みを進める。

「明日の今頃はあの星の海の中……ってか」

 満天の空を見上げてひとりごちて、大事な日の前日に眠れないだなんて子供かよと苦笑する。

 あれから半年。

 あれだけの大立ち回りを演じたおかげか大トカゲと出くわすこともなく、平穏無事に過ごすことができた。

 もちろん日常を重ねれば喧嘩だの大騒ぎだの、何かしらの事件は起こったのだが……概ね良好な日々だったといえる。

「……?」

 ふと見ると、少し離れた瓦礫の上に座る人影を認める。

 月明りだけが頼りの世界の中でそれでも銀に輝く髪を見て、トールはどうやら眠れないのは自分だけではなかったらしい、と肩をすくめる。1年半の遭難生活を送った人間でもこれだ、物心ついてからこの星で育った人間なら名残惜しさもひとしおだろう。

「よう」

 あちらも気配に気づいたようで、振り返る少女にトールは軽く手を上げて応じて、

「隣いいか?」

 と返事を聞く前にひまわりの隣に腰を下ろす。

「……星を見ていました」

 何をしていた? と尋ねたわけではないのに少女はそう呟く。

「この空の星には沢山の人が住んでいるんですよね?」

 それが記録映像の中で少女が呟いたのと同じ言葉だったことに気付いているだろうか? そんなことを考えながらトールは後頭部を掻きながら同じように空を見上げる。

 これまでのひまわりの世界はこの惑星のドーム周辺数キロに満たない範囲だ。それに比べればこれから先の世界はあまりに広い。不安がないはずがない。

 自分も初めて闇の海に出たときはそうだった――もっとも自分の場合は人使いの荒い親方から離れられると大喜びしていたお陰でそんなものはすぐに忘れてしまったが。

「ばーか、夜空に輝く星なんてほとんどが恒星だ。人が住めるような惑星に光が当たったとして、ここまでそれが届くなんてそうそうねぇよ」

 別に正しい知識が欲しいわけではないことは百も承知だが、そんな不安はそれくらい下らないことだとトールは思う。

 人間は一寸先は闇だ。それこそ次の瞬間ドラゴンさんが襲い掛かってきても、隕石が降り注いでも不思議ではない。だから今ここにいることも、踏み入れたことのない星の海に行くことも……そう違いはないのだ。

「トールは意地悪です」

 それが伝わったのかどうかはわからないが、頬を膨らませた少女の目が幾分か穏やかなことは確かだ。

「ちょっと、怖かったんです。宇宙ってどんなのだろう? 人がたくさんいるって……どんな風なんだろう? って。もちろん、楽しみでもありましたけど。きっと……5年前の私もそうだったのかもしれません」

 結局、ひまわりの記憶は元に戻らなかった。ハウスキーパーの記録映像を総ざらいしても、欠片ほども思い出せなかった。

 しかし、思い出せずとも知ることはできる。だからこそ同じ言葉を口にしたのかもしれない。

「そっか。まぁ大丈夫だよ。人間、生きてりゃ大体なんとかなる」

 くしゃりと髪を撫でつけると、ふふっ、と笑ってひまわりが肩に頭をのせるようにしてもたれかかってくる。

「トールは優しいですね」

 腕に小さな手が絡んで、そう囁く。

 どうにも照れくさくて、振りほどこうかとも思ったがそれはやめる。この温もりを手放すのはどうにも惜しいと感じられたからだ。だから、

「さっきと言ってることが逆だぞ」

 代わりに憎まれ口を叩いてみせる。

「でもそれがトールです」

 触れる手がきゅっ、っと握りしめられる。少し驚いて少女を見返すと真っ直ぐに向けられた視線は夜闇でわかる程に潤んでいて、その様に握られた手以上に心臓が締め付けられる。

