第一話 科学の発展した国
理篇の住む東京郊外の県内は、五十年前に比べて目まぐるしいほどの発展をとげている。
らしい。
らしい、というのは他者からの話を小耳に挟んだ程度で、今を生きる理篇にとってはどうでもいいような話だったから、記憶が曖昧なのであるからだ。
そのてきとうな記憶が正しければ、理篇の住む県は県庁所在地周辺の、東京寄りの地帯しか昔は栄えてなかったらしい。かといって他の地域は地方の県よりは栄えているという意味不明な特性を兼ね備えていた。
この国の首都は変わらず東京である。
しかしその東京は昔と比べて、他の県と差がないほどまでに発展が遅れている。
いや違う。
東京の発展が止まったのではなく、他の県の発展が著しく加速し、それと追いついてしまったのだ。
おかげで他の国からは『複数首都のある統制されてない国』なんていうレッテルを貼られてしまっている。
ではなぜこんなにも発展が加速したのか。
それは一概に科学の発展、向上が関わっていた。
今から五十年ほど前、その年は日本にとって変革をもたらしたある行事が行われた。
オリンピックである。
首都東京で開催された史上二回目のそれは、なんの問題もなく閉会式を迎えた。
そう、オリンピックが始まってしまえばあとは無事にフィナーレを迎えればそれで役目は終わりだ。
だがオリンピックの本質というのは国というものにとってはそうではないのだ。
先程説明したのはあくまで一般人のオリンピックに対する本質である。
国という大いなる存在にとってオリンピックというのは経済発展の役割でしかない。
選手が汗水流して勝ち取ったメダルなんてものには興味は微塵もない。
オリンピックが開催されるぞ、じゃあ交通機関の発達が必要だな。という考えが、国にとっては欲しいだけである。
そしてその年のオリンピックで著しく発達したのが科学技術だった。
理由は特にないという。敢えて搾り出したとしたら、他の国との差別をはかるため、とのこと。
理篇はこのことを中学の日本史の授業で聞いたことを今でも覚えていた。
そして今、理篇が通学のために使用しているリニアバスなるものは宙を浮いて走行している。
原理はバス上空についている電子板的ななにかでバスから発信される強力電磁波を感知しetc…。
理篇は科学分野には長けておらず、その原理を説明することなんか猿に日本語喋れ、と言っているようなものである。
そんな彼は今、もの凄く緊張していた。
「ふぅー、ってあれ…俺クラス何組だっけ?今日発表だっけ?あれあれ…」
と呟く理篇の顔は、三浪目が決まった浪人生のようなお先真っ暗さである。
「お、落ち着け、落ち着け。たしかに俺はお先真っ暗で友人関係築けない運命だけど、一人は出来るって決まってんだ。それで十分じゃねぇか」
理篇には悲しい過去と、悲惨な運命があった。
理篇は生まれも育ちも今居るこの県である。
普通に幼稚園に入園し、学区内の小学校、中学校に受験なしで入学してきた。別にそれが大して凄いことではなく、大体皆こうだ。
高校もできるだけ徒歩で通えるところに行きたかったのだが、如何せん家の周りの高校は、言葉が悪いが、バカが通う所ばかりだった。かといって理篇が特別勉学に優れている訳でもなく、そんな中途半端な高校を選ぶとなると家からあらゆる交通手段を網羅しても一時間弱かかるという場所にしか合致する高校が存在しなかった。
「はぁ、なんて遠いんだ…せめて遅刻くらいは見逃して欲しい所存でございます」
つい口から自然と弱音混じりの本音がこぼれる。
もうかれこれ一年間も同んなじことをしているが、それでも『通学』というものに費やす時間というのは苦痛極まりなかった。
それに本日は本県一斉入学式DAY。
やったー春休みだーいっぱい寝るぞー、なんて呑気に後の苦痛を考えずに過ごしてたあの頃が懐かしい、と理篇は涙ぐむ。
「いや、そんなことはもうどうでもいいんだ。 今は本年度の新たなる友人がどのような人物か、真剣に考えなければならない」
先程から何故こんなに新生活というものに血管ブチ切れそうなほど力んでいるのかというと、
そこには彼の過去が深く関わっている。
冒頭で記述した通り、理篇はしっかりと普通授業の過程を踏まえて高校に入学した。
ではその中で、友人関係はどうだったのだろうか?
これだけフラグを立てているのだからもう察しがついていると思うが、敢えて言おう。
彼には仲のいい友達が出来たことがないのだ。
ただ勘違いしないでほしい。仲のいい友達、というだけで、友人が出来たことは何度かある。(指で数えれるほど)
何の皮肉なのか分からないが、毎年クラスに一人は友達ができる、という規定事項が彼には存在したのだ。だが、毎日その子とベッタリくっついて一緒にいるのではなく、朝会えば「おう」と挨拶し、帰りのホームルーム後に教室を出る時に目が合えば「じゃあな」と言葉を交わす程度。それを友人と読んでいいのかは定義があやふやだが、一応黙認しておこう。
ふと理篇は思う。
(いつからこんなもんが常識っつうか毎年恒例みたいになっちまったんだろうな…)
学校の最寄り駅まではあと一駅。同じ高校に通う同級生やら、今日初めて制服に身を包み登校を迎えている後輩やらは、一つ前の駅で降車して自転車で学校まで行っているらしい。その方が、お財布にと時間にもやさしいからである。
理篇はまた、ふと窓の外を見る。
その景色は、今となってはどこでも見れる風景。超高層ビルや下の国道を走る車やバスなどの乗用車。この国には哀愁漂う街はもうほとんど無いだろう。
「科学が発展した国…か。 一体何の利益が俺にはあるんだろうな…」
車内放送とともに自動ドアがポンコツロボットから吹き出したような音を出して開いた。
たとえどんなに嫌でも、毎年毎年、嫌々この日を迎えていた。今年だってそうだ。もしこんなことを楽しんで一年間待ち望んでいる奴がいるんだとしたらそいつはマジもんのドMだ、と理篇はため息をつく。
「だだこねたって仕方ねぇんだ。 全く、どこのラノベの主人公だよな」
ふてくされるように吐き捨てたその言葉を胸に、理篇はバスを降りた。