表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

14:記録の削除を要請する

 まるで伝記を読んでいるみたい――家庭用汎用機械ハウスキーパーの見せる映像を見つめながらひまわりはそんな感想を抱いていた。間違いなく現実に起こったことのはずなのに、どこか遠い世界の出来事のように思えるのだ。

 この記録映像が出鱈目だとは思わない。むしろ胸の奥にストン、と収まる心地よさすらある。けれど履き心地の良かった靴下を探してキッチンの棚から見つけた時のような――『ああ、そういえば』と記憶がリンクするような感覚がまるでしない。

「これが、忘れてしまうってことなんですね……」

 口をついて出た言葉に視線を向けるトールに笑い返して――正直笑えたかどうかはわからなかったが――ハウスキーパーに視線を向ける。

 ずっと、守ってくれていた。産まれた時から、ずっと。

「ありがとうございます、ピーちゃん。ずっと私と一緒にいてくれたんですね。それなのに……忘れてしまってごめんなさい」

 つるりとした頭部に触れてそう囁くと、見る見るうちに少女の瞳から涙があふれだす。

「Pi」

 泣かないで、とハウスキーパーが鳴いてもそれは止まらない。

 悲しいことがあったのだ。けれど、どんなにつらくたって……ずっとそばにいてくれた存在まで忘れてしまうなんてそれはひどい裏切りだ。そうおもうと、悔しくて、悲しくて、ひまわりは何度もごめんなさいを繰り返す。

「Pi.Pi.」

 応じるハウスキーパーはそれを何度も否定する。

 ひまわりを守る、それが使命。けれど命以外にも守るべきものがあったはずなのに、取りこぼしてしまった。だから裏切りなどありえないし、そうしたいからそうしてきたんだ。それに、漸く『ひまわりに』褒めてもらえた……それが何よりも嬉しい、と。

 空白を埋めるように互いに触れ合う様を見て、なるほどそりゃあ最高機密トップシークレットだ……と、青年は苦笑する。

 記憶を失った状態は正常ではない。けれど、取り戻せば再び絶望するかもしれない。そんな二重苦の状態……どちらを選ぶにせよ、少なくともそれを暴こうとする者には銃だって向けるだろう。

「本当によくできてるな。お前は」

 ハウスキーパーに呟いて、トールは大きく息を吸い込む。

 こんな事実、おいそれと公開できるわけがないのだ。どれだけ信頼しても、大きな変化があれば人は平静ではいられない。それはハウスキーパーが一番よく知っている。だからこそ隠し続けた、隠すしかなかった。それに、怖かったのかもしれない。自分の判断が『人間』によって否定されるのではないか、間違いを指摘されるのではないか、と。

 流石に考え過ぎだろうか?

 いずれにせよ、間違いなく言えることは……この問題に正解などないということだ。

 それならば、するべきことはただ一つ――代わりに答えを出してやる。

「お前ら、今からこっぱずかしいこと言うからよく聞けよ」

 その声にひまわりとピーちゃんが顔を上げる。人間と機械……それぞれ姿形はまるで違うのに、そろって迷子になったかのように見える。

 自分は部外者だ。

 つまらないミスでこの星に落ちてきたただの遭難者。

 けれど、当事者がもはやわからなくなっているのなら……口を挟むくらい許されるはずだ。

 これから共に星を出ようとしているのであれば、尚更。

「まずはピーちゃん。お前は間違ってねぇ。いや、正しい。ちゃんとひまわりを守ったんだ。だからお前は正しい。誰が何と言おうと、俺が言ってやる。正しい」

 答えは一つじゃない。けれど、一つにしなくてはならない時がある。

「次はひまわり。よく頑張ったな。忘れることは悪いことじゃない。そうしなきゃいけないのに忘れられないことなんてごまんとある。だからお前はそれでいい。それにもう忘れたわけじゃない……知ってるだろ? だから、それでいい」

 一つになった答えは指針になる。どう進むべきかの道になる。それを導き出す……これこそが奇妙な巡りあわせでこの星に降り立った意味なのかもしれない。

 かっこつけすぎか、と心の中で苦笑しながらそれでもトールは口にする。

「だから、これでよかったんだ。不幸なことが起こったのは悲しいことだがな、でもそこからお前らはここまでこれたんだ。胸を張れよ」

 ああ、こっぱずかしい。

 いつだって本音を口にするのは勇気が必要で、その上歯の浮くセリフを吐くとなったらなおのこと。

「Pi」

 どうしてそう言い切れるのか? と、論理回路の塊がこちらを見返す。

「どうしてそう思うんですか?」

 と、筋金入りの遭難者が問いかけてくる。

 ――ったく、思い出すたびに頭を抱えて叫びたくなるんだろうな。

 トールはやれやれと首を振って。

「そんなの、俺がお前らに出会えたからに決まってるだろ」

 ハウスキーパーの決断が、ひまわりの命を救った。

 ひまわりの忘却が、孤独と絶望から命を繋いだ。

 だからこそ、出会えた。そしてトール自身も命を救われた――命の恩人二人を前にして、これ以上の答えがあるわけがない。

 最初の事故がなければ、あるいは打ち上げ失敗がなければ……もっと違う運命だったことは間違いないが、少なくともこの星で唯一の人間とロボットが歩んだ道は『今』に繋がっているのだ。

