01:二つのプロローグ
普段はノクターンで活動しておりますが、たまには全年齢でもということで。
頑張ります。
「ウェザー・インフォメーションの時間です。アーバラナ地方 24℃ 北北西の風1.5m 降水確率10% 晴れになるでしょう。晴れになるでしょう」
真っ青な空の下に廃墟が広がっていた。
戦争か天変地異かその市街は殆どが瓦礫と化しており、辛うじて破壊を免れた建物も荒廃の一途を辿り吹き抜ける風に甲高い鳴き声をあげる。
「ブランドン地方 22℃ 西の風0.5m 降水確率70% 雨になるでしょう。雨になるでしょう」
その中で一際目立つ建造物が一つ。半球状の銀に輝く金属は経年劣化を経ても光を失わず建てられた時の姿のまま。舗装の剥げる道路から伸びる緑に囲まれながら悠然と鎮座している。
半球の前には一人の少女。蒼い瞳の15、6程の娘だ。肩まで伸びた銀髪を風になびかせ、幼さの残る声を朗々と響かせる。上着からスカート、そしてオーバーニーブーツに至るまでダークシルバーにインディゴブルーの縁取りをあしらったエナメル質で統一された衣装は見た目程は動き難くないらしく。クルクルと舞い踊るように声を響かせている。最も特徴的なのは、頭から生える猫の形を模したアクセサリ。銀髪と同色のそれは時折、ピクピクと動き、チカチカと電飾を明滅させる。
「エストラーニャ地方 19℃ 西の風1.7m 降水確率20% 晴れになるでしょう。晴れになるでしょう」
天候案内用人型自律機械――――彼女を認識する人間が一人といないので少女はそう自認する。定時になると少女は半球の前でこうして誰に届くでもない天気予報を響かせる。ただそれだけを毎日欠かすことなく続けていた。まるで踊るように身を翻しながら、透き通る声が響く。なだらかな胸からくびれた腰のラインは少女らしさを強調し、スカート越しのヒップラインとそこから伸びる白い腿は健康的と呼ぶ方が似つかわしい。無人の荒れ地で舞う少女は、観測者が存在すれば妖精と呼んだかもしれない。
と、ドームの扉が開き中から慌ただしい様子で小さな機械が飛び出してくる。半球上の頭部からそのまま真っ直ぐに筒型の体躯、腕に当たる部分は万能手腕、脚部は多輪駆動――――家庭用補助機械と少女が勝手にカテゴライズするロボットだ。
「どうしたんですか?」
天気予報を終えたところに駆け込んで来た唯一の相棒に少女は小首を傾げて問いかける。
「pi! pipipi!」
少女の周囲をぐるぐると走り回りながら、ロボットは電子音を響かせる。何かを警告しようとしているのだろう。命令されるが侭に家事を行うハウスキーパーの用途が故に人語を理解できても口には出来ない、不必要な機能だからだ。きっとウェザーロイドと二人きりでなければこうして会話を試みることすらしなかっただろう。
「相変わらずさっぱりわかりません……」
そう嘆息する少女の前に、ずい、と投影画面が突き出される。空の映像だ、丁度この付近の上空で何やら燃えている。
「んー?」
首を捻って空を見上げる。確かに黒い飛行機雲を引きながら何かが西から東へ流れていく。
「pi!」
ハウスキーパーの電子音と共に再び映像が飛び込んでくる。その物体の拡大画像。
「小型宇宙船?」
2〜3人乗りの長距離航行宇宙船だ。それが今、炎を上げて墜落中。なるほど、このハウスキーパーはこれを伝えたかったのか。と、画面に何やら明滅する文字が見え、少女は目を凝らす。
「生体反応……」
ハウスキーパーの示す、その意味。この墜落しそうな宇宙船の中に、人間が乗っている。少女はゴクリと生唾を飲み込む。この小さな身体にはこの状況を打開する機能など備わっていない。しかし、この先を見届けるべきだ。死んでいれば弔いを、生きているならば手当を。それは人の形をした者としての責務だ。
「行きましょうか、ピーちゃん」
『pi』と鳴くからピーちゃん。そのネーミングセンスについてハウスキーパーがどう思っているのかはわからないがロボットは電子音を一つ鳴らして、浮遊駆動に乗り込むべくドームへと向かうのだった。
安物の航行管制を使っていたのが大きな間違いだった。自分の顧客がそういった類の事故を何度も起こしているというのに同じ愚を犯すなんて。
警鐘を鳴らし続ける計器たちを見つめながら、諦めにも似た心地で彼はため息をついた。
そして同時に悟る。彼らは、そして自分は、経済力のなさを『自分は大丈夫だろう』という根拠のない自信にすり替えて現実から目を逸らし、結局代償を払わされるのだ。安物買いの銭失い……自分の場合は紺屋の青袴だろうか。
星間修理業者――それが彼の職業だ。星間飛行が珍しくなくなったこの時代、航行中の燃料切れや故障もザラではない。一歩外は人の生きられぬ宇宙空間、そんな絶望的な立往生を救難する……いや、この言い方は建前だ。生死の狭間に現れ足元を見て法外な修理代を請求するハイエナの如き技術者、人の命に値を付ける悪魔だがその腕前だけは一級品――それがマシーナリだ。
孤児であるところを拾われて20年。やくざな稼業を眺め続けた赤子は同じく修理業者の道を歩み、数年前に一人立ち……そんな人生の中で最大級のピンチだった。まぁ、そんなことを言っても何か解決策があるわけではない。親方ならばとにかく、若造の身では見たところ一人でどうにかできるレベルではない。
「短い人生だったなぁ」
親方育ててくれてありがとう、てめぇから借りたこの船の代金踏み倒してやるぜ、ざまぁみろ。ああもう一度『ヴィナ・ローゼ』で飲みたかった。ベスカ魚のフリットとポーラ芋のチップスをつまみながら、ヴィント・エールで乾杯だ。あとは給仕のローラの尻を撫でまわせば、世はすべて事もなし。
「そうだ、ローラだよ」
勿体ない、どうせならローラを抱いてから出航すればよかった。あれ、結構イイ線いってただろ? だって最近は尻を撫でられても逃げなくなったし、ちょっと頬を赤らめて『もうっ』と可愛く膨れて見せるようになったんだぜ? くそっ、俺の馬鹿。ヤッとけよ! あのわがままボディをモノにしとけよ!
煩悩塗れの人生である。
小型宇宙船は航行不能に陥り重力に引かれるままに星へと墜ちていく。それは水を湛えた青の星。惑星なら人間が住んでるかなぁ? ナビを失いもはやその名前すらわからない星を見つめて、彼――トール・マカリスタは苦笑しながら目を閉じた。