「なんだよそれ……」

 そう返すのが精一杯、そんな自分に苦笑する。

「でも、そんなトールだからずっと一緒にいたいって……思ったんだと思います」

 こちらを見つめたまま少女が笑う。ただただ眩しく、透明な、濁り一つない想い……鼓動がさらに早くなるのを感じてトールは大きく息を吐く。

「……お前がそういう奴だから、俺もそう思ったんだろうよ」

 こちとら照れ臭くてどうしようもないというのに、よくもまぁ真っ直ぐにものが言えるものだ――それはトールにはない美徳であることは確かだ。

 しかし、対する少女は頬を膨らませて不満顔で、

「ちっともわかりません。もっと具体的に言ってください」

「お前だって曖昧なことしか言ってねぇだろ」

「けど、トールは『そう』しか言ってません!」

 胸が跳ねるような雰囲気はどこへやら、気がつけばいつものようにじゃれあうような言い争いをしている――それが妙におかしくてトールはクックッ、と笑う。

「トール。何が可笑しいんです?」

 馬鹿にして! とムキになるひまわりに両手を挙げて首を振るジェスチャで否定して、トールは瓦礫から飛び降りる。

「なら言ってやる。いっつもいっつもこっぱずかしいことばっかり言いやがる。何でもやるって言うくせにドジばっかり踏みやがる」

「なっ……!?」

「すぐ怒る、すぐ泣く、そんでもって次には笑ってやがる、ガキか」

「トールっ!」

 柳眉を上げた少女は瓦礫から飛び降りるなり右手を振り上げる。それをトールは片手で受け止めて、

「どこまでも一所懸命だ。お節介なくらい優しい奴だ。それに……笑うと周りが『晴れ』になる。それがこの惑星ほしで出会った、ひまわりって奴だ」

 ニヤリと笑って――うまく恰好をつけられたかは正直わからないが――そう告げる。

 対する少女は怒りの表情から呆気にとられた顔になり、そしてそれをくしゃりと歪ませて瞳に涙を溜め始める。

 ほら、言った通りじゃないか。

「人だろうが天候案内用人型自律機械ウェザーロイドだろうが、それがひまわりだ。そして、俺はそいつの笑顔をずっと見ていたいと思った。だってよ、『晴れ』なんだぜ? そいつが笑ってるだけで。だから連れて行こうと思った。どうだ? これでもまだ説明は足りないか?」

 ふるふると少女は頭を振って、それからその名と同じように笑って……

「本当に、トールはトールなんですから……」

 ぎゅう、と抱きついてくる。

 まったく、いつもこんな風に照れくさいことを言わされんだ、とひまわりの頭を撫でながら思う。

 だが、それも悪くない。何故なら心底の言葉の最後はいつも『晴れ』なのだから。けれど、やはり恥かしいものは恥ずかしい。だから……

「なんだよそれ……」

 憎まれ口をもう一度口にするのだった。




「天気明朗にして風は凪……絶好のフライト日和ってわけだ」

 操縦席に腰掛けたトールが計器を弄りながら眼前のスクリーンに広がる青空を眺めてそう呟くと、

「Pi」

 先だっての言葉通り航行管制ナビとしての役目とシステムを組み込まれたハウスキーパーが的確にフライトに必要な準備を始めていく。

「目的地はどこなんですか?」

 次々に浮かび上がる投影画面ビジョンモニタに目を奪われながら副操縦席――といっても航行管制ナビ任せのご時世には操縦席ともどもほぼ役割などないのだが――のひまわりが小首を傾げる。

「俺のいた星に……と、言いたいところだが何せ中央管制メインシステム製の資材で組んだ船だ。とりあえずは周辺をサーチして最寄りの港に向かいながら救難信号《SOS》を出す」

 救難信号、の言葉に少女とハウスキーパーが目を丸くする。まぁ、無理はないかとトールは向き直り、

「俺の船は完璧だ。もちろん、母港まで一直線も可能なようにしてある。けどな、万全を期すってのが船乗りだ。より安全に帰るにはその方がいい。俺もお前らも遭難者なんだから、その時のマニュアルに従うべきだろう?」

