闇市
___深夜の4番街。
怪しげなテント張りの店が密集し、何軒も軒を並べていた。
テントに吊るされたランプは頼りなく、近くまで行かなければ何の店かもわからない。
店前に立つ店主らしき者達は、皆が皆目立たない装いをしている。
それであって顔も隠したまま。
怪しすぎて立ち止まる気も起きないような、そんな店ばかり。
しかし、闇市に来る者達の格好も、その店主達と何ら変わりがない。
同じような暗めな服装に、フードや帽子等で顔を隠している。
昼間の4番街の姿とは打って変わり、何とも言えない嫌な空気が立ち込めていた。
「…どいつもこいつも不気味だな」
(まあ、俺もその中の一人か…。)
露綺は自嘲する。
フードを深く被り直し闇市の中心部へと足を運んでいく。
(…チッ……案外人が多いな。)
軽く舌打ちをし、露綺は一度人混みから離れた。
(……気持ち悪い、吐き気がする…。あの空気の悪さ、…最悪だな。)
他人より敏感な露綺は周りの空気の淀みや、人から滲み出る何かを感じとることがある。
それはいつもではない。
ただ、こういった人の多い場所では感じ取りやすい。
引っさげていた荷物から水の入ったボトルを取り出すと、それを勢いよく頭にぶっ掛けた。
(…滅入ってる時間はねぇ。)
気合いを入れ直し、再度人混みの中へ入っていく。
____闇市、中心部。
本日のメインイベント舞台である、噴水へ辿り着いた露綺。
途中途中で耳に入ってきた“妖精”という単語。
今日の闇市はこの為だけに開かれたものらしい。
よく見ればこのメインイベントブースだけが煌びやかに映る。
それは街頭の意味だけではない。
豪華な毛皮に包まれた夫人や高価なアクセサリーでその身を飾る夫人、その他の装いもお金に不自由のしたことない者達ばかりに見えた。
(…当たりだな。)
妖精と聞けば金持ちがこぞって集めたがるコレクションの一つだ。
ただの迷信を信じ、内に閉じ込めようとする。
そんな身勝手な思想の持ち主ばかり。
露綺は唇を噛み締めた。
その唇から流れ落ちる赤い液体に気付いても、噛み締める力は弱めない。
フードの下に隠れた瞳が小さく揺らいだ。
____妖精は本来人間に視えるものではない。
妖精は空気と同化し、人間に気付かれぬよう生きているからだ。
しかし、一億分の一の確率で空気と同化した妖精をはっきりと視る者が現れる。
それとは例外に、気配を感じたり、影のような存在として視える者もいるようだ。
それでも、妖精の声を聴く者は誰一人としていない。
だから人間にはわからない。
妖精の言葉は何語か。
妖精一つ一つの声に違いはあるのか。
そもそも……、妖精に声なんてものはあるのか。
そんな未知なるものに対し、人間は欲を出してしまった。
妖精を知りたい。
もっと、もっと。
科学者達は研究に勤しんだ。
妖精の姿を意図的に視せることのできる機械。
妖精を閉じ込めておける機械。
妖精の力を操る機械。
昔は知らず知らずでも共存していた。
人間に視えなくても、その直ぐ傍には妖精がいて、悪戯をする時もあったが、それでも小さな奇跡をくれていた。
そして視える者には、本来の力を惜しみ無く貸してくれていた。
(……人間はクズだ。…その中でも、科学者はクズの集まり。)
自分が人間であることに憤りを感じながらも、露綺は静かにメインイベントの時を待った。
____カン、カン、カーン。
乾いた鐘の音が響く。
ざわついていたメインブースは、一瞬にして静まり返る。
そして、今回の闇市主催者であろう男がステージへ上がった。
「えー、皆様こんにちは。こんばんはと言った方がいいのでしょうか?」
戯けた口調で話し始めた男。
「まさかこんなにも人が集まってくれるとは、夢にも思いませんでした。私は感激しています!」
大袈裟に振る舞う態度に苛つきを覚える露綺。
「まあ、そんな話はいいですね。今日の皆様の御目当ては、じゅーぶん!…承知しております」
両の手を擦り合わせながら主催者は言う。
そして隣にいたガタイの良い男に対しパチンと指を鳴らす。
「あれをお持ちして」
男は無言で荷馬車へ行く。
そして、中から黒い布の被せられた何かを担いできた。
それを見て、辺りがまたざわつき始める。
「さあ、それではこの布を取るとしましょうか。皆様、準備は良いですか?」
主催者の前に置かれた何か。
黒い布のせいでまだ中は見れないが、露綺の耳には微かな物音が届く。
「これが“妖精”です!!」
黒い布が取られた瞬間、周りは歓喜の声で埋め尽くされる。
(…っ、うるさ…、鼓膜が破れる…。)
露綺は両耳を塞ぎ、熱気に満ちた歓声を遮った。
瞳だけは妖精から反らさずに。
「中々美しいでしょう?この妖精ね、元は小さな泉を宿り木としていたんですよ」
主催者の言葉をきいて露綺の瞳が見開かれる。
その瞳が徐々に鋭さを増していく。
鎖に繋がれた妖精。
片手に乗るくらいの小さな妖精。
何が起こっているかわからないといった様子で、ガラスを叩いているようだった。
肩ほどの淡い水色の髪を振り乱し、必死にガラスを叩く妖精。
水色の瞳が揺れているように見えた。
「そこの貴婦人、どうです?庭の池などに住ませてみては?」
他の人間の目には映らないのだろうか。
あの妖精の悲痛な叫びが見えないんだろうか。
(…ああ、そうだ。ここの人間はクズばかりだ……。)
露綺は鞄の中から卵サイズの丸い機械を取り出した。
(……チャンスは一回…、しくじるな…。)
静かに自分に言い聞かす。
機械を取り出す際に、一緒に握ったゴーグルを装着し、準備は整った。
(…3、2、1。)
丸い機械中央の緑色のボタンを勢い良く押す。
瞬間、辺りは目に突き刺さるような光に襲われた。
悲鳴に包まれたブース内。
遮光ゴーグルをかけた露綺だけが、その光の中で唯一目を開けていられる。
「なんだ!!一体どうしたと言うんだ!」
主催者の慌てた声が聞こえる。
目を瞑った状態で、両手を上下にバタバタと動かしながら、首は左右に振られている。
その姿にクスリと笑みを溢し、露綺は主催者の横を通り過ぎた。
「滑稽だね」
と、悪戯に呟く。
「な!だ、誰だ!?私を、こっ、滑稽だなんて!!」
まだ目の開かない主催者とその他を一瞥した後、露綺は妖精が閉じ込められた機械を担ぎ闇市を駆け抜けた。