 だから……

「お前らが間違ってたっていう奴がいたら俺が許さねぇ。あってる、正解だ。大正解なんだよ」

 そこまで言い切って、トールは照れくさいやら恥ずかしいやらで毛布をかぶって狸寝入りを決め込む。

 血液が顔面に集まっているところを見られるのはいくらなんでもきまりがわるい。

 二人がその言葉をどう捉えたのかはわからない。

 しかし、毛布越しに聞こえるやりとりと背中から抱きついてくる小さな体温が、少なくとも悪い方にことは進んでいないと教えてくれる。

「ありがとうございます、トール」

「うるせぇ。俺もお前も怪我人だろうが、さっさと寝ろ。あ、それとピーちゃん。もしも今の発言録画してやがるなら今すぐ消せ。とっとと消せ。記録が発覚次第解体するからな!」

「駄目ですよ、ピーちゃん。とても素敵な記録なんですから永久保存です」

「Pi!」

 二人に命令されるまでもなく、ハウスキーパーは一連の記録を多重にロックと複製を施した永久保存ファイルに刻む。

 これは口は悪いが心優しい人間が、自身とひまわりに未来を見せてくれる人間が、与えてくれた最高の解答なのだから。ずっと求めて続けていた答えなのだから。

 それに、仮に二人の命令を聞くとしてどちらを選ぶかなんて最初から決まっている。

 僕の使命はひまわりの守護者ガーディアン。ひまわりの命令が最優先事項ファーストプライオリティなのだから。




「しかしまぁ……よくもまぁ派手にやらかしてくれたもんだなぁ」

 一週間後。漸く身体の傷も癒えたトールを待っていたのは頭を抱えたくなるような現実だった。

 図書館ライブラリをなぎ倒して着地――もはやこれは墜落に近い――した小型宇宙船ライトシップは半壊に近い損傷を受けていた。

 幸いにも最もデリケートな機関部は無事だったが、修理が必要な部分は多岐にわたる。

 春になるころには……という計画は見直しせざるをえない。

「Pi...」

「まぁ、それで助かっただけどな、俺。てなわけで今日からまた力仕事だ、頼むぜ相棒」

 申し訳なさそうに鳴くハウスキーパーの筐体をこつん、と叩いて笑うと、倒壊した図書館ライブラリの間から本を抱えたひまわりが顔を出す。

「ちょっとだけ無事な本が残ってました」

 危ないから一人で行くなと言ったのに、と額を小突くと少女は頬を膨らませて、

「ちゃんとピーちゃんが大丈夫って言ったところにしか行ってません!」

 と抗議してくる。

 まぁ、それならいいけど……と言いかけたところで、ひまわりの頭部の猫耳型のデバイスがチカチカと明滅を始める。

「ウェザー・インフォメーションの時間です。アーバラナ地方……って、あはは……つい、クセで」

 舞い踊ろうとして、ひまわりははたと動きを止めて頬を染める。

 体調の戻った少女は、折角トールが直してくれたわけですし、と天候案内用人型自律機械ウェザーロイドを名乗っていたころと同じ恰好で生活していた。頭になにもついていないのが少々落ち着かないらしい。 

 まさかいつも通りに天気予報ウェザーインフォメーションまで始めてしまうとはトールはおろか当人ですら予想していなかったが。

「まぁ、いいんじゃねーの? 時報みたいで」

「天気予報ですっ」

「適当だろ」

「むぅ……トールは意地悪です」

 そうは言いながらもまんざらでもなさげなとことは単純だな、とトールは修理の算段を立てながら考える。

「で、でも……15歳にもなってこういうことするのも変じゃないですか?」

 15歳。

 ピーちゃんの記録によれば正確には14歳と6か月。夏に生まれたからひまわりなんだなと思ったことは覚えている。

「別にいいだろ。ほら……俺とピーちゃんしかいねぇんだし」

 ぶっちゃけ精神年齢10歳ぐらいにしか思えないし、とは決して言わない。無駄に怒らせるのは得策ではないと流石に学習したのだ。

「なんだか微妙に間があった気がしますけど、この際気にしないことにします」

 ほら、やっぱりやりたかったんじゃねぇか。

 それももちろん口にしない。

 正直なところを言えば、もう一年の付き合いだ……一日三度の予報がないと落ち着かない。

「それでは改めて……ウェザー・インフォメーションの時間です……」

 初めて見た時と同じように楽しげに軽やかなステップが刻まれる。

「アーバラナ地方 7℃ 北北西の風0.5m 降水確率10% 晴れになるでしょう。晴れになるでしょう」

 ずっと寝込んでいたものだから、久しぶりのそれはやけに胸に響いた。

 幼さの残る声を朗々と響かせて謳うそれはたとえでたらめであったとしても、もはや日常なのだ。

「なんだろうな、このしっくりくる感じ」

 傍らに立つハウスキーパーに尋ねてみると、

「Pi」

 同感だと謂わんばかりにハウスキーパーは首肯する。

 いずれにせよ、こうしてひまわりが笑顔でいること……それこそがこの星の日常なのかもしれない。

 トールにはそんな風に思えて、これから先の膨大な作業すら楽しげに思えてくるのだった。

次で最終話になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