 トール一人でならば、きっと真っ直ぐに母港に向かっていた。しかし、守るべきものが生まれた今は少しでもリスクを減らしたいというのが本音だ。トールが、いやトール達が対処できないトラブルに遭遇した際にほかの助けがあった方が生存率は跳ね上がる。それに――今後のことを考えれば、救難されて保険がおりた方が何かと助かるのだ。何せ星間修理業者スペースマシーナリとして活動を再開するための資材を丸々失ってしまったのだから、金が必要だ。

「なるほど」

「Pi」

 それぞれが理解を示すとほぼ同時に、出発準備が完了する。

「さて……と」

 計器の時刻表示を見る。惑星標準時にして11時59分32秒――狙い通りだ。 

 17……16……と頭の中でカウントダウンを始めると、急に黙り込んだのを訝しんだひまわりが首を傾げる。

「トール? どうかし……」

 ……3……2……1……。予想通り少女の頭上で猫耳型のデバイスがチカチカ、と明滅を始める。

 これを待っていた。

「ああ……トールはこれを待っていたのですね」

 出発はこの惑星で最後の天気予報ウェザーインフォメーションを聞いてから。そんな感傷的なトールの願いを知ってひまわりはクスクスと笑いながら席を立つ。

「ウェザー・インフォメーションの時間です。アーバラナ地方 30℃ 北北西の風1.5m 降水確率10% 晴れになるでしょう。晴れになるでしょう」

 初めて出会った時と同じように、クルクルと舞い踊るように声を響かせ少女は予報を始める。

 どれだけ楽しんでいても、どれだけ喧嘩をしていても、この時だけはこの惑星の中心は彼女だった。聞き入るべき者はすべて彼女の言葉に耳を傾ける。その神聖ともいえる予報を聞かずに出発するのは、ばつが悪いというものだ。

 アーバラナに続きブランドン、キャスカ、ドルエンタ、とこの星の舞踊曲シャンソンのように謳うそれは出会ったころから、いやそれ以前から続くそれは、最後の日も変わらず響き渡る。

 予報は全て晴れ。今日という晴れの日にうってつけの予報。

 それがでたらめだということは知っている、しかしそれでいい。ひまわりが晴れだといえば晴れなのだ。

「エストラーニャ地方 31℃ 西の風0.2m 降水確率0% 晴れになるでしょう。晴れになるでしょう」 

 最後にドームの存在する地方の予報を告げてステップが止まる。

 これで、終わり。

 思っていた以上に寂寥を覚えて、何と声をかけるべきか考えあぐねていると、

「明日も明後日も、その先も……ずっとずぅっと……この惑星ほしは晴れになるでしょう!」

 ひまわりはその名のように微笑んで、これから先の予報を口にする。

 そんなのカラッカラに干上がっちまうよ、などという軽口をするべきではないことはどんな朴念仁にもわかるものだ。

 彼女にとってこの星の思い出はたいそう複雑なものだ。記憶を失うほどに悲しみを背負い、それでも生きて、そして希望と出会った。

 一言で是とも否とも言えるものではない。

 けれど彼女は願ったのだ。

 これから先、未来永劫に、この惑星に幸あれ、と。

 それならば、

「じゃあ、俺たちの航路はどうだ?」

 問おう、未来を。

 皆の行く末をどう願うのか。

「もちろん、晴れに決まってますよ!」

 ああ、そうだ。

 そんなの、決まってる。

「……準備完了だ。出発するぞ」

「Pi!」

「はいっ!」 

 号令一下、機体が加速を始める。

 地を蹴り、風を切り裂き、大気圏外へと一直線。

 どこまでも遠く、どこまでも明るく、迷うことなく飛び去る小型宇宙船ライトシップを惑星は静かに見送り続ける。

 明日も晴れだと謂わんばかりに。




長いお休みを挟んでしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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